ざこざこショウジ君 21
「タバコ今なら2000ボル!どんな店より安くどんな店より上質だよ!」
「ヘイヘイヘイ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ボルガノフで生き延びて娑婆に出たいあなたにピッタリのこのナイフ!ボルガノフ一番の刀工師が作ったかもしれないこのナイフ!よお!そこの弱そうな兄ちゃん買いな!あんたにピッタリだぜ!」
喧騒飛び交う監獄市場は、今でこそそれなりに秩序めいた顔をしているが、少し脇道に入れば、まだまだ旧態依然のにおいがする。ヤニと鉄臭さ、それに怨念。そういうものが混じった、濁った空気がある。
ショウジはというと、今日もその空気を吸い込みながら、市場の片隅で日用品の相場をチェックしていた。
ヴィクトルから貰った魔術教本を読み歩き、ザクロが監獄に落ちていたドングリみたいな木の実を加工して作ってくれたネックレスをつけながら商品の物色と規約違反をしていないかのパトロールしている。
塩の価格が若干下がってきていた。理由はわかっている。先週ザクロが、塩の密売に関わっていた囚人を丸ごと潰したからだ。
「お前、ショウジだよな?」
突如背後からかけられた声には、友好的な響きは一切なかった。
この監獄で、名前を知ってるってだけで近づいてくる奴らは、大抵ろくでもない。モトモトからそのことを聞かされていたショウジは反射的に体をこわばらせた。
振り向くと、二人組の男がいた。どちらも背が高く、痩せていた。笑っていたが、その目は砂漠の井戸みたいに乾いていた。
「そうですけど……何か御用でしょうか?」
そう言ってショウジは丁寧に応対した。気が強い奴に下手に反骨精神を見せると喧嘩を売られたと思われて面倒ごとになるからだ。
争いごとを極力避けるための対策である。
だが、今回その対策は無意味なようだった。
「ああ、ちょっと話があってな」
そのままショウジは腕をとられ、背中をぐいと押されて歩かされた。周囲の商人たちは気づいていたはずだが、誰も目を合わせようとはしなかった。ここはそういう場所だ。誰も関わらない、そして誰も助けない。
そして人気が無くなったところでショウジは首に手を当てられ、魔法をかけられた。
「闇魔法『
(なんでこんな目に……と思うには心当たりがあり過ぎるな)
そう思ったのが最後だった。視界がぼやけ、暗転するのに時間はかからなかった。
◆◆◆
拷問ってのは、もっとこう、鉄と血と悲鳴に満ちたものだと思ってた。
だけど、現実のそれはやけに静かで、妙に整頓されていた。ベルトコンベアのパンみたいな気分だった。
ショウジはこの時のことをそう振り返る。
(………ここは?)
目が覚めると鎖に繋がれていた。
皮の長椅子、というには傷みすぎた木製の足かせ付きの椅子に押し込められて、ショウジは手足を固定されている。すぐ横の壁には鉄製のフックがいくつも並び、その一つに吊るされたランタンが、椿色に部屋を染めていた。
天井はなく、代わりに黒鉄の格子が空に浮かび、そこから夕焼けのような、けれど本物ではない淡い光がどこからか差している。どうやら地下の一室のようだった。足元には錆びた鉄の環。そこに魔力封じの呪符付き鎖がついている。手足を軽く動かそうとしたが、がらん、と乾いた音がしただけで自由はまったくなかった。
「お目覚めか、兄ちゃんよ」
焙じた木の皮のような声がした。暗がりから歩いてきたのは、赤い法衣をまとった長身の男だった。肩まで伸びた赤黒い髪、左目を覆う痛々しい火傷。その手には燃えさしの短杖を握っている。軽く振ると、杖の先に小さな火球が生まれ、部屋が淡く照らされた。
「俺たち獄王派の名前くらいは聞いているな?」
ショウジは黙った。唇が乾いて、声が出せない。
「名乗ろう。俺は獄王派フロア5担当幹部が一人、煉獄のアズデカ。ここで君から聞き出したいことがあるんだ。見ての通り、俺は元神父でね。人から罪を聞き出すのは得意なんだ」
その声があまりにも穏やかで、そのことが逆にショウジの背筋が冷やす。
「懺悔……?」
ショウジが疑問を口にすると火球がふっと大きくなり、照明となった。そこで初めて、部屋の壁一面に焼け焦げた無数の痕跡があることに気づいた。幾人の囚人がここで、熱に焼かれて壊されたのかはわからない。
「とぼけないでくれると嬉しいな。
囚人番号【8816009188】片桐ショウジ、君には罪が二つある、一つは俺達の商人派閥を手中に収める計画を邪魔したかもしれない罪、そしてもう一つは俺の部下を殺した女とつるんでいる罪だ。だが罪は償える。俺の質問に答えてくれればな。まず、聞きたいのは君の側にいる“女”の暗殺者についてだ」
言い終える前に、ショウジの脇腹に熱が走った。思わず声が漏れる。見ると、炎の小蛇のようなものが身体を這っていた。グレンが指を鳴らすと、蛇はさらに舌を伸ばし、ショウジの右腕に這い上がってくる。
「火魔法『
「ア゛ッ…………アア゛……!」
それは拷問というにはあまりにも静かで、だからこそ恐ろしかった。炎は皮膚を焦がすぎりぎりで止まり、何度も往復しながら精神を削る。痛みはじわじわと、信仰のように体に染みついてくる。
「君はただあの女が何時にどこに来るのか教えてくれりゃあいいんだよ。あとはこっちで始末してやるからさ。それと、もう一つの質問。蜘蛛の巣が最近盛り返してきてるだろう?何か知ってたらすべて吐け」
ショウジは唇を噛んだ。答えたら、ザクロが、蜘蛛の巣が終わる。だが、耐えられるかどうかは別問題だった。
ショウジの太ももに血滴が一つ落ちる。
「俺がッ……知ってるわ、けないだろ……たまたま知り合っただけッッだ……!蜘蛛の巣のことも知らない……俺がどうこうッ……出来る奴だと思うッか!?」
嘘だった。だが、言わないわけにはいかない。
モトモトから情報が漏れてる可能性も考えたがアイツに限ってそれはない。とショウジはすぐに結論付けた。情報の秘匿性を何より重んじる男だ。
「んんんんんんんんんんんんんんん???????そうか、そうなのか、そういう態度をとるのか。残念だ、ああ残念だ、失望した、がっかりしたよ。なら喋らせてやるよ」
そう言って男は、ショウジの手の指を一本ずつ確かめ始めた。
指というのは大変コスパがいいもので、簡単に折れる割に痛みを効率よく与えられる。
「アアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッイイ゛ッッダイイ゛ィィィィ!!!」
「うっわ見ろよお前ら、コイツ漏らしてやがるぜ。ハハッキッたねー」
「ハ、ハハハハハハハハ……」
グレンが小さく笑った。
追従するように取り巻きも作り笑顔で笑う。
「さてとお次は……」
アズデカは壁に立てかけてあった棒状の器具を持った。左手に火球を作り出し、鉄で出来たそれを暁のように染めていく。
焼きごては、皮膚の上に置かれる前に“音”で存在を主張した。熱せられた鉄が空気を裂き、そこにいた全員の目を引いた。
「うるさいから
ショウジの口腔内に雑巾のような物が押し込まれる。
トイレ掃除にでも使ったのかと思うほど強烈な臭いを放つ布にショウジは吐きかけるが、窒息する危険性から必死に耐えた。
だがそんなことお構いなしに、ショウジの変形変色した左手小指に赤熱した鉄片がそっと触れた。
「――ッ……!」
声は漏れなかった。否、漏らせなかった。
代わりに、脳の奥で黒いシミのようなものが広がっていく。
「じゃあ次は――ここだな」
今度は腹部。内臓に近い場所に焼きごてが当たれば、ダメージはより深く、長く残る。ショウジの身体は震え始めていた。意識が遠のくのが分かった。
「俺は好きなんだ。人が焼ける匂いと見た目がな。別に人喰い野郎って訳じゃない。囚人の中にはそんな奴がいるらしいが俺は違う、焚き火の匂いを嗅いで香ばしいと思う事はあるけど薪を食いたいとはならないだろ?あれと一緒だ。俺はな、じっくりと中まで火を通すように焼き上げて最後にカリッと仕上げるのが好きなんだ。教会に来た身寄りのない子供を地下室で今のお前みたいに焼き上げるのが安息日の楽しみだった。それがバレて今はこのザマだがな」
アズデカの昔話はショウジの耳には入ってこない。
ただ痛みを逃そうと両手足のかせをガチャガチャと無意味に動かしていた。
「だが今回は手段と目的が逆だ。俺の質問に答えてくれりゃあ解放してやろう。お前が望むなら俺の部下にしてやろう。さあ答えろ片桐ショウジ、あの女がいつどこに現れるのか、弱点は?お前とあいつの関係は?蜘蛛の巣再興の理由はなんだ?」
アズデカの最後の質問、ショウジの答えは一本の中指である。このジェスチャーが異世界でも侮辱の意味を表すことはモトモトから聞いている。
「アンサーはそれか……理解した、ならここからは俺の個人的趣味の時間だ。付き合ってくれよ?もちろん話したくなったら頷いて教えてくれ、それまでにくたばってなきゃいいが」
男が短杖を振るうと、空気がひときわ張り詰めた。
アズデカの魔法『
「う、ぐ……!」
見えない刃物で切られたように、血が滲んだ。皮膚の下の血管だけが破裂するように、内部からじわじわと痛みが広がっていく。
「これは切れない。裂けるんだよ。見えない糸でな。表面は無傷、でも中はズタズタになる」
アズデカの声、それ自体には愉しさも怒りもなかった。あまりに静かな分、心底気味が悪かった。
「言っとくけどまだまだだぜ?長いこと楽しもう」
その声に歓喜や愉悦の色はない、仕事のように淡々とされど股ぐらをいきり立たせたアズデカは次の魔術を発動し始めた。
◆◆◆
もう何度目の問いか分からない。
皮膚の一部は焼かれ、右足の爪は引き剥がされ、舌の裏には鈍い痛みが残っていた。
「知らない……知らない……」
その一言を絞り出すのに、肺の奥まで空気を吸い込む必要があった。
猿ぐつわは既に外されている。あまりの痛さに喉の奥まで布が入り込んだ為アズデカが引っ張り出したのだ。
「あ、兄貴。コイツホントに無関係なんじゃ……」
部下の一人が恐る恐る聞いた。
「アアッ!?じゃあなんだ、俺が間違ってるって言ってんのかテメェ、調子乗んじゃねえ!殺すぞ?」
「い、いや!そんなこと!ですが……ここまでの拷問……人間が秘密を隠し通せる限度をもうとっくに超えてますぜ、なのにコイツは情報の一つも漏らしはしねえ……脚なんか焼けすぎて固まってんのによお……」
「だからなんだ?たとえ知らねえとしても俺が今楽しいからそれでいいんだよ。そもそもコイツがあのフロア4の女と親しくしてんのは事実なんだ。コイツを殺せば向こうからやってくるだろ。ええ?違うか!?」
「は、はい!おっしゃる通りで……」
「チッ……だがしかしもう拷問も佳境だ、仕上げといこうか」
アズデカはそう言うとポケットから二つのものを取り出した。
ヴィクトルから貰った魔術書とザクロから貰ったネックレスである。
「あ……あ………」
ショウジは必死で声を出そうとするが声が出ない。
そしてアズデカはその二つをショウジの目の前で焼いた。
「遺品整理って奴さ、さてここからが本番だ」
ぱち、と空中に火の線が走った。
次の瞬間、空気そのものが熱を帯びた。グレンの背後に浮かび上がるのは、複雑な紋様をした魔法陣——上級火魔法『
「俺が発明した魔術だ。発動者とあらかじめマーキングした俺の部下には影響せず相手のみを焼き殺す魔法。コイツでカリッとしてやろう」
炎が壁を、天井を、床を舐め、部屋そのものがサウナのように変化していく。喉が焼けるように渇いた。汗ではなく皮膚そのものが溶けそうだった。
「さあ、愚かなグズに引導を……」
アズデカが祈る。それが魔術のトリガーであった。
ショウジの足元に、真紅の炎が集まり始めた。
それは火ではなかった。地の底から滲み出す“魔”だった。理性が吹き飛ぶほどの熱に、視界が歪み、全身が痺れる。
「ヴィク……ザ……」
(ごめんな)
己の生をショウジが諦めた瞬間、鉄扉の向こうから風が吹いた。違う、風ではない。冷気だった。
凍えるような、張り詰めた“殺気”。
それが空間を凍らせるように流れ込んできた。
「……!まさか……」
アズデカの魔術が止まった。
そしてそれと同時に部屋へと続く廊下の見張りをしていた部下の一人が部屋に飛び込んで来た。
「て、敵襲!敵襲です!な、何者かが……物凄い速度でこちらに向かって来ています!!」
熱がたちこむ地獄の部屋に、風が吹く。
暗殺者が、彼を溺愛する暗殺者が、彼を傷つけるもの全てを許しはしない暗殺者が、ザクロが、来た。
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