兄ウケ最強の義妹に沼る前に僕を堕としてください。

雪屋敷はじめ

1話 兄LOVEな妹はステージの上から

「お兄さまぁー! 見てるぅー?」


 平日の夜。自宅のリビングにて。


 テレビで音楽番組を見ていると、ステージ上で歌を披露していたアイドルグループのとあるメンバーが、間奏に入ったあたりで、キュートな笑顔を振りまきながらそう言った。


 すると、それに合いの手を入れるように、「見てるぅぅぅぅぅぅ!!!!!」と野太い声が響きわたる。


 会場の観客席に押しかけたファンの男たちの叫びだ。


 観客席だけではない。


 今頃、テレビにかじりつく全国のオタクたちが一斉に咆哮ほうこうをあげていることだろう。


「地獄絵図かな」


 そんな言葉が僕の口からポロリとこぼれ落ちた。


 悪いね。ファン諸兄しょけい


 そのお兄さまっていうのは君たちのことではなく――。


 


 比喩でもなんでもない。


 リアルに“兄である僕”に向かって呼びかけているんだ。アイドルである義理の妹が。


 目の前に置かれた50インチの液晶画面は、その高精細さゆえ、一時的にズームアップされた彼女の姿を細部まで色鮮やかに映し出す。


 ふわっと内巻きで少し甘さが漂うロングヘア。アーモンド形のクリッとした目。歪みのないまっすぐなラインを描く鼻。リップグロスの乗りがいい唇。


 メイクに過剰さはなく、ピュアさを求めるファン心理に応えるかのように、肌の質感をナチュラルに向上させていた。


 上下にしなやかに伸びる体を、制服モチーフのセーラー風ワンピースが包み込む。


 パッと見、お嬢様みあふれる美少女。


 結成当初から注目を集め、今やテレビで見かける機会も増えてきた清楚系アイドルグループ『恋色の青春♯きゅーてぃくるナイン』


 9人いるメンバーの中で有数の人気を誇るのが僕の妹、『御伽おとぎみらい』だ。


 本名、百瀬ももせ彩葉いろは。僕の一つ下。都内の中高一貫校に通う高校一年生。


 一緒にテレビを観ていた父さんが言う。


「いやぁ〜、頑張ってるね、彩葉ちゃん。急にアイドルなりたいって言いだした時はひっくりしたけど、こうして難関オーディションをくぐり抜けて、晴れ舞台でキラキラしての見ると、もう応援するしかないって気持ちになるよ」


 それに母さんが相槌あいづちを打つ。


「そうねぇ……。私も初めは反対だったけど、学校の成績はちゃんと維持してるし、活動も順調で本人も楽しそうだし、このまま陰ながら見守ってあげるのが一番かなーって」


 その後、母さんが吹き出す。


「ふふっ。それにしても、なに、あの『お兄さま見てるー?』って。たしか毎回言ってるんだよね? それにファンが『見てるー!』って大声で返すのがお決まりになってるとかネットニュースで見たけど」


「うん。ファンは自分たちをお兄さまって呼んでくれてるんだ! って大喜びらしいね。どの時代もアイドルはリップサービスで大変だよ」


「もうホント、おかしっ!」


 しばらく2人で笑いあったあと、演奏中の楽曲に合わせて鼻歌を歌い始めた。


 父さんと母さんは知るよしもない。


 アレがファンなどではなく僕への呼びかけだということも、アイドルデビューがそもそも僕の気を引く為だということも。


 僕の妹はいわゆるブラコン。兄のことが好き。兄LOVE。


 それをこじらせた結果――。


 僕が清楚系アイドルを愛してやまないのをいいことに、自分もそれになればガチめに僕の気を引けると考えた。


 そんなおりに、とある大手芸能事務所が、清楚系を売りにしたアイドルユニットの構想を発表。


 彩葉は両親を説得してそのオーディションに参加し、そして見事に合格を勝ちとってしまう。


 そんな行動力と容姿に富んだ妹が『お兄さまー? 大好きな清楚系アイドルですよー? どうですかー?』と画面の向こうからアピールしてくる。


 それを自分たちに向けたものだと盛大に(ある意味まっとうに)勘違いしたファンが目をハートにしてフィーバーする。


「うん。まさに地獄絵図だ」

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