第8話 知らぬは本人ばかり


 夜通し行われたゲーム大会の疲れを取り、さらに翌日。

 俺達は新しい体制で探索を始める。


「居たぞ。角ウサギだ」


 川辺の視線を追うと、遠くで確かにそれらしいものが草陰に隠れて休んでいる。


「周りに他の探索者は?」

「居ない。横取りの心配はなし」

「よしっ。なら予定通りにいくか?」


 俺は頷き、懐に忍ばせていた袋を取り出す。その中に入れておいたティッシュペーパーと輪ゴムで包んだ塊を一つ手に取り、静かに角ウサギに近づいていく。


 その姿がはっきりと見える所まで近づいた時、角ウサギが俺達に気づいた。そして明らかに顔つきが変わり、身震いをして体をこちらに向ける。


「――フッ!!」


 ここしかない。そう感じた俺は、手に持った包みを角ウサギの足元を狙って投げつける。それは狙い通りの場所に当たり、ティッシュが破れて中の粉が散乱した。


「――ブッ?! ブシュッ! ブシッ! ――? ブブブッ!」


 角ウサギはくしゃみをし、戸惑った様子を見せる。しかし何も異変が起きないことで逆に怒りが湧いたのか、そのままこちらに向かってきた。


 だが、その動きは鈍い。いつもであれば巨体でありながらついていくことが難しい速度だが、今は俺でも対応できる速度に落ちている。


「おそっ――よっ! らぁ!」


<戦士>になった川辺からすれば、より遅く感じる速さなのだろう。川辺は大楯で受け止めるのではなく、当たる瞬間に合わせて角ウサギを逆にブチかました。


 カウンター気味に当てられた角ウサギは逆に倒され、慌てて立ち上がろうとする。が、その動きさえも鈍い。


 角ウサギが整える前に、川辺のメイスが頭部を一撃。まともに食らい動きを止めたところを、更に追撃。


 伊波の出番すら必要ない。これまでにないほどあっさりと、川辺は一人だけで角ウサギを仕留めきった。


「おおっ。すげぇ。簡単に倒せた」

「一応【魔術】の準備はしていたけど、まったく必要なかったな。マジックアイテムを使うだけでこうも簡単に狩れるのか」

「だな。俺もまさかここまでとは……」


 驚いたように俺を見てくる二人に、俺も似たような顔でそう返す。いや、自分でやっておいてなんだが、ここまで効果があるとは思ってなかったんだ。


 俺が使った物の正体。それは〈鈍化薬〉。〈痺れ草〉などこの草原で取れる毒草でも作れる状態異常系のアイテムだ。


 効果はそのままで、相手の動きを鈍らせる効果がある。俺も【錬金術】で頭に思い浮かんだレシピを見るまで、その存在すら知らなかったマイナーなアイテムだ。


 思いもよらなかった結果に、伊波が唸る。


「これだけ使えるアイテムが、なぜあまり知られてないんだ?」

「いや、このアイテムなんだけどさ。強い魔物相手にはあまり効かないらしいんだよ。この階層の魔物くらいなら効くけどな。で、今使った分だけでも店売りで一万くらいはする」

「……ほとんど赤字になるのか」


 そう、川辺の言う通り。


 角ウサギの皮と肉を売ったとして、たぶん二万円前後。そこから〈鈍化薬〉の値段を引いて一万円。で、それを俺達みたいに三人割したら、一人の利益は約三千円。人数を増やせばもっと低い。


 しかもこれ、綺麗に素材が手に入ればの話だからな。多く傷をつけて倒したり、解体が下手だったりすると、さらに買い取り額は下がる。


 ちなみに〈鈍化薬〉の性能を上げれば強い魔物にも効くらしいけど、そこまでしてこれが欲しいかと言われるとね。その頃にはこんな物に頼らなくても強くなってるからな。


 使う機会が駆け出しの時期くらいしかないのに、そもそも使ったら赤字になるって分かっているとな……。


「使う訳がないわな」

「うむ。安全にレベル上げを出来るっていう利点は大きいけど、生活が懸かっている訳だしな。楓太が居なければ僕達も使わない。<錬金術師>の強みだな」

「といっても、俺も本当は使いたくないけどなこれ。ちょっと作るのが面倒だったし、効果的かって言われると微妙な使い勝手だし、何より自爆が怖い」


 遊びすぎて時間がなかったとはいえ、結構作るのが手間だったんだよな。


 というのもこれ、本来は液体なんだ。で、フラスコに入れて投げると、割れた瞬間に煙になって敵に吸わせるっていう。ただ、その為にはフラスコを使い捨てなければならないわけで……金がかかる。今はちょっと苦しい。

 

 だから仕方なく粉剤にして、破けやすいティッシュペーパーで包んで輪ゴムで止めるという小細工をしている。即興にしてはよく出来たと自画自賛したもんだが……思ったより粉が散らなかったし、下手したら破けずに不発の可能性もある。なんだったら持ち歩いている途中で破けて、こっちに被害がくる可能性もある。


 欠点が多すぎて、やはり無理して使うもんじゃない。だが、それでも俺は使う事を決めた。あえて俺がアイテムを使う。そこに意味がある。


「んで解体だけど、任せていいんだよな?」

「うん。俺がやるわ。警戒は頼む」


「心得た。近づく者は全て僕が凍らせよう」

「なに大物ぶってんだお前。一人じゃあっさり殺されるくせに」


 二人の漫才を聞きつつ、俺は背負ったバッグを降ろす。

 今まで使っていた物とは違う、ダンジョンに入る前に渋谷支部で購入した超巨大バックパック。これで今までとは比べ物にならない程の運搬ができる。


 そして中に入れておいた大型のクーラーボックスと、解体道具を取り出して準備完了。

 さて、やるか……。


 もくもくと角ウサギの解体を始める。まだ手慣れていないから、手つきが覚束ない。こればかりは経験だから仕方がない。それに、この作業もいずれ一瞬でこなせる可能性がある。


 解体に集中している俺に、警戒をしながら伊波が言った。


「しかし、楓太も思い切ったね。まさか盾すら持たないとは」

「ん、ああ。正直、盾は悩んだけどな。だけど、サポートに特化するならそうすべきだって思たんだよ。お前らの足を引っ張ることになるのは申し訳ないと思うけど」


「いいよ。僕らも話を聞いて納得したことだしね。<アイテム使い>に<運搬屋ポーター>。確かにどちらも手に入ったとしたら、僕らにとっても強力な力になる」


 そう。その二つが俺の探索スタイルを変えた理由。


 今回からの探索で、俺が頼んだことは二つ。


“機会が在ったら、俺が積極的にアイテムを使う”こと。

“戦闘にはあまり加わらず、荷物運びを初めとした雑務に集中する”こと。


 サポートに特化していこうと考えた時、<鑑定士>以外の可能性があるかを考えた。そしてゲーム的な発想でまっさきに浮かんだのが、“アイテム使い”的な、アイテム使用に補正がかかる力。そして“運搬屋ポーター”の存在だ。


 今の所、これに該当するようなジョブやスキルは見つかっていない。しかしサポート役として考えた時、能力のシナジー的にこれしかないと考えた。


“アイテム使い”は言うまでもない。アイテムを作成する<錬金術師>の俺にとって、これ以上の組み合わせはない。


 そして“運搬屋”。数回探索しただけでも、荷運びの重要性はよく分かった。仲間に戦闘に集中してもらうためにも、それの専門家になるべきだと考えた。


<鑑定士>の【人物鑑定】、【魔物鑑定】と同じだ。あるかも分からないが、その可能性に賭けるのであれば半端は駄目だ。


 だからこそ盾も持たないという決断をした。幸いなのは、俺の妄想に近い推測に二人が賛同してくれたことだ。


 真面目な話さ――と。川辺が周囲を見回しながら続けた。


「<錬金術師>に“アイテム使い”って絶対強いだろ。ゲームだったら軸になるレベルっていうか、強力すぎて逆に取り入れられないわ。ぶっ壊れのバランス崩壊確定じゃん。賭けるだけの価値はあるよ。んでなによりさ、運び屋はマジで必要! たった数回の探索で良く分かった!」


「僕もそう思う。よく運搬屋の地位が低い作品とか多いけど、運搬屋をバカにするやつらって本物のバカだろ。重い荷物を持って戦える訳がないだろ、っていう」


「それな! 俺も<戦士>になって力が上がったっぽいけど、荷物を持ちながら戦うとか絶対無理だからな」


 そう、本当にそうなんだよ。荷運び兼戦闘って、もう発想からして舐めてるんだよな。

 命懸けの戦いで、なんでハンデ背負って戦うんだよってな。それぞれが専門職なんだよ。


 だからこそ、大して高くもない角ウサギをこうして解体しているんだ。<運搬屋>を目指すなら荷物を運ぶ必要があるけど、そもそも荷物が無いなら運べないからな。


 我ながら随分と贅沢な話だわ。【錬金術】で金稼ぎが出来ないと考えすらしねぇだろうな。


「アイテムボックスとかインベントリとか、よく考えたらチートすぎるよな」

「分かる。標準装備として持っていい力じゃない。まぁ俺はそのうち取れる予定ですけどね! ――よし出来た。じゃあ行くか」


 実際に取れるとしたら<運搬屋>みたいなジョブか、あとはワンチャンで<魔術師>の伊波か? 取れたら便利なんて話じゃなく、冗談抜きに環境が変わる。マジで取れてほしいわ。


 解体を終え、早速次の獲物を探す。ろくに戦闘をしていないから足取りは軽い。サクサク倒してレベルを上げたいところだが――


「おい、草狼だ」

「おっと、強敵だな。しっかりと準備して――やべっ、バレてる!」

「くるぞ! 楓太急げ! 伊波もだ!」


 見つけたのはいいが、今度は密かに接近とはいかなかった。むしろ向こうの方からこちらを見つけ、先手を取って突っ込んできている。


「うらっ! ――ダメだ、スマン!」

「いい! 任せろ!」


 慌てて<鈍化薬>を投げるがあっさりと避けられ、無駄に粉が散る。


 俺達の間に川辺が塞ぐように立ち、草狼を受け止めた。草狼は攻撃が失敗したからか、一度距離を取って唸り声を上げる。


 思ったよりも慎重な行動だ。だが、その様子見が命取りだ。


「アイスバインド!」


 伊波の氷魔術が草狼を襲う。白い霧のようなものが草狼の周囲を包み、地面ごと草狼を凍らせた。


「オラァ!!」


 川辺は距離を詰めると、動きを止めた草狼の頭部にメイスを振り下ろした。バゴッ、と割れた音が響き、明らかに草狼の意識が飛ぶ。


 まだ生きているとはいえ、あそこから反撃は流石にもう無理だろう。そう考えたのが油断だった。


 ガサッと、小さく草を踏む音が背後から聞こえる。反射的に振り返ってみれば、新たな草狼が伊波に襲い掛かろうとしていた。


 仲間、番か!? 俺達を確実に仕留めるために隠れていた!?


「伊波! 後ろ!」

「えっ? ――うっ、うわあああ?!」


 魔術に集中していた伊波は全く気づいていなかったらしい。杖を横にして構えるが、防げるとは思えない。


 川辺は位置的に間に合わない! 盾無しの俺じゃあ壁にも……でも、やるしか――


「――っざけんなクソ犬!! ぶっ殺すぞ!!」


 川辺の怒りの怒声と共に、その体がカッと赤く光る。鮮やかなその色に一瞬見蕩れていると、草狼は伊波をスルリと避け、そのまま川辺に突撃する。


「ん? え、あれ?」

「おお? えっ、なんで……まぁいい! 来いや!!」


 新たな草狼の突進を川辺は盾で防ぎ、メイスを振り上げるが、先ほどまでふらついていた草狼がその腕に噛み付いた。


「――だぁ?! 痛っ……ッ! んぐぐぐ……ッ!!」

「伊波! 急げ!」

「分かってる! 今やってる!」


 武器を持つ腕を噛まれては、反撃する方法はない。川辺はもう一匹の攻撃に対しても、盾を構えて固まるばかりだった。


 それでもなんとか川辺は耐え切ってくれた。もう駄目かと思ったとき、伊波の【魔術】が完成する。


「アイスダガー!」

「――ギャンッ?!」


 今までのような凍らせて拘束するものではなく、小さな氷柱が宙を浮き狼を襲う。


 川辺に気を取られた一匹の胴体に氷が突き刺さり、地面に倒れる。それを見た川辺はチャンスとばかりに弱った狼を振り払い、倒れた狼にメイスを叩きつけた。


「ぐっ、ぬらぁ! ――テメェもいい加減くたばれ!」


 グシャリと二匹の頭を潰し、きっちりトドメを刺す。

 それを見届けて安心したのか、川辺はドサリと膝をついた。

 その瞬間、カッと体が熱くなるのを感じる。レベルアップだ。だが、それどころじゃない!


「川辺! 大丈夫か?!」

「おっ、おお。大丈夫だ。痛てぇけど死にしないと思う。いや、やっぱり死ぬかもしれん。マジで痛い」

「すぐポーション用意する! どこ噛まれた?!」


 嫌な汗をかき、顔を真っ青にしている川辺の表情を見ると、焦りが出てくる。よくここまで耐えられたものだ。


 見れば、噛まれた腕はもちろん、足からも血が出ている。盾で上手く防いでいるように見えたが、どうやらそれを掻い潜って攻撃を受けていたらしい。


 ポーションは患部に直接かける方法が一番効くのだが、傷口が多いなら飲んで全身を満遍なく治した方がいいらしい。


 この場合は……どっちだ? どっちにすればいいんだ!?


 傷が深ければぶっかける。傷が多いなら飲ます。傷が深ければぶっかける。傷が多いなら飲ます――ッ!!


 ――ビシャアッ!


「……おい」

「い、いや、ごめんっ! マジでわざとじゃないんだ! ただどうしようって焦ったらつい!」


 顔にポーションをぶっかけられた川辺さんはお怒りの様子だった。


 そりゃそうだよ。英雄的な立ち回りだったのにやられたのは侮辱行為だもの。でも本当にわざとじゃないんだよ! だからドスの効いた声で脅すのはやめてくださぃ……!


「お前な、仮にも助けてやったのに……ん? 痛くねえ。おわっ?! 見ろ、傷がどんどん治ってる! 気持ち悪りぃ!」

「本当だ。すげぇなこれ」


 ポーションをかければ傷は確かに塞がるが、一瞬でとはいかない。このように治るまでに多少の時間はかかる。その辺は普通の薬と同じだ。ただ、それらとは比べ物にならないくらい自己治癒力を上げる。明らかに治っていると目視で実感できるほどに。


 ゲーム的に言うと、瞬時に体力ゲージを回復するのではなく、じわじわと継続回復していくということだ。上級のポーションだとまさに一瞬と思えるほど早く傷が治るらしいけどな。


 完全に傷が治ったのを見て、ほっと伊波が息を吐く。


「すまない。僕のせいで川辺が傷つくことになってしまった」

「気にすんなって。そういう役回りだろ?」


「む。しかし……」

「こうなるのは<戦士>になった時から覚悟している。いや、もちろん怪我はしたくないぞ? だからさ、次はこうなる前にお前が敵を倒してくれよ。できるだろ?」


「……そうだな。ありがとう、次はもっと上手くやるよ。ところで川辺。君、さっき変な光を放っていたね?」

「そう、それだ。明らかにあれで草狼がお前に向かっていった。お前、もしかすると覚えたんじゃね?」


「ちょっと待ってろ。――おっ!? 【挑発】のスキルがある! すげぇな俺!?」


 それしかないとは思ったが、やっぱりか!


 戦士系のジョブが習得することが出来る【挑発】スキル。RPGを嗜むものならば説明するまでもないが、敵の注意を自分に集めることで、攻撃を一手に引き受けるタンクという役割。それの必須スキルだ。


 タンクが敵を引き受けコントロールすることで、パーティーの攻撃、防御、回復と全ての行動を潤滑にし、戦況を自在に操ることができるようになる。


 戦術を考える上でタンクの存在は欠かせない。そのタンクをやるならこれが無ければ話にならない。それほどまでに重要なスキルになる。


 その必須スキルである【挑発】を覚えただけで、なぜこんなに川辺が驚いているのか? 実はこの【挑発】。タンクに必要にも関わらず、覚えられない者もいるからだ。


 川辺のように低いレベルで覚えられる奴は相当運が良い。かなりレベルを上げてようやくといった奴も居れば、諦めてアタッカーに集中する奴。とうとう習得出来ずにパーティーの解散になってしまう奴も居る。


 解散まで行ってしまうのは不憫に思うが、タンクになるのを見越して仲間にしたのに、いつまでも覚えられないとなったら揉めるのも仕方ない。タンクという重要性を知っているならなおさらだ。俺でもその立場になったら解散を考えるだろうな。


 だからこそ、低レベルで【挑発】を覚えられた奴はかなり評価が高くなるらしい。しょっちゅう他のパーティーに引き抜きの声がかかり、断るのも一苦労になるとか。


「これはもしかして、俺の時代が来ている?」

「実際、<戦士>としては評価が高くなるよな。居たら便利扱いな生産の俺と違って、探索者としての評価だ。そこはちょっと羨ましい」


「これで立派な肉壁になれるね、おめでとう。その代わり、より死に近い場所に誘われることになるけどね。」

「めでたくねぇよ!? なんで俺がわざわざ危ない場所に行かなきゃならねぇんだよ! お前らと適当にやるくらいで十分だわ!」


 そう、結局そうなるんだよな。だから羨ましいと口にしつつ、本当はそうでもない。


 危険な場所に居る奴ほどタンクの重要性が分かっているから、タンクが出来る<戦士>のスカウトに余念が無い訳だ。そいつらの引き抜きに応えるってことは、より死に近づくってことで、まさに伊波の言う通りなんだよ。


 死なずに適度に刺激的な生活をしたいと思っている俺にとって、【挑発】は絶対欲しくない。逆に【挑発】スキルを習得したり、本気で取得したいって思ってる奴らはスゲェよ。俺だったら絶対に要らない。


 だって【挑発】を使うってことは――


「――あっ」

「えっ、何? どうしたん?」


 思わず漏れた声に、川辺がボケッとした顔で反応する。

 ……こいつを褒めるのもムカつくわぁ。と思ったので、俺は咄嗟に嘘を吐いた。


「いや、角ウサギっぽいのが見えたと思ったけど、なんか気のせいだったみたいだ」

「なんだよ。びっくりさせんなよ。また狼が来たかと思ったわ」


「ふむ。残念だ。今の川辺ならより安全に戦えるのに。――僕が」

「そのとおりですね! その分、俺が大変だって分かってんのか?! いやいいよ?! それでいいとは言ったよ?! でも少しは悪びれよ!」


「安心しろ。まだポーションはある。――生きているなら殺してでも治してやるさ」

「お前のポーションまだそこまでの性能ねぇだろ。そもそも怪我したくねぇって話だかんな? ってかその決め台詞は何よ? いつ考えたの? どっかで聞いたことある気がするし、明らかに台詞負けしてんだけど。狙ってたの? 外してるぞ?」


 し、失敬なっ。狙いすぎず、そして分かりやすく。一時間くらい頭を悩ませた渾身の力作になんて暴言をっ!


 でもいいよ、伊波は分かってくれるからなっ。


「楓太――ッ! これは僕も負けてられないな」

「ふんっ、陳腐な【魔術】で満足しているようじゃあ無理だとは思うが。まっ、精進したまえ」


「お前らの下らない争いはどうでもいいとしてさ、マジで俺どうしよ? スカウト受けるとか面倒すぎるんだが」

「とりあえず協会へはスキルを習得したことを黙っていればいいだろ。そうすればそうそうスカウトされることもないって」


 協会はパーティーのマッチング業務もやっているから、希望する人材を紹介、ということも出来る。ただしこれは希望者だけだし、この参照する情報はあくまで自己申告制だから、報告さえしなければ川辺が【挑発】持ちであることが他にバレることはない。


 ……スキルは自己申告制で本当に良かったよな。


 報告しないと能力に応じた美味しい仕事を紹介されないというデメリットはある。でも、希望者だけとか言いながら、裏で情報流す職員とか普通に居るからな。というかそれが問題になって、自己申告制になったという経緯らしい。


 こういうトラブルを避けられるのも、後発組のメリットだよな。


 俺の提案に、川辺はほっとした笑みを浮かべる。


「そっか。それでいいのか。なら安心していいか」

「まぁ、ここで活動している奴らに見られる可能性があるけどな」


「じゃあ駄目じゃねぇか。どうしろってんだ」

「隠して使うしかないんじゃない? 結構目立つし、どのみち隠し通そうって方が無理な話だろ。見つかったらもう諦めろよ」


「えぇ……はぁ。しょうがねぇか」

「言うほど心配する必要ないと僕は思うけどね」


「えっ? そりゃ何で?」

「浅い層に居る人のほとんどが、大学生を初めとした若い子達だ。いくら【挑発】持ちの<戦士>が求められているとはいえ、若者が僕達みたいなのを誘うと思うか?」


 ……ああ、確かにその視点は無かったわ。

 若い奴らにとって、三十超えたオッサンを入れるかっていうと微妙な所だよな。年齢的なハンデってデカいだろ。運動不足なオッサン的な意味で。


「確かにそうだけど、喜べねぇ。現実を突きつけられてショックがでけぇ……」

「まだまだ若いつもりだけど、僕らもしっかりオッサンだということだな」


 ポン、と川辺の肩を叩き慰めている伊波。俺も密かにダメージ受けてるんだが。


 しかし、本当に伊波の言う通りになるだろうか? 正直、俺は怪しいと思う。


 オッサンだから誘われないだろう。それはその通り。でも、仲間としてではなく囮。都合の良い道具としてなら別じゃないか?


 探索者になろうだなんて奴、碌な奴じゃないぞ? 俺達みたいな常識人なんてそうそう居ないと東さんも言っていたじゃないか。


 オッサンだったら別に死んでもいいだろ。俺らの為に盾になってもらおうぜ。こんなことをぬかすクソガキが居ないとも限らない……というか、絶対に居るだろ。


 で、そんな奴らがまともな勧誘とかすると思うか? 断ったとして、素直に諦めるか?


『どうすか? そっちの二人じゃなくて、俺らと一緒にやりません?』

『は? 何、俺らの言う事聞かねぇっての? オッサン、立場分かってる?』

『あーあ、こりゃ駄目だね。ちょっと痛い目みてもらおうか』


 とまぁ、こんな感じに絡まれる可能性が高いんじゃないか? 脅される程度ならまだいいけど、最悪は――


 ……いろいろと準備をする必要があるかもしれないな。


 道具、という意味でも。そして、覚悟という意味でも。それをするのが俺の仕事だ。


 仲間を守るためなら、なんだってしないとな。その守る相手が不潔感漂わせるオタクデブのオッサンというのがこれ以上ないほど悲しくなるが。


 いや、マジでなんでオッサンなんだよ。こういうのはヒロインの為に奮起するところだろうがよ。



 ●   ●



「ああー、疲れた。今日も働いたなぁ」

「この前よりも大量に素材を集めたからね。明日は忙しくなりそうだ」


「一人でやるとなったら地獄だったな。二人が手伝いを申し出てくれて助かったよ」

「正直俺は後悔しているぞ。まぁ、今さら手伝わないなんて言わないけどよ」


 へっへっへ、そう言うなよ川辺ぇ。いっぱいこき使ってあげるからよぉ……!


 レベルも上がったことだし狩りはそこまでにして、前回と同じく素材回収して俺達は渋谷支部に戻ってきた。


 背中の荷を下ろし中身を取り出す。素材は俺が使うとして、それ以外の物は全部売却だな。角ウサギと草狼の革。と、あとは肉――


「そういや俺ら、まだ角ウサギの肉って食ってなくね?」

「――そうじゃん! 自分で獲ってきてるのにまだ一度も食ってねぇ!」

「盲点だった。金が必要だからとその発想がまったく浮かばなかった……!」

 

 三人揃って衝撃を受ける。いや、固定観念って怖いな。


 肉を売ったところでポーションと比べればたかが知れているし、そもそも収入は足りてる。だったら持ち帰って食べた方が食費が浮くよな? 


「肉は持ち帰って、今日はステーキパーティーしねぇ?」

「おっ、いいな。そうするか?」

「打ち上げ代わりにもなるし、いいんじゃないか?」


「じゃあ決まりだな。川辺。そういう訳だから帰還報告と皮の売却よろしく」

「はっ? 俺? ――あっ。今日は俺の番か」


「順番はきっちり守らないとね。小さな約束事でもきちんと守ることが夫婦円満の秘訣らしい」

「気持ち悪いこというなや! しゃあねぇな。今日は俺、頑張ったと思うんだけどな……」


 ぶつぶつと呟きながら、川辺は皮を持って受付に向かう。

 その背を見ながら、伊波が俺に問いかけた。


「なあ楓太。君、あの時に何を考えた?」

「ん? あの時ってどの時?」

「川辺が【挑発】を習得した後。角ウサギと間違えたって誤魔化した時だよ。何か気づいたことがあるんだろ?」


 ああ、あれね。バレてたか。


「べつに。川辺が【挑発】を使えるようになった理由がなんとなく分かっただけだよ」


 あの時、俺は【挑発】のデメリットについて考えた。その有用性は理解しているし、絶対に必要だとは思っているが、自分では使いたくないと思った。


 単純に、自分が死ぬから。


 魔物を一手に引き受けてコントロール? 確かにそれは正しいし、ゲームでも常識だ。そこにやりがいを覚える奴も居る。けど、それはやり直しが利くゲームの話。


 リアルでわざわざ自分に敵を集める。そんな恐ろしいことが出来る奴が居るか? 失敗すればそのまま押しつぶされて殺されるのが目に見えているのに。そして、だからこそ気づいた。


【挑発】を使うには“自分の命と代えても仲間を守りたい”。本気でそう思うくらいの覚悟が無ければ無理だ。


 ってことは、これを習得出来た川辺は……。


「というか、お前も気づいたんだろ? だからこうして俺に聞いている」

「まあね」


 クイッとメガネをいじり、伊波は照れくさそうに笑った。


「傷だらけのアイツを見た時、僕がこうなっていたと思うと凄く怖かった。そしてすぐに【挑発】のことに気づいて、凄いなと思った。ハッキリ言って負けたと感じたね」

「ああ、それは本当にそうだな。本人には絶対言わないけどな」

「うん、絶対に言わない。ムカつくから」


 習得にばらつきが出るのも良く分かる。


 守るよりも攻撃することを重視するような奴。もしくは他人をどうでもいいと本音で思っている奴。そんな奴は習得できるはずもないし、追い出されて当たり前だろうな。

 

 逆に、習得するのが結果的に遅くなった人は――時間がかかってようやく、それだけの仲間に出会えたってことなんじゃないかな。


 推測でしかないけど、確信に近いものがある。おそらくこれは間違ってないだろう。


 しかし、考えれば考えるほど青臭くて恥ずかしくなる。

 これ以上は考えたくないけど……。


「伊波。俺達もダンジョンに潜っている以上、仲間を切り捨てなくちゃいけない時がもしかしたら来るかもしれないけどさ」


 だけど、もしそうなったとしても――


「川辺だけは、最後まで見捨てないようにしような」

「……うん、そうだね」


 これだけは、絶対に守らないといけないだろう。



 ●   ●



【探索のヒント! その七】

<【挑発】>

 戦士系のジョブが習得可能なスキル。魔力を発することで敵の本能を刺激し、強制的に自分へ敵意を集めることができる。結果、【挑発】を受けた者は使用者に襲い掛かる。なお、効果のある相手は魔物に限らない。

 いわゆるタンクをやる上では必須と呼べるスキルであり、<戦士>には一番習得を期待されるスキルである。

 しかし、これを習得できる者は意外と少ない。何故なら敵の注意を引き付けるということは、それだけ死のリスクが高まるからである。ゲームならともかく、自分の命が掛かった現実でこれが出来る高潔な精神の持ち主は、非常に稀有な存在であろう。

 ただ暴れたいだけならば、攻撃スキルのみで十分なのだ。

【挑発】を習得した人間は、それだけで信用の置ける人間だという一種のバロメーターとなる。さらに言えば良識的な人間ほどこの事実に気づき、自然と取得者に一定の敬意を持つ心理状態になりやすい。それに気づける者もまた、人格者であるということに気づかず。


 ――良き人には、良き人が寄ってくるものである。



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