第2話 ……うん、これで良い。

「――いやー、昨日めっちゃ面白い漫画に巡り合ってな。近いうちにお前に貸すから、是非読んで――」

「……ねえ、瀬那せなくん」

「ん、どうした逢糸あいと



 翌日、放課後にて。

 帰り道、いつもの人懐っこい笑顔で話す瀬那くんの言葉を遮る形で彼の名を呼ぶ。すると、少し首を傾げて尋ねる瀬那くん。そんな彼に、僕はおずおずと口を開いて――



「……ねえ、瀬那くん。もう、僕には構わないで?」





「……急に、どうしたんだよ逢糸。いったい、俺が何をし――」

「……俺が何をしたんだ、そう言いたいの? 胸に手を当てて考えてみてよ。こう、毎日毎日放課後付きまとわれて……こっちが、迷惑してるの分からないの?」


 随分と唐突な僕の言葉に、呆然とする瀬那くん。……まあ、そうなるよね。だけど、僕としてはさほど唐突なわけでもなく、いつかは言わなければならないとずっと思っていて。


 ……うん、これで良い。僕に……僕みたいな穢れた人間にこれ以外構っていたら、大切な彼の人生が無駄になる。……まあ、これまでの分はもう諦めて頂くしかないけど、せめてこれからの分は――


「……なあ、逢糸。俺は、きっとまだお前のことを何も知らない」


「……へっ?」


 すると、そんな思考の最中さなか、不意に届いた柔らかな声。顔を上げると、そこには声音こえに違わぬ柔らかな微笑を浮かべる瀬那くんの姿が。そして――



「――でもな、逢糸。これだけは、どうか覚えておいてくれ。例え、何を知っても――俺は、絶対にお前を嫌いになったりしないし、絶対に離れたりしない」





「――今日もよろしくね、逢糸く……ん? どうしたのかな?」


 それから、数日経て。

 いつもの如く朗らかにそう告げるも、不意にその言葉が止まる。まあ、それもそのはず……僕が、何か言いたげに彼女をじっと見ているから。……うん、正直怖い。怖いけど……それでも――



「……あの、晴香はるかさん。本当に申し訳ありませんが……もう、終わりにしたいんです。僕らの、この歪な関係を」



 たどたどしい口調ながらも、どうにか最後まで伝え終える。とは言え、いくぶん漠然とした言い回しになってしまったけど……それでも、当事者であるからして伝わらないはずもないだろう。


 僕の家庭教師――と言うのは、あくまで建前。主に、彼女のご家族に対する建前で。実際は――晴香さんと僕の両親との間で交わされた、僕という商品を媒体とする契約で。



『――そうだ、逢糸。明日から、お前に家庭教師の人が来るから』

『先方をガッカリさせないよう、しっかり頑張るのよ』


『…………へっ?』



 最初は三年前――中学二年生の頃。そう、両親から言われ驚いた。と言うのも、我ら高崎たかさき家はお世辞にも裕福とは言えな……いや、はっきり言ってしまえば貧乏――いったい、いつの間にそんな資金を備えていたのかと。


 それでも、その時はひとまず納得した。貧しいながらも、僕のためにそういう資金を備えてくれていたのだと。そんな愛情深い両親に申し訳なく、そして有り難く思った。


 ――そして、翌日のこと。


『――あれ、何してるの逢糸くん。早く服脱ぎなよ。あっ、それとも脱がしてほしいタイプ?』


『…………へっ?』


 両親の期待に応えるべく、勇んで勉強道具を用意したのも束の間、思いも寄らない晴香さんの言葉に唖然とする僕。…………えっ、脱ぐ? いったい、何のこと?


 だけど、そんな僕の疑問を他所に次々と自身の服を脱いでいく晴香さん。未だ唖然……そして、恐怖に震える僕の服も次第に脱がされ、そして――



 ――その後のことは、もうほとんど覚えていない。




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