笑顔を見るための溺愛エンド

雫 のん

第1話 急に聞かされた政略結婚


⚠残酷描写を含みます



 朝目が覚めたとき、私は光を見ることができない。窓一つないこの木造の六畳間の一室は広大な邸宅の地下にある。当然、木の板を張っただけの鉄筋コンクリートの地下室だ。


 人が住むとは到底思えない、まるで犬小屋のように小さな半円の扉の外からバタバタと足音が聞こえる。時々刃物が肉を切る鈍い音が聞こえたかと思えば、ドサリと人が倒れる音がする。

 今外で起こっている争いは、住み部屋を賭けた命の奪い合いだ。血の匂いが換気のできない私の部屋にも充満してきてあまりの不快感に鼻をつまんだ。


 望んでこんな部屋に住んでいるわけじゃない。だけど、これだけ汚くともこの邸宅では住める場所があるだけマシなのだ。

 私の住んでいる部屋があるのは地下一階で、最下層は地下二十階。最下層の人々は整備されていない下水道のような空間で人や塵、排泄物に押し詰められ、呼吸に苦しみ飢え渇きながら毎日を必死に生きている。

 邸宅の外の誰にも知られていない、明るい財政や華やかな外観に隠された闇。


 この部屋から脱する方法は三つある。

 一つがこれより上の部屋に住む人を殺すなり意識不明にするなりしてその部屋を奪うこと。二つが上の部屋に住む人と交渉してシェアルームにして貰うこと。最後が邸宅の主に気に入られ、豪華な部屋をいただくこと。


 人を殺すこともできない、外見だけで疎まれる私に取れる唯一の方法は、主の寵愛を受けること――







 私の名前は夜風よかぜ 叶美かなみ。頭が悪く出来損ないと言われているが、一応れっきとしたこの国の王女だ。唯一の武器は母親譲りの圧倒的美貌だけ。そんな私は父である国王から気に入られていたが、政略結婚でいずれ城を出ることになるのは最初から決まっていた。だから縁談を聞いたときもさほど驚かなかったのだが……。


「それじゃあ明日出発だから今日中に準備するんだぞ」

「パパ、明日からなんて急すぎるよ!?」 

「そうは言ってももう決めちゃったから……。叶美、ごめんだけど元気でな! いつでも帰っておいで!」

「そんな勝手なー……」


 準備期間が一日しかないだなんて聞いてない。ブツブツと文句を言いながらもお手伝いさんと身支度を整え、荷物も夜には纏めきることができた。

 それにしても、縁談が持ちかけられたのは今朝だと言うのに、国王がこんなにすぐ娘を嫁入りさせると決めたのだからよっぽどな好条件だったのだろう。その相手の名前も素性も聞かされていないものだから不安で、私はお付きのメイドの一人に尋ねてみた。


「きのしたちゃーん、政略結婚の相手って誰かわかる?」

「いえ、私も聞いていません。ですが使用人を一人も連れて行くなと言われたらしく、王女様をお守りする者がいないのが少し……」

「えー!? きのしたちゃんとみうちゃんは連れて行きたかったのに!」

「私も叶うことならついて行かせていただきたかったのですが……」


 あまりにも突然使用人はなしで嫁入りだなんて、馬鹿で出来損ないだと有名な私でも疑念を抱く。国王はよっぽどの好条件に我を忘れるほど釣られたのか、よほど信頼できる相手との政略結婚なのか。

 後者であってほしいと願いつつ、父から相手について言われていないことから、実のところ前者ではないかと薄々感じている。


「きのしたちゃんとも明日からお別れかぁ……」

「辞めるつもりはないので、またすぐにでも帰ってきてくださいね」

「そのつもりだよ〜。それじゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 メイド達には部屋から出てもらい、一人悶々としながら眠りにつき朝を迎えた。大きめのバッグ三つ分程度の荷物とある程度纏まったお金を持ち、相手方の邸宅へ向かうための貸切の車に乗り込んだところで、脳内に不思議な声が響いた。


“当主からの溺愛ルートに入りなさい。さすれば貴方の望む全てが叶うでしょう”


「誰か何か言った?」


 車内の運転手、邸宅までの護衛が首を横に振る。今の声は誰だったんだろう。空耳にしてははっきりと聞こえたような……。

 考え込んでいると、運転手の女性が車を一時停止させたときにちらりと振り返って言った。


「王家の女性は代々女神様のお声が聞こえると聞きます。もしかしたら王女様にもそれが聞こえたのでは?」


 女神様のお声……。

 この意味が最初は分からなかったが、後々この意味を知った私は絶望することになる。


 “溺愛”どころか当主に会うことすら叶わないと知るからだ。

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笑顔を見るための溺愛エンド 雫 のん @b592va

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