第16話 神殺し

「今から国王陛下へ謁見をする。20分後に第一部隊訓練場の門前で待つ。それまでに今から配布する制服とマントを着用してきてくれ」


 そう言って各隊長達から新人団員に対して黒い制服と黒いマントが配られていく。

 第一部隊から第十部隊にはそれぞれの隊のシンボルがあり、第十部隊のシンボルは嘶く馬のマークがマントに刻まれている。


「オルカ」

「何でしょう?」

「こう言っては何だけど、どうして第十部隊を選んだんだ? あんなに第一部隊に拘っていたじゃないか」


 一時解散となった直後にオリベルはオルカの下へと駆け寄ってそう尋ねる。


 オリベルには知る必要があった。何故オルカが第十部隊を選んだのかを。それを知ればもしかしたら死期が早まった理由が分かるかもしれないから。


「単純な話です。第一部隊に行く理由がなかったのに対して第十部隊には行く理由があったからです」

「理由があった?」

「正しくは理由が生まれたからですね。まああなたには内緒ですけど」


 どうやらそれ以上は聞けないようだ。それを悟ったオリベルは理由を問うのを諦め、代わりにあることを聞く。


「オルカ、君って今何歳?」

「なんですか突然……そうですね、ちょうどひと月前に17歳になったところです」

「てことは今は17歳一か月って事だよな?」

「まあそうなりますね」


 どうしてそこまで詳しく聞いてくるのだとオルカは不思議そうにオリベルの方を見る。そして至って真面目な表情をして考え事を始めているオリベルに対して更に疑問が増す。

 対するオリベルは内心焦りに焦っていた。オリベルの目に映し出された死期であるならば後一か月ちょうどかそれ以内にオルカが死ぬという事である。


「分かった。ありがとう」


 それだけ伝えるとオリベルはオルカから離れて男性更衣室の方へと向かう。その胸中では合格した嬉しさとオルカの死期に対する絶望とで複雑な気持ちが絡み合っていた。



 ♢



「よし皆集まったな。それでは王城へ向かうぞ」


 全員が黒い制服に身を纏い、黒いマントを羽織っている。これがウォーロットの騎士団の証であった。


「騎士様だ」

「今年の合格者が決まったのか」

「おーい、セキ様~!」


 道を通れば人々が口々にオリベル達へと話しかけてくる。それに慣れている隊長達は手を振ったり、逆にガン無視を貫いたりと反応は様々である。

 そうして小道から大通りへと出ようとしたその瞬間、セキがスッと手で進行を制止する。


「どうやら神殺しが帰ってきたようだ」


 大通りでは真っ白な馬車がゆっくりと王城の方へと進んでいる。その周りを先程までとは比べ物にならない程の人が並んで声援を挙げている。


「ステラ様!」

「ステラ様!」


 口々に叫ぶのは英雄の名前だ。そこにステラが居るのだと思うと、オリベルは居ても立っても居られない心地になる。

 しかし、オリベルは今、ウォーロット騎士団の騎士。馬車の方へと向かいたい心を押し殺してその光景を眺める。


「相変わらずステラ様の人気は高えな、おい」

「それはそうだろう。わずか二年で神を滅ぼした史上最強の英雄様だからな。どこかの生意気なガキとは大違いだ」

「ああ? 俺は今年でもう25だが?」

「それが若いと言っているんだリュウゼン」


 25歳で隊長。それは異例の速さであった。第十部隊はつい最近、元隊長が現役を退いたこともあり、スピード昇格となったのである。


「よし、神殺したちが行った。私達も向かうぞ」


 そうしてセキの指示に従ってオリベル達も王城へと向かうのであった。



 ♢



「此度の遠征、かなりの戦果であったと聞いた。よくやった英雄ステラ」

「ありがたきお言葉」


 金色の艶やかな髪に、透き通るような白い肌、そして特徴的なサファイアの瞳をした見目麗しい女性がウォーロット国王へと跪く。英雄ステラであった。

 玉座の間では他に王国最強の特殊部隊「神殺し」の二人が居た。今回は英雄ステラを含む五名の神殺しの内、三人が遠征へと向かい、二人が国の防衛のため残っていたのだ。


「それでは」

「ああ。一週間十分に休んでくれ。其方には世話になっているからな」

「ありがとうございます」


 そういうとステラは二人の神殺しを連れて玉座の間を出ていく。


「一か月くらい休みくれたっていいのにね、ステラ様」


 ステラのそばに控えていたピンク髪の女性ソフィリア・ギルバートが不満そうに告げる。若くして神殺しナンバー3を務める実力者である。持ち武器は大槌。その破壊力は王国屈指である。


「不敬だぞソフィリア」


 そう窘めるのは茶髪で眼鏡をかけている男性。こちらはかなりベテランであるナンバー5のゼラス・ファインガードであった。魔力銃まりょくじゅうと呼ばれる魔力の弾を放つ筒状の魔道具の使い手だ。

 こちらは魔力量が王国屈指であり、ひとたび魔道具の引き金を引けば魔獣を木っ端みじんにする言うまでもなく実力者である。


「でもステラ様に休みが少ないのは本当の事でしょう? 私達ですら二週間くらいは休みがあるのよ?」

「それはそうだが、ステラ様が居なければ戦線を保つことが出来ないだろう? 他国は我らウォーロット騎士団に頼りきりなのだから仕方があるまい」

「そんな話はしてない。これはステラ様の感情の話だよ。ねえ、ステラ様?」


 年齢的にはステラの方がかなり年下ではあるが、敬語で話しかけられる。それはここウォーロット王国において最も尊敬すべき存在だからだ。

 ソフィリアに尋ねられたステラは苦笑する。別に休みたくないわけではないが、自分が居なければ魔獣たちを抑えきれないことは分かっているからだ。


「私は魔獣を食い止めるために生まれてきました。仕方ありませんよ」

「それはちょっと悲しいですよ」


 ステラの回答に不服そうな顔をするソフィリアではあるが、英雄という肩書に圧しかかるプレッシャーというものが計り知れないものであることを理解しているソフィリアはそこまでで追及をやめる。


 そんな時、前方からステラたちが着用している白い制服に白いマントとは対照的な黒の制服に黒いマントを羽織った集団が歩いてくるのが見える。


「おひさ、セキ。今年の新入りが決まったんだね」 

「ご無沙汰しております。ソフィリア様、ゼラス様。そしてステラ様。今から新入り達を国王へと謁見させに行くつもりです」


 セキのその言葉にステラが反応する。今年はステラが15になる歳だ。約束通りならばステラの幼馴染である男の子も入団試験を受けることを覚えていたのだ。


「それでは」


 そう言ってセキたちが率いる集団が歩いていく。そしてステラは白髪に金色の瞳をした少年と目が合った瞬間、鼓動が跳ねる音がする。


「ステラ様、何をしていらっしゃるのですか。行きますよ」

「あっ、はい!」


 ソフィリアに急かされてステラは歩いていく。


「なんだか嬉しそうですね」

「えっ?……そうかもしれませんね」


 一瞬すれ違っただけの少年の姿。しかし幼い頃、共に遊んだ少年の顔をステラが忘れる筈がなかった。


「オリベル、来てたのね」


 ちょっぴり嬉しそうにしながらステラは城の廊下を歩いていくのであった。

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