第4話 救世主

 卒然、鼓膜を揺らす柔らかな声――もう、随分と聞き馴染みのある声。……えっと、どうしてここに? そもそも、どうやって――


「……なんで、ここに……あと、どうやって入ったのかって表情かおだな、逢糸あいと


 すると、僕の思考を読み切り尋ねる眉目秀麗な男の子。そして、


「……さっき、お前の両親おやと会ってな。なんか、随分と派手な格好してたが……大方、パーティーにでも行く途中とこだったんだろ。それで、鍵を貸してもらったんだ」

「……そ、そうなんだ」


 そう、何とも朗らかな笑顔で告げる美少年。まあ、は何となく察せられるけど……うん、ほんとすごいね瀬那せなくん。



 そんな、感心のような畏怖のような感情もの胸中なかを巡っていた最中さなか――



「……な、何よいきなり! つーか、あんた誰よ!」


 ややあって、大いに慌てた様子で叫ぶ晴香はるかさん。まあ、それはそうだろう。よもや、このタイミングに誰か来るなんて想定外だろうし。


 すると、叫びを受けた美少年――瀬那くんは、日だまりの如く柔らかな笑顔で告げた。



「――ああ、悪い、自己紹介が遅れたな。俺は朝川あさかわ瀬那――今、そこでポカンとしてる男の恋人だよ、晴香さん?」




「……こい、びと……?」


 瀬那くんの自己紹介に、唖然とした表情で呟く晴香さん。……うん、僕もびっくりです。いつの間に、そんな申し訳ない設定が――


「……っ、わ、私は何もしてない! こいつがあたしを一方的に襲って……だから、あたしは被害者なのよ!」

「…………えっ?」


 すると、弾かれたように叫ぶ晴香さん。そして、そんな彼女の言葉を受け――


「……そっか、そりゃ怖かったよな」

「……っ、そ、そうよ! 全く、危ないとこだったわよほんと!」


 そう、淡く微笑み告げる瀬那くん。そして、甚く安堵したような笑顔で応じる晴香さん。……まあ、そうだよね。この状況なら、普通そう見え――



 ――――ゴオォンッ!


「…………へっ?」


 卒然、視界が真っ白になる。……いや、視界というか、頭が。だって……この目でしかと見たにも関わらず、自身の認識が信じられなかったから。だって――


「――ええええええええええええぇ!!」



 なんと――瀬那くん渾身の拳が、晴香さんの頬を思いっ切り捉えていたから。



 暫し呆気に取られていると、暫し倒れていた晴香さんが徐に起き上がる。そして――


「――きゅ、急に何すんのよ! マジで意味分か――」

「……被害者、ねぇ」


 激昂するも、遮る形で呟く瀬那くん。それから、言葉を続けて――


「――なわけねえだろ。こっちは全部聞いてたんだよ。さっき、あんたが言ってた発言ことここで全部復唱してやろうか?」

「……っ!? ……で、でもだからって女に手を上げるとか最低!! 今すぐ通報してやるから覚悟しなさいよ!!」

「ははっ、最低か。そりゃ最高の響きだ。ああ、通報しろよ。少なくとも、俺に対してはあんたは被害者――当然、その権利はあるからな。だから、そうだな――だったら、警察さつが来る前にその綺麗なお顔が見れねえくらいボッコボコにしてやるよ」

「……っ!? ひっ、ひいぃ!!」


 すると、慌てて下着とスカートを穿き真っ青な顔で部屋を後にする晴香さん。……まあ、それも尤もだろう。その言葉が嘘とは思えないほどに、瀬那くんが見たこともないほど怖い表情かおをしていたから。そして、未だ状況に理解が追いつかない僕は、一人ポカンとしたままで。



 ……いや、ポカンとしてる場合じゃない。何はさておき、今すべきは――


「……あの、ありが――」

「……服」

「……へっ?」

「……まあ、とりあえず穿けよ、下。外、出てるから」

「……あっ、ごめん!」


 感謝を告げようとするも、僕の言葉を遮る形でそう口にする瀬那くん。……うん、今更ながら……ほんと、顔から火が出そう。……だけども、


「……あの、瀬那くん。その、外には出なくて良いから……その、後ろだけ向いて頂けると……」

「……そっか、分かった」


 扉の方へと向かっていく瀬那くんに、たどたどしくもそう伝える僕。そして、さっと下着、そしてズボンを上げもう良いよと伝える。すると、ゆっくりと振り向きこちらへ近づいてくる瀬那くん。そして――


「……悪いな、遅くなって。大丈夫か?」

「……あ」


 ついさっきとは打って変わって、穏やかな微笑で尋ねる瀬那くん。僕の良く知る、あの優しい微笑で。そんな彼に対し、僕は――



「……うっ、ゔっ、ゔあああああああああああああああああああぁ!!!!」


 堰を切ったように、みっともなく瀬那くんへと縋り付く僕。ありがとう……そう言いたいのに、言わなきゃ駄目なのに……どうしても、今は言葉にならなくて。それでも……そんな情けない僕に何も言わず、ただ優しく包んでくれていた。








 




 

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