最強種ドラゴンから進化したら鳥でした

カフェ千世子

最強種ドラゴンから進化したら鳥でした

 我は強い。あらゆる竜の中でも最強である。そして、竜に敵う種族などいない。体は頑健であらゆる獣の牙をも通さぬ。

 数の多い小さき種族人間が作る鋼などで作られた剣とやらは物によっては我ら竜族の肌をも切ることができるらしい、が。私の元にも小さき種族が現れたことはあった。だが、彼らが携えていたそれは小さな棘でほんのりチクチクしただけ。尾を一振りしただけで蹴散らすことができた。なんと、か弱い。


 近頃は我が強いせいで縄張り争いも起きぬ。いささか退屈しており、日々がつまらぬ。

 そんな我の元にある啓示が現れた。


『進化しますか?』


 進化ならば、すでに何度か経験している。我は元は小さき蜥蜴だったのである。それが今ではこのように強大なる体を有しておる。そして、誰にも我の命を脅かすことはできなくなったのだ。


 まだ、この先があると言うのか。我は日々に飽いていた。変化が欲しいのである。我には恐れることなど何もない。


 我は啓示に是と答えた。



 全身が激しくきしむ。猛烈な痛みとともに、体が変容していくのがわかる。我はなるべく意識を飛ばさぬようにその変容を受け止めようとしたが、結局は叶わずに意識は遠のいていった。




 目を覚ます。明るい陽射しが目に入る。寝てしまっていたか、と思いながら身を起こす。意識がない無防備な間に襲われることがなかったのは、幸運としか言いようがない。

 さて、喉が渇いた。水辺に行こうと足を踏み出した。


 サクリ、と軽い音だ。なんなら、ほとんど音が立たない。草木もまったく倒れていない。一歩踏み出して、これはなんだと足を止める。

 己の足を見下ろす。

 細く頼りない脚。何より、小さい。


 次いで、辺りを見回す。

 今まで、自分の身の丈より大きな木などなかったのに、今周囲に生えているのは自分よりも大きな木ばかり。


 これは、一体。


 改めて、己の身を検分する。腕を広げれば、鮮やかな羽毛に遮られ、腕の形は見えぬ。


 なんだ、これは! 早く、我がどう変化したのか確認せねば!


 脚を、腕を、がむしゃらに動かす。するとどうしたことか、ふわりと身が浮いた。




 ぐんぐんと体は上に浮いていき、あの見上げていた木が眼下に来た。 この景色は、いつも我が見ていた景色だ。しかも、時折なぎ倒すしかなかった木が、そんなことをしなくてもその上を通過することができる。


 空を浮いて移動するのは、なんとも快適な心地であった。



 我がよく利用する水場へとやって来た。そこで水面に反射した姿を確認する。

 やはりその姿はとても小さかった。鋼のように硬かったはずの肌は全身が色鮮やかな羽毛に包まれていた。羽毛に覆われていないのは口と脚のみ。脚をよく観察してみれば、かつての肌のように鱗らしいものが見えた。

 水場に映る姿をずっと眺めていると、中で泳いでいる魚と目が合った。いつもは水を飲むついでに口の中に入ってたような魚だが、今では我の方が小さいくらいだった。



 我は、進化を選択したのに、弱体化してしまったのか……




「なあ、ここらじゃないか」

「最恐竜だっけ」

「破壊竜じゃなかった?」

「名前はどっちでもいいけどさあ。とにかく、ここらはそいつの縄張りに近いから危ないんだって」

 人間の冒険者たちが森を探索していた。素材集めのために森に入ったのである。


「でもさあ、そいつめっちゃでかいんだろ? 遠目からでもはっきりわかるくらい。見つけたら逃げればいいだけの話だろ」

「でかいから厄介なんだよ。そいつの一歩は俺らの全速力で5分から10分走ったのと同じくらい移動できるんだ。逃げようとしても逃げられないの!」

「ええ~~。じゃあ、隠れれば」

「気づかれないで踏まれるだけだ! 足元なんか気にしちゃいないんだから!」

 リーダー格の男は見ろと倒木を指差す。

「これ、あいつが通った跡だろう。ほら、あっちにも倒木が続いている」

「ええ~~……」

「じゃあ、どうするっての?」

「だから、とっととここから離脱! 出くわす前に帰るんだ!」

 リーダーの判断に仲間たちは不満を見せる。

「まだ、採取終わってないよ!」

「場所変えて探すんだよ」

「今日はレア素材を複数見つけられて幸先良いなって言ってたとこなのに」

「素材と自分の命、どっちが大事だ?」

 ブーブーと文句を言いながらも、彼らは踵を返したリーダーについていく。


「あ」

 仲間の一人が声をあげながら足を止めた。

「水無くなっちゃった……」

「お前な……」

「頼む。水だけ! 水だけ取りに行かせて!」

「……しょうがないな」

 彼らは一緒になって水場へと歩いていった。




 我が水場で佇んでいると、それらは何事か騒ぎながらやって来た。我はうるさいなと思って、その場を少し離れる。今度は自然と体を浮かせることができた。側にあった木の枝に乗る。頼りなげな細い枝なのに、我はその上に簡単に留まることができた。

 こんなこともできるようになったか。と妙な感動を覚える。



「結構、きれいな水じゃない?」

「わあ。魚が泳いでる。ちょっと獲らないか」

「いや、水だけ! すぐにここから出たいんだってば!」

 騒いでいたのは人であったか。我は彼らの様子を上から眺めた。


 彼らは水を掬って飲んだり、手に持った筒に入れたりをしている。人の前足は器用に動かせるので特別に『手』という名で呼ぶのだと我は知っていた。


 特に何が起こるでもないので我は退屈していた。かしかしと脚で頭を掻く。羽毛の乱れが気になったので、口でついばんだり梳いたりした。

 ふむ。この体の身支度はこうやるのか、と実地で学ぶ。



「うわああああ!」

 その時、人の子らがやたらと大声を出した。ぎゃうぎゃうと他の場所にいた鳥たちが騒ぎながら飛び立っていく。我は何事かと下を見た。


「レッドグリズリー!」

 人らの前に現れたのは赤熊であった。かつて我の進路にいてうっかり踏みつぶしかけたことがあったか。体の線がどこか歪だ。うっかり我が踏みかけた個体と同一のものかもしれない。

 赤熊は腹が減っているようだ。食べ応えのある獲物が欲しいのだろう。人らをそれと見定めたようだ。



 かつての我ならば、うっかり踏むほどの矮小な存在であったのに。今では我が小さすぎて、あいつの眼中にも入らない。

 そう思うと、我の腹の中がふつふつと熱くなるような心地がした。我は、どうにもむしゃくしゃしていたのだ。


 かつては、どんなにか同種の竜と戦い続けてきたか。それが、今ではもう叶うことがない。

 ふつふつ。ふつふつ。我の中の熱い塊がどうにも不快でしょうがない。それはどんどん大きくなってくる。我はこれを吐き出したくてしょうがない。



 我は、下に降りて口を開き、お構いなしに腹の中のものを吐いた。



「逃げろ逃げろ逃げろ!」

「え、背中向けちゃまずいんじゃ」

「そんな余裕あるかよ!」

 人らが何か言いながら走っている。勢いの割りに大した距離を走れていない。



「え、ちょ待って!」

「待てるかよ!」

「レッドグリズリー倒れてる!」

「はい⁉」

 人らが止まった。こちらを振り返ると、戻ってくる。


「ええ……黒焦げじゃん。ナニコレ」

「ピョロロロ」

「小鳥ちゃん、こんな黒焦げ死体にとまってんの。なんかシュールだね」

 威嚇のつもりで声を出してみたが、人らには通じなかった。


 赤熊は我の口から吐き出された火で丸焼けになった。我は強さを変わらず有していた。我はやはり最強であった!


「ピョロロロロロ!」

「え、ちょ、小鳥ちゃんうるさい」

「かわいいじゃん」

「かわいいなあ。餌付けしてみたい」



 最恐竜が消失した。冒険者たちは恐れながら探索したが、彼の姿はある日突然にどこにもいなくなったのである。討伐すらも諦められた最恐竜は寿命が来たのだろうと推測された。


「ピョロロロ」

「お、小鳥ちゃんじゃん。木の実食べるか?」

「おお、食べた食べた」

 最恐竜が消えた後の森で新種の鳥が見かけられるようになった。竜から逃げていた小動物が彼がいなくなったことで森に戻ってきたのだろうと推測される。

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