03 攻略対象者を分析します①カマルとアラン

 ロベリアは、学園内の廊下を歩きながら、頭の中で乙女ゲームのことを真剣に思い出していた。


 攻略対象者の一人、カマル=サス=フォーラン。この国の王位継承者であり、次期国王になる男。金髪碧眼で絵画のような美しさを持つ完璧王子。その性格は、真っすぐで見かけによらず豪胆。女性だけでなく、男も惚れる男の中の男。


 主人公のリリーに出会うまでは、カマルは誰よりも美しく完璧であるがゆえに、まったく女性に興味がなかった。しかし、リリーの無邪気さや純真さにふれ、次第に心惹かれていく。


 作中では、リリーとカマルの王道ピュアストーリーに癒された。ただ、それは正規ルートの話。


 ロベリアは、教室にたどりつくと、一度考えることを中断した。同級生の視線を一心に受けながら、一番後ろの席に座る。いつもは、教室の一番前に座っていたので、教室内がざわついたが、そんなことを気にしている暇はない。


 ロベリアは、鞄からノートを取り出すと、カマルについてのまとめを書き込んだ。


 『悠久の檻』には、正規ルートの他に裏ルートが存在する。裏ルートは別名『二股ルート』と呼ばれ、主人公のリリーが複数の男性の好感度を同時に上げると入ってしまうルートだ。


 カマルの裏ルートは、他のキャラに比べるとまだましな方だがそれでも癖がある。


 他の男たちと仲良くするリリーに嫉妬したカマルは、王子という立場を利用して、リリーを脅し抵抗できないようにし、無理やりリリーを妻にしてしまうというストーリーだ。


 前世のゲームプレイヤー華としてなら、清廉潔白な王子が歪んだ愛に落ちていく姿が「これはこれで良い!」とけっこう好きなルートだったが、現実で、しかも相手が大切な妹だったら、無理やりなんて許せるはずもない。


(普通に犯罪だからね? あんの、変態王子め……。いや、まだ変態にはなっていないけど!)


 とにかく、カマルには近づかないようにリリーに伝えなくては。ロベリアが強く決心したところで、授業終了のチャイムが響いた。次の授業は、男女合同のダンスレッスンだ。


(……ということは、アイツがいるわね)


 ロベリアと同学年で妹のリリーから見れば、一つ年上に当たる男。その男は、カマル王子と学園の女子人気を二分している公爵家令息のアランだ。


 ロベリアがダンスレッスン用の教室に向かっている途中、また黄色い悲鳴が上がった。


「アラン様よ」

「素敵!」


 声のほうを見ると、アランがロベリアに向かって手を振っていた。


 午後の光を浴びて、彼の髪が銀糸のように輝いている。ロベリアを見つめるグレーの瞳が知的な輝きを放っていた。


 彼は二人目の攻略対象者アラン=グラディオス。グラディオス公爵家の長男で、次期公爵になる男。子どものころからの知り合いで、ロベリアとリリーにとっては、幼馴染ともいえる存在。


 一見、爽やかな好青年に見えるアランだが、公爵家の家庭環境が複雑だったせいで、ゲーム内では裏と表の差が激しいキャラクターとして描かれていた。


「ロベリア、久しぶり」


 アランに笑顔で声をかけられ、ロベリアは内心ビクついてしまったが表面上は平静を装って「久しぶりね、アラン」と返事をした。


 教室まで一緒に行くつもりなのか、アランはロベリアの歩調に合わせて隣を歩き始める。


「もっとダンスレッスンが多ければいいのに」


 急にそんなことを言い出したアランに、ロベリアが「どうして?」と尋ねると、「だって、そうしたら、もっとたくさんロベリアに会えるから」と優しい笑みを向けてきた。


 世の乙女がときめきすぎて卒倒しそうになる甘いセリフを、さらりと言ってしまえるこの幼馴染が恐ろしい。でも、ここで勘違いしてはいけない。アランは、誰にでもこうなのだ。そして、アランは言葉とは裏腹に、誰のことも信じていないし、愛してもいない。


 他人への執着が一切ないため、どんな冷酷な決断でもしてしまえる『ひどく優秀なサイコパス』それがアランだ。


 ゲームでのアランの正規ルートでは、生まれて初めて愛を教えてくれたリリーを深く愛するがゆえに、過保護で嫉妬深い一面を見せる。そして、いつしかアランの世界の中心がリリーになり、それ以外には冷酷な一面を隠さなくなるので、愛する人の前でだけ見せる甘い態度に、前世の華は心ときめかせた。


(そういえば、アランって、前世では、ダグラス様の次に好きなキャラだったのよね)


 だからこそ、ストーリーをよく覚えているが、アランの裏ルートは本当にひどい。学園内では、自分以外の男と交流しないように、リリーに穏やかに忠告するだけで終わり、リリーの浮気癖も含めて全てを受け入れたかのようにアランは振る舞う。


 しかし、アランは学園を卒業後、すぐに公爵の地位を相続。公爵になったアランは、何をどうしたのか分からないが、ロベリアとリリーの実家のディセントラ侯爵家を乗っ取り、後ろ盾を無くしたリリーを強制的に妻として迎え屋敷内に監禁。


 極めつけに、リリーをいじめ苦しめたロベリアを殺害。その死体をホルマリン漬けにしてリリーにプレゼントするという異常犯罪者っぷりをこれでもかと披露してくれる。


 優秀なサイコパスだったアランは、リリーを愛するがゆえに、その愛がねじ曲がった結果、異常犯罪者サイコパスになってしまうのだ。


 ロベリアのホルマリン漬けの前で、「ほら、これでロベリアと仲直りできたね。やっぱり君たちは仲良しじゃないと」と優しい笑みを浮かべるアランは、一部のゲームプレイヤーにそれなりのトラウマを植え付けた。


(あれは、さすがにアラン好きな私もドン引いたわ……。そ、そうよ……アランの裏ルートはロベリアの……私の死に直結しているのよ! リリー、アランだけはダメだからね!? うっかり裏ルートに入ったら、リリーは監禁されちゃうし、お父様もお母様も大変だし、私なんて殺……。いやぁ! 殺されたくない!)


 叫びたい気持ちを抑え、ロベリアは震える自身の両腕をさすった。

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