智と心咲
@mynameisai
雪の降る夜、二人きりの時間を過ごす
冬の夜、街は静まり返っていた。雪がしんしんと降り積もり、明かりのない通りに足音すら響かない。智と心咲は、薄暗いカフェの一角で向かい合って座っていた。
智はいつものように自信満々で、軽快な声で話し始める。「見てくれ、このトラベルジャーナル、完璧に整ってるだろ?」彼は革の表紙が擦り切れるほど何度も開いてきたジャーナルを胸元から取り出し、自慢気に見せる。中には旅先で見た風景や感じたことが詳細に記されていたが、心咲は少しだけため息をつく。
「あなたはいつも、何かを記録して、何かを残して、ということに夢中ね。」心咲の声は静かで落ち着いていたが、その目はどこか遠くを見つめているようだった。
智はその言葉に反応せず、むしろ笑顔を浮かべながら続ける。「記録することで、過去を越えて未来に繋がる。俺はいつだって、挑戦して新しい世界を作るんだ。」
その言葉に心咲は少し眉をひそめる。彼女は決して過去を引きずるタイプではないが、今の智の言葉にはどこか虚しさが感じられる。しかし、彼女はそれを口に出すことはなかった。
「でも、あなたは自分を犠牲にしすぎてる。」心咲は一歩踏み込んだ言葉を選ぶ。「他の人のために、自分を押し殺しているみたい。」
智は一瞬、言葉を失った。彼の目が揺れたが、すぐに普段通りの自信に満ちた顔に戻った。「そんなことないさ。ただ、他の人を助けることが楽しいんだ。」
心咲は深く息を吸い、微笑みを浮かべながらも、その微笑みの奥に少しの痛みを隠していた。「あなたは、もっと自分を大事にすべきだと思う。それに、他の人を助けるためには、自分自身が幸せでなきゃ意味がない。」
その言葉が静かにカフェの中に響いた。智はしばらく黙っていたが、やがて彼の視線が少し落ち着きを見せる。確かに、心咲の言うことには一理ある。だが、彼は自分の生き方に疑問を持つことはなかった。そうして、彼の口から出た言葉はやや照れくさそうだった。「心咲は、いつも冷静で、強いな。」
心咲は笑った。「あなたが強いから、私が冷静でいられるんだよ。」
外の雪はさらに降り積もり、窓ガラスには美しい模様が浮かび上がる。二人はしばらく無言でその模様を眺めていた。何も言わなくても、心の中で通じ合っていることが感じられた。
「でも、智。あなたが記録し続けることには意味がある。でも、その意味をちゃんと自分で感じ取れるようになったとき、きっともっと自分らしく生きられるんじゃないかな。」心咲はゆっくりと語りかけた。
智は再びジャーナルを手に取る。その革の表紙は、彼の手のひらに馴染んでいた。「それが、俺の方法なんだ。でも、心咲の言う通り、俺ももっと自分を大事にしないといけないのかもしれないな。」少し照れたように、彼はうつむきながら笑った。
その時、カフェの外から誰かが声をかけてきた。店のドアが開き、冷たい風が入り込む。智と心咲はお互いに視線を交わし、次にどんな言葉を交わすのか、まだわからないまま、しばしその沈黙の時間を楽しんでいた。
智と心咲 @mynameisai
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