魔術教練 20

——翌日


「ぞん゛な゛ごどがあ゛っだな゛んでぇぇぇぇぇぇぇ〜〜!!ヴィクトリアさん……い゛や゛ヴィクねえって呼んでもい゛い゛がな゛ぁ?」


 ここはショウジの監房。

 ヴィクトルの身の上話を聞かされたザクロは初対面のミステリアスな雰囲気はどこへやら、鼻水をたらし目を真っ赤して感動していた。

 ヴィク姉と呼ばれたヴィクトルも満更ではない。

 家柄上兄弟姉妹であっても信用できなかったヴィクトルにとって、自分を慕ってくれる妹のような存在は前々から憧れだったのだ。


「あ、ああ!勿論だ。ただし外ではヴィクトルと呼んでくれ、ヴィク姉では俺が女であることがバレてしまうからな、無論今みたいに周りに誰もいない時は遠慮なく呼ぶといい」


「う゛んっ!」


 他の【フロア5】の囚人達は特別刑務作業に駆り出されている。

 なら何故ショウジ達は監房にいるのかというと、蜘蛛の巣へのショウジの功績の礼としてモトモトが刑務官に手を回し二人の特別刑務作業を無償免除させたのだ。

 なので今ボルガノフの【フロア5】にはショウジ達の他には刑務作業全ボイコットの獄厨派しかいない。

 その獄厨派も監獄内に無断で作った宗教じみた祭壇で一日中狂信的に祈り続けている為、たまに聴こえる獄厨派の活叫かっきょうを除けば閑散としているのである。


「女の子って知った時は嫉妬で殺そうと思ったけど話し聞いといて良かっだぁ〜止めてくれてありがとね゛ぇ旦那ぁ♡」


「うん、なかなか捕まらなくて本当に大変だったよ。次からはむやみやたらにナイフを振り回さないでね?」


「はぁ〜い旦那ぁ♡」


 ザクロはショウジの前でスビビッと鼻を啜り半泣きでそう言った。

 最早色気もへったくれも無いが愛嬌は数割増しだ。

 まさかここまで打ち解け……懐くと思ってなかったショウジはホッと胸を撫で下ろした。

 ザクロがナイフを逆手で持ち出した時は肝が冷やしたショウジだが、結果として強い味方が増えたのは僥倖である。


「これでザクロも立派にヴィクトリア陣営のアサシンだねぇ。ヴィク姉ぇ、誰を殺して欲しいぃ?」


「いや、まだ大丈夫だ。だが必ずザクロの力が必要になる時が来る。その時までその牙を研いでいてくれ」


 ヴィクトルがザクロの顎を持ち上げながらそう言った。変身魔法で男に変装していても爽やかイケメンボイスと妙な可憐さと人を惹きつける美貌と所作が彼女にはある。

 一挙一動に品が滲み出ているヴィクトルの様子を見たショウジはなるほどこれがカリスマというやつか、と感心していた。


「任せてよぉ〜ヴィク姉ぇ。旦那とヴィク姉に頼まれれば自分だって殺してあげるよぉ」


「ところでショウジ、ザクロとの話が済んだら頼みたいことがあるって言ってたがなんのことだ?」


「『ところで』で済ますな、今のセリフを」


 組んだ脚の中で猫と戯れるようにザクロの下顎を掻いていたヴィクトルがショウジの方を向いてそう言った。

 彼はその事に触れられると真剣な眼差しでヴィクトルを見つめ、床に正座をする。

 ちょうどベッドの上にいるヴィクトルとザクロより目線が下になる姿勢だ。


「俺に……魔法を教えてくれないか?」


 ショウジの言葉に、ヴィクトルは少し目を丸くした。

 ここ最近、監獄市場の改革に奔走していた彼が、魔法の習得を望むとは意外だったのだ。


「……お前が自分から魔法を学びたいと言うとはな。あまり魔法に興味は無いと思っていたが」


「まぁな。戦闘は基本ザクロやお前に任せることにするけど、何もできないままだといざという時に困るしな。ちょっとは自衛くらいできるようになっておきたいんだ」


 ショウジは肩をすくめながら言う。


 ヴィクトルは顎に手を当てて考えた後、ショウジをじっと見つめた。


「……では、教える前に一つ俺からも確かめたいことがある。少し魔力を込めてみろ」


「魔力を込める? どうやって?」


「目を閉じて、体の内側に意識を向けろ。呼吸を整え、心を鎮める。自分の内に流れる力を感じ取るんだ。あの日スパイクハウンドを撃破した時の感覚を再現するイメージだ」


 言われるままにショウジは目を閉じ、深呼吸する。

 するとショウジにつけられた魔力量制限の腕輪が紫色に光り、金属が軋む様なかん高い音を立てる。


 全身に響く、圧倒的な力の波動。


「うっ……!? なんだ、これ……!」


「やはりな……」


 ヴィクトルはショウジを見つめながら、小さく息を吐いた。


「お前の魔力は……底なしだ」


「底なし……?」


「ここ数日、ボルガノフの図書室で文献を読み漁った結果分かったことだ。正確には、無限に等しい魔力の供給がその腕輪からされている状態。詳しくは分からなかったが、恐らく腕輪の魔力量制限に関する術式がお前の時だけ正常に働かず、逆に魔力を供給するようになってしまったのでは無いかと私は考えている。闇魔法魔力操作魔術に近い術式と光魔法状態異常自動回復魔術に近い術式が腕輪の中で相補的に作用していた筈だが、恐らく前者が働く段階でショウジの魔力量が魔術式の演算結果にエラーを起こす定数であった為に後者の魔術が演算を成立させる為に定数を変更するようなプログラムを自動的に作成実行したのだろう。だがなんらかの影響で後者のプログラムだけが作用し続けることになりショウジが魔力を使う際に出所不明の魔力を与え続けるに至ったというのが俺の仮説だ。となるとショウジの元々の魔力量は演算術式によるが無理数的なものか0であるかの二つだが、200年前のボルガノ魔術協会筆頭魔導士ナムーラー・ブフェリトシュタインゼンのブフェリトシュタインゼン仮説から数的でなく量的な魔力が無理数の値を出すとは考えにくいとなるとやはりショウジの魔力は……」


「ねぇ旦那ぁ、ヴィク姉の話分かったぁ?」


「冒頭三行目までは」


 ショウジが力を抜くと、腕輪は元の無機質な黒色へと戻る。

 自身の凶悪クリミナル度数である【888】がそこに白く刻まれていた。

 その数字をさらりと見たのちにショウジはヴィクトルを話を脳内で簡潔にまとめ、質問した。


「……つまり、魔法を使い放題ってことか?」


「そういうことだ。ただし、問題もある」


「問題?」


「現在使われている魔法は、魔力を複雑に使う為に緻密な制御が必要になる。だがそれには、幼少期から魔力を扱い身体を魔力に適応させる必要がある。つまり魔力の無い世界から来たお前は現代魔法が殆ど使えないんだ」


「え?でもあの魔物と戦った時は使えたじゃないか」


「あれは初級中の初級、呪文を唱えるだけで簡単に発動出来る魔術だ。あの時は魔法の物量と、周りが可燃性のものばかりだったから倒せたが、対人戦ともなるとそうはいかなくなる」


「じゃあ……魔法で戦えないってことか?」


 ショウジはうつむき、肩を落とした。

 そんな彼をヴィクトルはフフッといたずらに笑いながら話を続けた。


「結論を急くな。俺はが使えないと言っただけだ。

 お前の魔力は無限、つまり消費効率を気にせずに撃ちまくれる魔法こそが、お前にとって最も適した術式となる」


 ヴィクトルはそう言って、軽く手をかざした。


「だからこれからお前に教えるのは、かつて第一次殲魔大戦時に開発されたが、魔力消費が激しすぎて忘れ去られた究極の古代浪漫ロマン魔法――名を『迅魔弾ネスキウス』という」


 ⸻


 その後監獄市場の裏手にある広場で、ショウジの迅魔弾習得訓練が始まった。

 運動場でやる案もあったが、表立って魔術を撃っていると刑務官に咎められる可能性がある。


「迅魔弾は、通常の魔法よりも単純だ。『迅魔弾ネスキウス』」


 ヴィクトルが指を軽く動かすと、彼女の手元に青白い光の弾が浮かび上がった。


「この魔法は、ただひたすらに魔力を圧縮し、直線的に撃ち出すだけのもの。属性は無いに等しいが一応『水』だ。制御の必要はほとんどなく、ただ魔力を弾に込めて放つだけだ。要するに……魔法の乱射と速射に特化した技術だな」


 彼女が軽く指を弾くと、青白い魔弾がまるで銃弾のように空気を裂き、石壁へと突き刺さる……かと思いきやそのまま弾かれ霧散した。


「え?弱くね?」


「これがこの魔術の欠点だ。完全に速度特化しているから威力が殆ど出ない、というよりやわいんだ。勿論魔力を込めれば威力も上がるが込めた魔力は殆ど速度増加に使われるから非常に効率が悪い。例えばあの石壁を貫く威力を出すには天候をも変える上級魔法10発分の魔力が必要となる。その為魔法の開発者も使い方が分からず、その昔貴族同士の魔術決闘などに牽制技としてたまに使われていたぐらいで他に使用された記録はほぼない」


「そんな弱い技使える訳……待てよ、別に魔力効率が悪すぎるだけで威力が出ない訳じゃ無いんだな?」


 何かに勘づいたショウジにヴィクトルはニヤリと笑う。


「気づいたか。この魔術には現代魔法や初級魔法にある魔力を無駄にしない為に付けられた威力の制限術式が存在しない。つまり魔力を込めれば込めるほど威力と速度は天井知らずに増えていく。そして威力は出ないといったが、代わりに同じ魔力消費における射出速度と発動速度が全魔法の中で最も速い、恐らくこのボルガノフにいるほとんどの囚人はお前に魔術の発動を許してしまうだろう」


「……試してみてもいいか?」


「もちろんだ。まずは、手のひらに意識を集中させ、『迅魔弾ネスキウス』と唱えながら魔力を一点に収束させろ」


 ショウジは言われた通りに手をかざす。


「『迅魔弾』」


 魔力を込める。


 すると、手のひらの中心に淡い光の粒が現れた。


「いいぞ、そのまま圧縮しろ」


 ショウジが力を込めると、光の粒は小さくなり、やがて高速回転する弾丸へと変化した。

 小さな旋風がショウジの頬を撫でる。


「そして、指を弾くようにして放つ!」


 ショウジは思い切って指を払った。


 バシュッ!!


 魔弾は疾風の如く飛び、前方の標的として用意された木の板を粉砕した。


「……おぉ!? すげぇ!!」


「ふっ……やはりお前が魔力を込めれば木の板ぐらいならいけるな。では、次は連射だ。迅魔弾の真価は、一度に何発も撃ち出せることにある」


 ヴィクトルがそう言うと、彼女自身も構えを取り、数発の迅魔弾を連続で放った。


 バババババババッ!!


 連続する魔弾の軌道が光の弧を描き、瞬く間も無く標的の木の葉を落としていく。


「すげぇ……! 俺にもできるか?」


「やってみろ。ただし、魔力の制御は不要だ。お前の力なら、考えるよりも撃つことを優先しろ」


 ショウジは拳を握り直し、両手を前に構えた。


 ――撃つ。撃ち続ける。


 ババババババババババッ!!


 ショウジの手元から、矢継ぎ早に魔弾が放たれた。


「うおっ、マジか!! これ……止まらねぇ!!」


「ほう……!」


 ヴィクトルの瞳がわずかに輝く。


 彼の魔弾は、途切れることなく延々と続いていた。


 通常の魔術師であれば、魔力切れを起こして数秒で止まる。だが彼にその気配はない。


「……無限の魔力を持つお前だからこそ、この魔法は真価を発揮する。強力な一撃ではなく、途切れることのない超弾幕こそが、この魔法の真価を発揮する」


 ショウジが満足げに頷くその横で一人ヘロヘロ疲れた様子でヴィクトルの元へ向かう少女がいた


「もうマジダルくて無理ぃ〜このまほーザクロがやると疲れるよぉ〜ヴィクね…ヴィクトル姉ぇ〜膝枕してぇ〜」


仲間はずれにされ、ショウジの真似をして迅魔弾を撃っていたザクロ。

彼女は一発、しかもそれほど威力の無いものを撃っただけでグロッキーになっていた。


「その呼び方だと肝心な部分が何にも隠せてないぞ、ザクロ」


「いいじゃないか、今は誰もいないから俺のことは好きに呼ぶといい。おいでザクロ」


 ザクロはとぼとぼと歩くとそのままヴィクトルに寄りかかり膝枕をさせる。

 ヴィクトルも歓迎するように正座になった。

 こう見ると顔面偏差値の高いバカカップルだ、彼氏側も女なので百合かもしれないが。

 その光景を見たショウジは何故か寝取られたような感覚がして胸が痛んだ。


「恐らく魔力切れだろう。ザクロは魔力量が低いんだな。だがなにも恥じる事は無い、腕輪で制限されているのもあるし、そもそも暗殺者のザクロに魔力はあまり必要ないだろうからな」


 ヴィクトルはザクロの頭を撫でながらそう言った。


「エヘヘヘェ、ヴィク姉優しい好きぃ〜」


「俺もだ。ザクロ」


「ヴィク姉ぇ♡」


 ハチミツと砂糖をチョコに混ぜ合わせた挙句ショートケーキにぶっかけたような甘々な二人の世界を尻目にショウジは淡々と黙々と魔術の練習をしていた。

 

 小鳥が、さえずっていた。




【——ショウジは迅魔弾を修得した!——】

【片桐ショウジの現在のステータス】

チカラ:E

 タイリョク:D

マホウギジュツ:D

マリョクリョウ:フメイ

 チリョク:C

 セイシンリョク:S


アピールポイント:喋りながら別のこと考えられる、ラノベのあとがきだけでどのラノベの何巻か分かる(どのジャンルも可)、ヴ○ロで一回だけイモータルになったことがある、そしてそれらの特技をキモいと自覚している

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