異能狩り死刑囚、漆島萌の仲良し作戦

紳士やつはし

第1話

 今日は死刑執行日のはずでした。しかし私は今、五年ぶりに乗る車の中、助手席の窓をじっと見つめて、深夜の東京の景色を楽しんでいます。無駄に背の高いビル群、汚れたコンビニの看板、「248円」というガソリンスタンドの表示。

 右から左へ流れる景色は五年前と大きくは変わりませんが、小さな変化がとても興味をそそります。家庭用の乗用車から見る景色は特にうっとりします。軽自動車というのがまたいいのです。対異能護送車から見る景色とは大違いですね。今一瞬、滑り台だけの公園に若者の集団が入っていくのが見えました。私も深夜にああやって友達と遊んでみたかったです。


「おい聞いてるのか」


 運転席の藤尾さんから、声をかけられました。若い女の人の割に声が低いのは、タバコとお酒で焼けかけているからかもしれませんし、少しイライラしているからかもしれません。苗字はさっき教えてもらいました。下の名前は教えてくれませんでした。


「死刑は取り消されてないから、きちんと命令を果たせってことですよね?」


 私は窓の外を見ながら言いました。


「チっ」


 大きな舌打ちです。どうかと思います。長い話をわざわざ要約してあげたというのに。

 藤尾さんの軽自動車は、地下トンネルに入りました。綺麗に磨かれた窓に反射している藤尾さんの姿に目を向けてみます。彼女はスーツ姿の、かっこいい女の人です。ややウェーブのかかった金髪を、首の後ろ当たりの低い位置で一つに纏めていて、目つきは悪く、眉間のシワも消えなくなってきているようです。歳は30歳前後でしょうか。

 ああ……窓には私も映っています。薄い緑色の、ふんわりボブ。タレ目気味のニコニコおめめ。ウエストがしっかり締まったクラシカルな黒ワンピース。髪の調子は少々気になりますが、(仮)釈放直後とは到底思えないくらいには、今日も可愛いです私。任務に応じる条件として、身だしなみを整える機会をもらったのは正解でした。

 あくまで確認です。さすがにいつまでも見ていられるほど自己愛は強くありませんので、一旦前を向いて座りました。

 すると、私の両腕を捕らえているとても大きな手枷が、膝の上に重く冷たい感触を預けます。


「ところでこれ、いつ外してもらえるんでしょうか」

「外すと思うか?」ハンドルを左にぐるぐる回しながら藤尾さんは言いました。

「でも、このままだと私、役立たずですよ。異能あがしろも使えませんし」

「拘束は、こっちの判断で自動的に外れる仕組みになってる」

「こっちの判断って、どなたの判断ですか?」

「俺の判断だ。その代わり、拘束が解けたら標的のことは好きにしていい」

「え、ほんとうですかあ?」


 それはとっても嬉しい言葉でした。手枷に囚われた両手を握り、できる限りのガッツポーズをしてみます。


「……本当に気色悪い奴だ」


 隣からそんな呟きが聞こえてきました。見てみると藤尾さんは、ハンドルを強く握りながら、すこぶる不快そうな顔をしています。

 私は肩をすくめました。藤尾さんは、どうやら悪を憎むまっすぐなお方みたいです。私と組んでいるということは、異能対策課しろなぎの中で問題児扱いされているということでしょうから、そういうまっすぐさが厄介に思われているのでしょう。とても興味深い方です。ぜひこの方と仲良くなりたい。

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