2/お姉さんと別れるなら黄昏時の公園で


 お姉さんからの宿題を、持参した持ち帰り用の袋にしまう。壊れたガラクタであろうと、彼女から渡されるものは一つ残らず粗末にできない。

 ……しかし、それにしても。


「よくもまあ、こんなに昔のおもちゃ、それも半分壊れるくらい使い込まれたジャンク品をたくさん持ってますね。行きつけの穴場でもあるんですか?」

「ふふふ。私はなにしろ顔が広いから、入手のツテが無数にあるのさ。いや、この唐櫃は実は四次元に繋がっていていくらでも道具が湧き出してくるのだー、と言ったほうが浪漫だね。お姉さん改めオネえもんと呼ぶがよい」

「それは却下で。というかおこがましいですよ、未来の道具を貸してくれる最高の友人と、過去のジャンク品を押し付けてくる不審者を一緒にするのは。F先生に謝ってください」

「たはー。まいったな、それにはちょっと反論できない。ごめんなさいF先生」


 手を合わせ頭を下げるお姉さん。……あー、結局はぐらかされたな、これは。

 お姉さんが毎どうやって道具を調達するのか……その謎の解明を密かに目論んでいるのだが、毎回うまい具合にかわされてしまう。案外、こっちの考えなんてとうにお見通しで弄ばれているのかもしれない。


 ——一発くらいしとこうか。

 反撃。


「やれやれ。あんまりつれないと、しまいにはこっちも愛想が尽きて、飽きちゃうかもなあ」


 こんなふうに、ひとつハッタリをかましてみる。

 さてその結果は……


「むふ」


 おかしい。ダメージを食らってないどころか、その生き生きとした表情はなんでしょうか、お姉さん。


「おっと、失笑失敬。でもね、これは君の隙だぜ少年。言うに事欠いて、むふ、むふふふ、とんでもないことを言い出すのだもの。説得力ありゃしない。そうだろう?」


 お姉さんが、肩を寄せてくる。

 互いの体温を行き交わせながら、彼女はそっと手を伸ばし……僕の顎を、掴んできた。


 正確には。

 お姉さんは、僕のを、感触を楽しむように指先で撫ぜた。


「あの日、ちびっちゃかった幼子がこんなになるくらい、長いながーいお付き合いをしてきたくせに。むしろ、飽きれるものなら飽きてみたまえよ、少年」


 ——ああもう。なんですか、その声、その表情。

 確信に……信頼に満ちた、得意げな様子は。


 これだから、お姉さんには敵わない。いくつになっても、もじゃもじゃ髭の生えるいい歳の相手であっても、この人の前に立つものは、永遠に年下の少年だ。

 きっとそれは、彼女がずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと——どれだけ時間を重ねても変わらぬ姿であり続けるのと、同じように。


 くすんだ赤錆色の髪が、紅から藍へと移り始めた陽を吸い込み、絵にも描けない色となる。

 ……あんまりに綺麗で、この世のものではなくて、眩暈がした。

 お姉さんは、夕暮と夜闇のはざまにいる瞬間が、いちばん美しい。いつまでも、そのそばにいたくなる。


 こちらへ連れて帰りたい。眩い昼の方へ。

 あちらへ連れて帰ってほしい。底知れぬ闇の中へ。

 鎌首をもたげた衝動を、僕は……


「さて。じゃあ、そろそろ帰ります」


 ……今回もまた、強引にねじ伏せた。


「えぇー。もうちょっとのんびりしていけばいいのに。君も大概忙しいなあ」

「昔とは違いますから。それに、暗くなって、帰り道がわからなくなると大変なんで」


 僕とお姉さんは、黄昏に出会い、黄昏に別れる。

 これが、決して破ってはならない、一度として違えてはならない、また会うための約束だ。


 最後。

 公園の入り口から、振り返る。

 お姉さんは、ベンチに座ったまま、手を振っている。


 寂れた公園の、錆びたベンチで、朱と藍の混じった陽を受けたその人は、まるで、形を持った黄昏そのもののようで。


 僕は、そこにいるものを人にしたくて、言葉を投げた。


「さようなら、お姉さん。また、黄昏で」

「ああ。さよなら、少年。また、黄昏で」


 前を向いて、もう振り返らない。

 ただ、考える。今、彼女が「また」と言ってくれたことだけを頼りに。

 それが、現実には存在し得ない、脳髄と云う匣の中の妄想ハルシネーションだとしても、思う。



 いつまで、なんてことはない。 

 “お姉さん”はきっと、いつまでもずっと、“少年”を待っている。




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