セルフスタンドの扉~ボタン押しが異世界へ~
@niho_
第1話:ボタン押しが異世界へ
山下慎也は、セルフスタンドの夜間監視員として、毎晩決まったルーチンをこなしていた。かつてひきこもりだった彼にとって、この仕事は再起をかけた一歩に過ぎなかった。何も特別なことはないが、誰にも干渉されず、静かな時間が過ぎるのが心地よかった。
「今夜も静かなもんだな…」
夜の時間帯、セルフスタンドにやってくるのはほとんどが仕事帰りの人たちだ。俺はモニターに目を通しながら、セルフスタンドの隅々をチェックする。お客さんが給油機のノズルを手に取ると、部屋のSSCという機械からアラーム音が鳴り響き、慎也は無意識にボタンを押した。
ピピピピ…
「ボタン押し、お疲れ様です。」
社員の佐藤がバックヤードから顔を出した。昼間は忙しい社員だが、夜はそのまま立っているだけの俺を気遣って、時々声をかけてくれる。
「いや、これくらいのこと、慣れたもんだよ。」軽く笑いながら返した。「まあ、ここのボタンを押す仕事が役に立ってるって思うと、それで十分さ。」
「ふふ、そう言ってくれると助かるよ。夜間のシフト、ほんとありがたいしな。」
佐藤は微笑みながら、机に置かれた書類を整理し始めた。その横で、ふと外の景色を見つめた。真っ暗な空に星一つ見えず、ただ闇が広がる。車のヘッドライトが瞬くたびに、その闇が一瞬だけ照らされるだけだった。
「でも、なんだか今日は少し変な感じだな。」そう呟いた。
「変な感じ?」と佐藤が振り返る。「まあ、夜が深くなってきてるからな。そう感じることもあるだろう。」
その言葉を聞き流し、再び目の前のモニターに視線を戻す。と、突然、部屋のSSCが再び鳴り響いた。今度は給油中の車が停止した。
「またか…」
慎也はすぐにボタンを押し、再びシステムを復旧させた。ほんの数秒のことだが、彼にとってはこの小さな操作が重要な役目であり、その度に安堵感が胸をよぎった。
「お疲れ様、ボタン押しさん。」佐藤は冗談めかして言う。
「その言い方、やめてくれよ…」苦笑しながら答えた。「でも、ありがとう。」
その後も雑用をこなしているうちに、俺はふと気づいた。夜中だというのに、どこからともなく不安な気配が漂っているような気がした。普段は感じない、ほんのりした違和感が胸に広がってきた。
「何だろう、この感じ…」
その時、また部屋のPOSが鳴り響いた。無意識にボタンを押したその瞬間、何かが異常をきたすような、まるで世界が変わるような音がした。
「ん?」
突然、スタッフルームの扉が開き、俺はその場で立ち尽くした。扉を開けた先には、見慣れた休憩室ではなく、まるで別の場所にいるような感覚を覚えた。
「ここは…?」
目の前に広がっていたのは、暗闇に包まれた荒れ果てたセルフスタンドの一角だった。周囲には古びた建物が並び、空は何もない、ただただ重苦しい闇が広がっていた。まるで、どこかの異世界に迷い込んだかのようだった。
足元が震えるのを感じ、冷や汗が背筋を伝う。信じられないことに、スタッフルームのドアをくぐっただけで、別の世界に来てしまったのだ。
「なんだ…これは…?」
彼は目の前にあったセルフスタンドを見上げ、その周りに異様な静けさが広がっているのを感じ取った。普段見慣れたセルフスタンドの設備が、どこか古びた遺物のように見える。そして、ボタンを押すことで、この空間が動き始めるのだと、慎也は何となく感じていた。
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