第12話

  ◆


 前回の商いの出来の悪さのせいで、今回は路銀も心許ない。

 お金はないのだが、タシムはズボンのポケットを探って出てきたものを掌に広げてにんまり笑う。

 インファが空いた時間を見つけて作ったという木製の髪飾りは、木の実を咥えたシジュウカラがあしらわれていた。

 男のタシムから見ても愛らしさに思わず頬が緩んでしまう位だから、女の子なんかは結構気に入るのではないかという気がした。


「これは?」

「ばあや達に教えてもらって作ったの。昔は自分たちで髪飾りとかペンダントとか、作ってたんだって」

 出発の直前、インファがもじもじしながら差し出してきた髪飾りを、タシムは角度を変えながら手に取ってまじまじと眺める。

「へーえ、もしかしてこれ、インファが?」

「うん……大きさばらばらだし、まだまだ下手だから自信ないけど……前にタシム、シャーンの街の市場には、装飾品を売る店もあるって言ってたの聞いたから、試しに持ち込んでみたらどうかな……って」

 タシムもそんな事を言ったのを、インファに言われてから思い出す。けれどもシャーンの市場の装飾品の露店は、いつも通う穀物類を扱う一角とは離れた位置にあり、これまで真面目に見ていなかった。

 なんとか装飾品の露店に並んでいたものを思い浮かべてみる。

 そもそも庶民向けでもあるし、手間暇かかった逸品というのはほとんどなかったような記憶がある。その上で髪飾りを見てみると、贔屓目抜きにしても出来はかなり良いんじゃないかと思えた。

 タシムは必ず持ち込んで売ってくると約束して、インファにありがとうと言った。


 ただ、道中思い返してみる。昼間忙しく立ち働くインファの生活を思うと、髪飾りを作る時間は夜しかないはずだった。

 暖炉や竈の明かりくらいしかない夜では、あまり目元が明るい環境ではないはずだ。

 実際タシムの母親も繕い物や内職作業を夜ずっとやっていたせいか、すっかり目が悪くなっている。

 頑張り屋のインファも同じ轍を踏みそうなのが心配だった。

 しかしその生活の質を上げてゆとりを持たせる責任をタシムが背負っていることに気が付くと、結局は自分のせいだと思ってしまい、手綱を握る手も重くなってしまった。

「落ち込んでいる場合じゃない……僕が何とかしないと……」

 募る焦りと空回る思い。

 地に足のつかない状態で市場に乗り込めば、たちまち足元を見られて買い叩かれるのは長い経験で知っていた。

 タシムは虚勢もハッタリも通じたためしがないので、せめて自分の村の産品を堂々と誇りをもって交渉に臨むしかできなかった。

 それすらも出来ないとなれば、タシムもリュージュ村も明日はない。明日はないのに、タシムはひたすらに怖気づいていた――――


 シャーンの街についたタシムは、お金がない時にお世話になる教会に馬車を停めると、顔見知りの司祭の所に顔を出す。

「こんにちは司祭様。申し訳ないですが……」

「やあタシム君、久しぶりだね。いいよ、聖堂はどうせ夜誰も来ないし」

 ロッシ司祭はそう言うと小聖堂のカギを渡す。その際村の産物の一部を喜捨と称して渡すのも恒例になっていた。

「あの、これ少ないですが……」

「ああ、いつもありがとう。リュージュ村のライ麦はしっかり者たちだから実に腹持ちがいいんだよな」

 にこやかに答えるロッシ司祭は屈託がない。

 まともに育つ場所を探すのにも苦労するリュージュ村では、肥料があまりかからず寒さにも強い大麦やライ麦くらいしか作れない。そんな瘦せた土地でできる作物の評判が市場で良い訳はなく、そんなものを『しっかり者』と表現してくれるロッシ司祭に、タシムは少しこみ上げるものがある。

 ただ、この人の良い司祭には家事能力ゼロという非常に残念な欠点がある。

 どれくらいかと言うと、ものぐさが極まってもみ殻のついた麦をそのまま食べる事もあるくらいだ。

 タシムは本を読みながら手づかみでもみ殻を食べていたロッシ司祭を目撃して以来、宿にさせてもらう時は竈を借りて食事の世話をしている。

 無料で寝泊まりできる場所を借りている恩返しの意味合いもあるが、気兼ねなく煮炊きできる設備を借りられるのも、単純にありがたいものだ――――


 鹿の燻製と大麦の実を煮込んでスープを作ると、匂いに釣られてやってきたロッシ神父の手にあるピケットを二人で飲みながらの夕食になった。

「どうだい春の収穫は?」

「まあ、いつも通りですね畑は。鹿が結構降りてきましたが、おかげで干し肉がたくさん作れましたよ」

「うん、確かにいいスープだ。沢山入っているのはそれだけで嬉しくなるものだ」

 すすめられるままタシムもピケットをもらい、鍋が空になる頃には結構体も温まっていた。

 お腹が満たされ程よい酔いがまわると、誰しも饒舌になるものだ。

 タシムもロッシ司祭もその例外ではなく、子供時代の悪戯話から人生論まで、話題はあちこちに飛びながらも話は途切れる事は無い。

 ロッシ司祭が赴任してきてから八年、気さくで大らかなロッシ司祭と誠実で裏表もないタシムは馬が合い、互いの立場を忘れて気兼ねなく話せる関係を築いていた。


「タシム君、君は素直で心根優しい気持ちの良い人だ。……できれば金に塗れた市場の連中に染まって欲しくはないんだけどな……」

 酔いが回って来たのか、ロッシ司祭は普段なら口にしないような事をタシムに話し始めた。

「でも、誰かがやらないと、うちみたいな村は立ち行かないから……上手くいかないのは歯がゆいけど、他の人にこんな思いはしてほしくはないんです。村のみんな、いい人ばかりだから……」

「誰かの犠牲の上に誰かの幸福が成り立つ……教会はそれを許容できないが、でも現実として世の中そんな話ばかりでは……ある」

 こんなことを知りたいがために教会の門は潜らなかったんだがと、ロッシ司祭は自嘲気味に笑う。

「うまくいかないことなんて、いくらでもあるじゃないですか」

「理解はできるが、納得いかない事ばかりだよ。ボロをまとった老婆のなけなしの喜捨を、王都からたまたまやって来た教区長がゴミを見る目でぞんざいに扱う。そんな光景を目にすると、神はどこにいて信仰はどこにあるのか、本当に考えさせられてしまう」

 理不尽や矛盾は世の中に満ちていて、それを正そうと声を上げても、出る杭となって打ち砕かれてしまう。

 けれど二人は諦観も抱けず忘れる事も出来ず、不正や不義を自己の保身で見逃すたび、後悔と焦燥が心を焦がす。

「僕が六歳の頃、一緒に遊んでいた子供は十人以上いました。生まれた頃はその倍いたって聞いています。でも今、村にいる同年代は僕を含めて四人だけ。村を飛び出して帰ってこないなんて奴は一人もいないのに、です」

 そこでピケットをあおり、口の中でざらつくブドウの滓を飲み込む。

「村では風邪を引いただけでも冬が越せない事もあるし、鏃が掠った傷のせいで死んだ奴もいました。僕は、村の小さい子供たちに同じ思いをしてほしくないんです。でも、僕がちゃんと稼いで帰らないと、あの子たちもきっと僕と同じで、友達の親の寂しそうな背中ばかりを見る事になる」

 続けてだから僕は、自分はどうなっても結果出さなきゃいけないんですと弱々しく呟くタシムに、ロッシ司祭は乱暴にピケットを注いだコップを捧げる。

「いや、それは違うよタシム君。君のせいじゃない……君のせいじゃないんだ!そうであってたまるか!真摯に人のために祈りを捧げる者に天恵の門は開かれるべきで、そのために教会の入り口は門扉を持たない。誰しもこの原初の教会の立ち位置に戻るべきなんだ」

 気勢を上げるロッシ司祭を、優し気な笑みを浮かべてタシムが見遣る。

「ロッシ司祭、好きですよね天恵の門の話」

「そりゃあ親父が目の前で見た本物の奇跡だ。気にならない訳がない」

「塩の聖人、ローラン・ユイマースですか」

「信仰とは、祈りとはかくあるべきだという人だよ。私が教会の扉を叩いたのは、まさにあの人が通った道だからだ」

「ローランさんも、熱心な後継者がいて、鼻が高いでしょうね」

「ハハハ、今現在酔っぱらって無様を晒している不甲斐ない後継者とやらは、聖人が夢枕に立って叱咤しそうな気がするが」

 それからまたとりとめもない話が続いたが、ピケットの入った壺が空になったのを潮に、ロッシ司祭は司祭館に戻り、タシムは小聖堂に持ち込んだ麦藁に包まれて眠りに落ちた――――


 翌朝日が昇る前にタシムは麦藁から這い出ると、祭壇前で感謝の祈りを念入りに捧げ、手早く麦藁を片付けて小聖堂から聖堂へ箒を掃き進める。

 これも寝場所を借りたお礼としていつもやっている事だ。

 この教会、生活能力が壊滅している司祭を信徒が案じて、タシムの様な人々がこうして差し入れや清掃をしたり、時には補修や遠出の資金の用立てまでやっている。

 司祭としては少々軽薄な印象を持たれやすいロッシ司祭は、気さくで誰の話もきちんと聞いて答えるので、信者からの受けは非常に良かった。


 中の掃除を終えて聖堂の外に出るころには、東の空がうっすらと白みがかっていた。

 前庭に箒の櫛目が付くのを眺めながら手を動かし、片隅に集めた小さなごみの山を見て満足すると、タシムはぐっと腰を伸ばす。

 そしてふと昨日の夜のロッシ司祭との話でも出てきた門扉に目を向けた時、一瞬タシムはその場で固まる。

 入口に佇立する一対の門柱、その門柱の間にぶうんと音を出しながら、水色の光る幕のようなものが出現していた。

 その幕には時折意味不明の言葉のようなものが流れ、目で追うタシムをあざ笑うかのように、文字はすっと消えていく。


 ロッシ司祭に何かを言う前に、ふらふらとタシムは幕に吸い寄せられた。

 不思議と恐怖や不安を感じる事もなく、ぼんやり光る水色の幕と相対する。

『ちょっと……通り抜けてみようか?』

 と、普段なら思いつきもしない悪戯心が出てくる。不安がないかと言えば当然あるのだが、何故かこれは触れても大丈夫という確信だけがあった。

 それが一体何なのか、タシムは考えもしなかった。好奇心の赴くまま、幕を超えて道路に出ようと門扉の幕を通過する。


 さて、どうなったかと振り返ったタシムの目の前には…………


 いつも通り、門扉の無い門柱が一対、変わらぬ佇まいでそこにはあった――――

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