異世界帰還者、ダンジョンのある50年後の世界にて

Nikolai Hyland

帰還

官房長官・沼沢浩一郎は首相官邸でその報告を受けていた。

秘書の要約によると、


・ダンジョン配信者が京極ダンジョンの浅層でイレギュラーに遭遇した

・イレギュラーは深層級

・それをソロで討伐し、救助した人物がいる

・聴き取りによれば、異世界に転移後、現地のダンジョンを通った上で京極ダンジョンを逆に踏破してきた

・そういった内容が保護前に件のダンジョン配信者により配信され、既にコピー動画が出回っている

・少なくとも、実力に関しては本物であり、国内でもトップクラスであると推察される

・現在は京極支部にて慰留して調査をしているが、市民ナンバー等を持ち合わせておらず、難航中

・さらなる検証の上、該当人物とともに記者会見を開く必要性を認める


とある。

気持ち的には頭を抱えている。

まずダンジョン配信者──なんでも昔でいうテレビの生放送を動画サイトでやっている配信者なるものがあり、さらにそれをダンジョン内でやっているという自分からすれば気が触れているとしか思えない連中──については捨て置けば良いだろう。

単なるイレギュラーの被害者として、怪我でもしているのならギルドで治療可能な範囲で対応すればそれで済む。

深層級のイレギュラーも、平時であれば──自分のところまで報告があがることはあまりないが──局長レベルで対応可能な案件だ。

しかしそれをソロで討伐したとなれば話は別である。

該当人物の実力が国内トップクラスという話だが、起こった出来事がすべて真実だとすれば、戦力評価が甘いという他ない。

国内トップクラスの探索者は、同レベルの人間複数とパーティを組んだ上で、件の深層級を相手にして五分といったところだ。

それを単独で、要救助者を抱えた状態でなど、明らかに隔絶していると言う他ない。

そんな人物が異世界だのなんだのと意味不明な供述をしているなど、下手なホラーより恐ろしい。

また異世界からの帰還者だというのも問題だ。

現状、完全に踏破されたことのないダンジョンという秘境の先には、何があってもおかしくはない。

異世界に繋がっているというのも、それなりに耳にする俗説だ。

しかし、それはこちら側から、じっくりと時間と金と人員をかけてダンジョンを踏破し、自らの手で解明されなければならない謎なのだ。


……


そうして今後の対策についてあれこれと考えている内に移動が完了した。

件の人物は京極支部からは移動しており、中部方面統括管理局の一室で対面を果たした。

見た目は20代前半の、精悍な雰囲気をした青年といった印象である。

資料──例の配信のスクショ画面だそうだ──で確認した戦闘用の装備ではなく、普段着といった装いに変わっている。

どこにでもいる──探索者らしい若者でしかない。

しかし、その顔つきに引っかかりを覚えるのも事実であった。


「……」


「えっと、はじめまして? 守月青平(すづきしょうへい)です」


考え込んでいる間に向こうから自己紹介をさせてしまった。


「あぁ申し訳ない。私は内閣官房長官の沼沢です」


そう言って差し出した手を無視して彼は答えた。


「あの、ご親戚とかに浩一郎さんっていませんか? 私の友人に似ているんですけど……」


「……浩一郎は私ですが」


「え、マッチ……?」


ああ。

ずっと頭の片隅にあったことだ。

対象の名前が守月青兵であるということ、ただそれだけの偶然だと思い込もうとしていた。

何度も期待しては裏切られてきた。

その顔を見てすら、他人の空似だろうと。


「久しぶりだなあ、ツッキー」


本当に。

50年ぶりの再会に、込み上げるものはあるがそれよりも。


「マッチ、ジジイじゃん」


「なんでお前ガキのままなんだ?」


お互いの言葉に少しムッとする。


「俺からしたら5年しか経ってないんだよ。なんだよ西暦2056年って」


移動中に上がってきた報告の通り、彼の主観では5年しか月日が経っていないらしい。

こちらは50年も待ったというのに。


……


それから、離れていた時を埋めるように色々と話した。


「マッチ、林さんとはどうなったん。ほら、気になってるって言ってた林智美さん」


「今の妻だ」


「マジで!?」


「ああ」


「あのマッチが結婚かあ」


「孫もいるぞ、見るか?」


そういって携帯端末の画面を見せる。

写真自体は少し古いもので、数年前に撮った小学校の入学式のものだ。


「うわーまんまチビマッチじゃん、遺伝子強すぎ……そういえば、これってスマホってやつだろ、画面をタッチして操作できるとかいう」


確かに、あの頃はまだスマホなんてほぼ見かけなかったな。

そもそもガラケーすらまだ持たせてもらえてない同級生がいたくらいだしな。


「ツッキー、マジで異世界行ってたんか」


「だからそうだって言ってんじゃん。そりゃ信じられないのもわかるけどさ」


そういって若干拗ねた様子を見せる。

今まで同じ質問を散々されたのだろう。

しかしその質問をした職員を責めることはできない。


「あ、そうだ。ツッキーに頼みたいことがあるんだけどさ」


「なんだ?」


「これの充電器、探してくんない?」


そう言って彼が示したのは、古いガラケー。

まだガラケーという呼称すら生まれる前のモデルだ。

それ用の充電器を探すとなると、メーカーに問い合わせるより博物館に聞いた方が早そうな骨董品だ。

それよりも。


「……ツッキー、今それどこから出したんだ?」


「ん? あぁ、アイテムボックスだよ。こっちの探索者、だっけ? だと持ってる人少ない感じ?」


むしろ、持っていない人間の方が少ない、基本的なスキルではある──その容量や、内部での時間経過等、使用者による差異は別にして。

問題はそこではなく。


なぜ、ダンジョン外でスキルが使用できているのかという点だ。


「ツッキー、ダンジョン外でスキルを使うの、誰かに見られたか?」


「うん? ……もしかして、こっちの人ってダンジョン内でしかスキル使えないとか?」


こちらの言いたいことを瞬時に判断したようだ。

浦島太郎状態で、間の抜けた様子ばかり見せていたが、彼は決して頭の巡りの悪い方ではない。

むしろ、同級生の中でも指折りの秀才であった。


「なるほど。それはちょっと表に出せないよな」


こちらの沈黙を肯定と捉え、なおかつその重要性にも気づいている。

ダンジョンなんてクソみたいなものが出現して以来、今なお人類が存続しているのはまるでゲームのようなレベルアップとしか言いようのない不思議な現象と、それに伴う身体能力の向上、そして何よりスキルという特殊な能力の発現があったからだ。

それにより人類はダンジョンの出現とともに溢れかえった魔物どもを押し返し、生存領域を取り戻せたからだ。

そして、その後は基本的にダンジョンとそのごく狭い周辺、例外として魔物が氾濫している地域でしかその特異な能力を発揮することができなかった。

そうでなければ、人類は突如として得たその能力を使って自ら滅びの道を進んだのではないか。

その推論は、魔物の氾濫を押し返せないまま統治機構が崩壊し、現在は能力を使って人から奪うのが当たり前の、地獄のような無政府状態となっている地域の存在が補強している。


深層級を単独撃破、というより、単独でのダンジョン踏破をなし得る実力になんの枷もついていないとなれば、間違いなく国際問題となるだろう。

何せ、それほどの実力者であれば、単独で国家を滅亡に追いやれるのだから。

秘書を彼女の迎えに行かせていて本当に良かった。


「そういえば、そろそろ奈緒ちゃんが来るけど、彼女にも隠しておけよ」


「おう、ん、お、奈緒? 奈緒が来るのか?」


「ああ、お前の妹の奈緒ちゃんだよ」


その言葉を待っていたわけではないだろうが、タイミングよく部屋の扉がノックされた。


「先生。統括管理局長をお連れしました」


「ああ、入ってもらえ」


その応えを聞いたかどうかという早さで扉が開く。

うちの秘書を追い越して妙齢の美女が入室してくる。

彼女はソファに座る青年に視線を向けるとすぐさま駆け出した。


「お兄ちゃん!」


「え、おばさん誰?」


そしてそのまま拳を振り抜いた。




──────────────────────────────────────


現代ファンタジーものです。

戦闘シーンで無双ズバーンみたいなのではなく、実社会とか人間関係を描いていければと思います。

また『カクヨムコン10』に応募中です。

期限までに文字数達成するかわからないですが★や♥で応援よろしくお願いします。

反応が良ければ頑張って書く可能性が上がったりなんだりです。


Nikolai Hyland


──────────────────────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る