第7話 無名の男
「それではオリベルとカルロス、前へ」
第一部隊隊長、セキによる一声でオリベルともう一人の受験者、カルロスが試験場内へと足を踏み入れる。
四方八方から見守られるその状況はオリベルにとって少し異質であった。
「あのでかい方は見たことあるけど……」
「ここに見たことすらない人が来るのは珍しいよね。冒険者か何かかな?」
「いや冒険者でもそもそもBランクくらいないとこのトーナメント突破できないだろうし、そんくらいになってたら普通顔知ってるだろ」
「なんだ、じゃあ冷やかしか」
オリベルの方を見て受験者たちが好き放題言う。ここに来る多くの受験者たちはその道で若くして大人レベルの成功をした者達である。
それ以外の者は全くと言っていいほど存在しない。なぜなら、ここに来るまでに淘汰されていき、自然と入団試験から遠ざかるからである。
ゆえに多くの場合、オルカ達ほどの有名人ではないにしろ顔は知っているもしくは顔は知らなくとも名前くらいは聞いたことのある猛者たちしかいない。
そんな場所に一人、村から出てきた名も知らぬ15歳の少年が出場していたら誰しもが首を傾げる。そして次にはこういうのだ。「冷やかしだ」と。
しかしそんなことはオリベルにとっては関係ない。彼の目的はあくまで騎士団への入団、そして幼馴染であるステラを死期という運命から救い出すことにあった。
そのために五年もの年月をかけて訓練を積み、王都へと出てきたのだ。
「さっさと終わらせるか。体力がもったいねえ」
相変わらずオリベルを舐め切っているカルロスが持っている棍棒を構えてオリベルへと迫る。
刹那、先程までオリベルの居た場所が隕石が降ってきたかの如く大きくへこむ。
「今の見えなかったわね」
「ああ、今までで一番早かった」
隊長達が口々にそう話す。それほどまでに今繰り出されたカルロスの一撃は衝撃的なものだったのである。
だが、セキだけはどこか違うところを見ていた。
「あの少年は避けているがな」
カルロスが目に見えない速さで攻撃したのと同じかあるいはそれ以上の速さでオリベルは安全地帯へと回避していた。
「すばしっこい奴だな」
「別に普通に避けただけだけど」
カルロスからすばしっこいと言われてもオリベルはあまりピンとこなかった。
このくらいならばマーガレットとの手合わせでよくあることだったからである。
「次はこっちから!」
オリベルがその場からカルロスに向かって走り出す。熟練の戦士であるカルロスですらその動きを見切ることは困難であった。
「はあっ!」
オリベルが振りかぶった剣がカルロスの持つ棍棒と交差する。速さも力に変えたオリベルの一撃はその体格差がありながらカルロスの振るう棍棒と拮抗する。
ここでカルロスはあることに気が付いた。
「お前、身体強化魔法使ってねえのか?」
「うん。だって初戦だし」
身体強化魔法、それはこの世界の戦闘において常時発動しておくのが当然の理である。
しかし、オリベルはそれをしていなかった。出来ないのではなくしないのだ。すべては力を温存するために。
ただでさえ下に見ていた相手に攻撃を避けられ、力が拮抗していることに腹が立っていたカルロスはオリベルのその身体強化を使ってないととれる一言で完全に怒りが頂点へ達する。
「なめやがって!」
渾身の力を込めて棍棒を振り切るとそれに合わせてオリベルは受け流し、後ろへと飛びさがる。
「最初に僕の事をなめていたのは君の方だろ? それに僕は舐めプしてるわけじゃなくて単純に事足りると思ったから使ってないだけだし」
「なにをっ!」
オリベルが悪気なく発した言葉はカルロスの怒りに更に燃料を投下していく。カルロスにとってこれほどまでに屈辱的なことはなかった。
「その生意気な口、この攻撃を食らってもできるか!」
カルロスの周囲に焔が舞う。もうカルロスには次の戦いのために手を抜くという考えはなかった。
「あれは」
「かなりの威力ね」
「まあ、少し拙いが」
魔法というのはそもそもの会得が難しい。その中でも今カルロスが放とうとしている魔法はそれを形づくるのに隊長達が少し驚くほどの難易度があるのだ。
「
カルロスの周囲に漂う火の玉の数は合計10個。それがすべてオリベルへと襲い掛かっていく。
しかし、それでもなおオリベルは身体強化魔法を使おうとしない。ただの生身でそれらをすべて避けていき、段々とカルロスの下へと迫りゆく。
「
火属性を纏った棍棒がオリベルへと振り下ろされる。その速さはまさに達人のレベルだ。
そんな攻撃もオリベルは体を捻って寸前で躱し、その回転力で逆にカルロスの顎を剣の柄ではじく。
顎を弾かれ、ひるんだカルロスの腹にそのまま蹴りを入れ、地面へと倒すとそのままスッとカルロスの首元へ剣を突き付ける。
「悪かったな。僕の勝ちだよ」
そうして騎士団入団試験へと流星のごとく現れた無名の少年は不利に思えた巨漢の男を打ち倒し、一回戦を突破するのであった。
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