堀井邸

 堀井邸は病院から緩やかな坂を上った先にある。

 重厚な門扉をくぐると立派な日本家屋が現れる。

 門扉をくぐってすぐに居た使用人に声をかけて啓造氏がご在宅かを問うた。


「お久しぶりでございます。カミノマ様。ええ、旦那様は在宅中でございます」


「それは良かった。粟木さんのことでお話がしたいのです」


「作用でございますか。では、客間にご案内いたします。そこでしばしお待ちください」


 使用人は母屋の客間に俺を案内するとそそくさと客間から出て行った。

 客間から見える見事な庭園は管理が行き届いて美しい。今までも売り先で庭園を鑑賞することはあったが堀井氏の庭園を超えるものを未だ見たことがない。

 庭を眺めていると足音が聞こえてきた。襖があいて威厳ある強張った顔、身長は俺より一回り低い老人が現れた。


「よく戻ってきてくれたな。カミノマ」


「どうも。御変わりないようで何よりです」


「これでも体にゃガタが来てるもんだ。齢かね」


 堀井氏は俺の向かいに胡坐をかいて座ると、一息ついて静かに話し始めた。


「病院で粟木の足は見たか?」


「はい。あの足は一体どうしたのです?」


「実はな……」


 堀井氏は事の経緯を話し始めた。

 粟木という男は堀井家の運営している複数の銅山のうち、硯地方の東にある銅山で重役として働いていたそうだ。粟木の足に異常が現れたのは今年の冬のころだった。足の痺れ、体温の上昇という症状がみられたのだという。

 しかし、高熱というわけでもなかったし足の痺れも日に日にひどくはなっていたが働けないわけではなかったということから病院にもいかず放っておいたらしい。

 急変したのは初夏になったころ、足は腫れあがり、気味の悪い茶褐色へと変色し、皮膚が硬化していった。見たこともない症状に笹ヶ谷銅山近くの医療機関では処置ができないため、すぐさま最新医療設備のある畑病院へと入院という運びとなったそうだ。

 しかし、この病の発病原因が全く分からなかった。

 一つわかったのは粟木氏以外に同じ病を患った銅山従業員がいないことから銅山の生活環境や、労働環境によるものではないということであった。

 話を聞く限り、俺が戻ってきたところでどうすることもできない問題ではないかと感じた。俺には医療知識も薬学知識もないのだ。


「さて、では君を呼び戻した理由だが、カミノマ。君は[黒鉄の丸薬]を知っているかな?」


「[黒鉄の丸薬]。万病を治す天然の薬でしたか。しかし、あれは……」


「文献も少なければ見つけたという情報も数えるほどしかない。しかし、これ以外に頼れるものはないのだ。今の医療技術では足切断以外にない。珍品をいくつも探し当ててきたお前にならこれを見つけられると思っている。頼めないか?見つけてくれればいくらでも金を出そう」


 いくら何でも無茶な依頼であり、見つかる当てなどない。しかし、堀井氏には多くの珍品を買ってもらっている大手の取引先だ。ここで機嫌を損ねてしまえば取引終了となってしまうかもしれない。ここではいい返事をするほかない。


「……わかりました。お任せください」


「うむ。では頼んだぞカミノマ」


 堀井氏は笑顔を浮かべて客間から退出された。

 俺も後を追うように客間を出て、土間にて靴を履いて豪邸を後にした。

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