第7話 錬金術



 さて、衝撃の<鑑定士>取得から翌日。


 死闘を乗り越えた先に訪れる安息の休日。いつもなら英気を養う為に趣味を堪能する所だが、今日の俺は一味違う。


 というわけで、自宅にこもって初錬金です。


「いよいよと思うと、緊張してくるな」


【錬金術】は繊細な技術――らしいので、まずは無駄なものを可能な限りクローゼットにシュゥウウウウト!


 そうしてミニマリスト並みに綺麗になった部屋の中央にちゃぶ台を。そして座椅子をセット! 


 その脇に大きな布を敷き、集めた薬草類を種類ごとにキッチリ並べる。座りながら手を伸ばせば届く場所に置くのがポイント。


 そして最後に、ちゃぶ台の上にまな板とナイフ。調合道具の薬研とすり鉢をドン!


 すり鉢は説明しなくても分かるだろうけど、薬研は分かるかな? 円盤のど真ん中に棒が通って、それを持って受け皿の上でゴロゴロ転がして素材を擦り潰すやつ。よく歴史物ドラマでこれを使って薬を作っているイメージ。まさにあれ。


 お値段なんと薬研が八万円! そしてすり鉢は二万円! 合わせて十万円! まぁなんてお得!


「……やっぱり安くねぇわ。十万って何だよ」


 いや、もちろん値段の理由にも納得して買ったけど、それでも高ぇよ。

 実はこれ、生産職の方が製作したもので、魔力を通すことでより素材を潰しやすくなるらしい。


 もっと安い市販の道具もあるのだが、素材の中には相応に頑丈な物があるらしく、これくらいのことをしないとあっさり壊れるとか。


 今回は低層の植物素材だしそれでも大丈夫だけどな。<錬金術師>として本格的にやるつもりなら、安かろう悪かろうは良くないかと思い背伸びして買っちゃいました。


 ミーハー根性というか、古い時代の調合道具というロマンを感じる物にときめいたっていうのもある。我慢できなかったんだ……。


「まずはナイフで出来るだけ素材を細かくしてと」


 受け皿に入る大きさじゃないとすり潰せないからな。とりあえず集めた素材は全部切るか。金になるからと俺と伊波のリュックに見つけたら片っ端からぶち込んだから、素材だけは大量にある。


 ……これを全部処理するとなると、今日の休みは潰れるかもな。考えるだけで気が滅入る。だが、これは甘んじて受け入れないといかん。


 戦闘ではあの二人に劣る。そんな俺に出来るのは備えることだ。あらゆる状況を想定し、アイテムを作って準備しておく。無駄になるかもしれない。でも怠けて死ぬよりよほどマシ。


 死なないために、死ぬほど準備するってやつだ。カッコいい言葉だよなホント。俺も見習わないといかん。


 持ち帰り残業みたいなもんだ。仕方ないと諦めて集中しろ。一つ一つ真剣に、丁寧な仕事を――


「いや、こんなん真面目にやってられんわ。アニメ見ながらやろ」


 いかん、気合いを入れすぎて力の入れどころ間違えた。何でたかが素材を小さく切るだけの作業をこんな本気でやる必要があるのか。馬鹿馬鹿しい。ここは職場じゃなく家だぞ。こんなのながら作業で十分だわ。


 手を切らないように注意だけして、俺は撮り溜めしたアニメを楽しみながら気楽に切り続ける。……ふむ。つまらなくはないがこれは三話切でいいかもしれないな。好みから微妙に外れる。


 三本ほどアニメを見終わった頃、ポーションの材料となる素材を全て細かくすることが出来た。


「いつの間にこんなに? 俺の集中力も捨てたもんじゃないな」


 とはいえ、ここからがまた面倒な作業になる。

 受け皿に少しずつ小さく切った素材を入れ、薬研で擦り潰す。力を入れて、グッと――


「あっ、これ姿勢が悪いわ。位置が高い。ちゃぶ台いらん」


 そういえば、これを使っているシーンって地面に道具を置いていた気がする。


 試しにちゃぶ台を退かし、座椅子にあぐらで使ってみる。……なるほど、こちらの方がやりやすい。とはいえまだ力が要る感じだ。


 試しに魔力を込めてみる。ろくに扱ったことないのに、ステータスを得た時から何故か魔力の出し方が分かるとは、不思議なもんだ。


 おぉ。急に潰す速度が上がったし、軽くなった。こりゃ凄い。


 よし、ここからは本気だ。魔力を流して集中して――


「――? ……これ結構適当にやっても大丈夫だな?」


 魔力を注ぐっていうか、ちょっと意識するだけで勝手に吸ってくれる感じがある。しかも案外使う魔力も少ない。


 ふむ……。


「アニメの続き見よ」


 これはあれだ。どんなに頑張ろうと時短が出来ない、長時間の単純作業を強制してくるタイプだな。適度な集中力の分配と忍耐力が必要とされる。くっ、何て過酷なんだ。だが、俺は負けん! ……おい、待て。これは大当たりでは? 今期の覇権アニメかもしれん。


 アニメを見ながら、ゴリゴリと素材をすり潰し続ける。撮り溜めしたアニメを全て見終わった頃、ようやく全ての素材を処理し終えた。


「さて、これで最低限の処理は済んだか」


 この段階で一応、ポーションを作れるようにはなっているらしい。ここからさらにすり鉢で粉状にしたりすると、錠剤や塗り薬に加工できたり、品質が上がったり、この後の【錬金術】で使用する魔力が減ったりとメリットがあるようだ。


 でも今の俺に品質向上の生産スキルはない。するとどう頑張っても、同じ物しか作れない。


 分かりやすくゲーム的に言うと――


【品質向上スキルなし。生産成功】→ポーション

【品質向上スキルあり。生産成功】→ポーション(+1以上)


 こうなる訳だ。俺はそのスキルがないからどんなに頑張っても補正つきのアイテムは作れない。しかし裏を返せば、生産が成功すればどんなに手を抜こうが基準値のアイテムは作れるということになる。

 

 そして協会は基準値のポーションなら、いくらでも喜んで買い取ってくれる。さらに俺達が使う実用品としては十分。


 だったら無駄に頑張る必要ないよね。適当でいいだろ、適当で。そして何よりこれ以上の下準備が面倒だし、このままでいいだろ。


 ……死なないように死ぬほど準備する、という覚悟はどこへ行ったんだろう? 家出かな?


「どれ。それじゃ、いよいよ本番だ」


 家にあった調理用の鍋に水を入れ、そこに回復ポーション一本分の材料を投入。そして、一定の質の魔力をゆっくりと流し続ける。


 この時重要なのが、この魔力の質。具体的には濃度らしい。高度なアイテムほど、品質を上げようとするほど、濃度を高くする必要がある。


 そして、この途中で濃度を変えてはいけない。常に同じ濃さで魔力を流し続ける必要がある。ここで変えたりすると、途中で素材が変質して失敗するようだ。


 必要な濃度を出せるか。それを最後まで維持できるか。その辺りを見極めて、自分がどの程度のアイテムを作れるかを判断する必要があるのだ。


 まぁ、俺は濃くするとかまだ意味分からんから、そのまま魔力を出すだけだ。


「おっと。これは……」


 これはちょっと神経が要るな。流石に片手間に何かを見ながら、と言うわけにはいかなそうだ。集中して魔力を注ぎ続ける。


 三十分ほど経っただろうか。魔力を注ぐ手応えがなくなったのを感じ、止める。鍋を覗き込むと、水道水が緑色に染まっている。これは……完成なのか?


【アイテム鑑定】――<低級体力回復ポーション>


「おお、成功か……!」


 <鑑定士>のスキル、【アイテム鑑定】が生産の成功を確信させてくれる。【鑑定】さんが言ってくれるなら間違いない。これほど信用できる情報は他にあるまい。


 初めての生産と思うと少し感動する。最初の品だし記念品に取っておく――なんてことはしないけどな。


 初めてだろうと所詮は低級ポーションだ。いつでも作れる物を大事に取って置けるとは思わん。どうせ一週間もすればお小遣い欲しいな。売ったろ! ってなるのが目に見えてるわ。


「……魔力は結構減ったか? でもまだいけるか?」


 意外と神経を使う作業だったから精神的疲労も感じるが、もう無理ってわけでもない。少し休んだらもう一本行くか。


 それよりも魔力だ。レベル二の魔力量だと、一本作るだけで消耗が大きいというのが辛い。


 ……いや、むしろ逆か?


 たかがレベル二でも日に二、三本作れるってことを考えると凄いよな? 一日九万だもんな?


 ちょっとレベルを上げれば魔力量も増えるだろ? スキルの腕が上がれば、もっと楽に、早く作れるようになるよな? 材料さえ揃えれば一日十本とか作れるようになるんじゃないか? そうなれば……日給三十万?


 しかもこれ、今の品質の話だからな? ポーションに関しては<薬師>には負けるけど、<錬金術師>でも全アイテムの品質向上スキルはある。そして品質の高いアイテムは相応に買い取り額も……。


 ――俄然やる気が出て来たわ。


「六万円! いきまーすっ!」


 完成したポーションを協会提出用の容器に移し、えいやっ、と二本目の材料を鍋にぶち込む。失敗しないようポーション生産に集中し、一心に魔力を注ぐ。とはいえ、二度目となれば軽く他のことを考えるくらいの余裕はある。


 考えるのは、新たに得た自分の力のこと。


「<鑑定士>ねぇ……」


 さっきので分かるが、実際に便利ではある。いずれ得られたとはいえ、一目見ただけでアイテムを確認できるのは良い。そのおかげでさっきも迷わなかったし、これからも新しい素材を探すとき、勉強しなくて済むのは本当に楽。素晴らしい能力だ。


 だけど、それは生産においての話。戦闘に関してはやはり使えない。そして戦えなければ深い階層を潜ることは出来ない。だからこそ、俺は戦うスキルかジョブを求めていた。


 ――あの二人と共に、一緒にダンジョンで遊ぶために。


 戦闘力がなければそれが叶わない。だからこそ、俺は<鑑定士>のジョブを得てしまったことに軽く絶望していたのだが……一日経った今、その考えは変わりつつある。それはなぜか?


 そもそも、俺が戦闘系のジョブを手に入れたところで役に経つのか?


 これから先、戦闘系のジョブを取れる可能性がほぼない。その状況に陥ったことでようやく思い至ったのだが、最初に<錬金術師>のジョブを取得した者が、セカンドジョブで戦闘職を得て、能力的についていけるのか? ということだ。


 複数のジョブを取ることはよくある話だが、最初に取れたジョブにやはり高い適性があるのは間違いないらしく、身体能力もそれに合わせて伸びて行くらしい。


 戦士職ならば、筋肉ムキムキのマッスラーに。

 魔術職ならば、魔力ドバドバのインテリジェンスに。


 となると<錬金術師>の俺は、どのみちあまり強くなれないんじゃないか?


 アイツらは戦闘の専門家になった。これからもそんな奴らに、俺が今さら戦闘系ジョブを手に入れてついていけるか? 


 考えれば考えるほど、無理じゃなかろうかと思うんだよな。それよりもパーティー全体で考え、アイツらにはない専門性を身につけた方がいいのでは? 


 半端に戦う力を身につけて、どこにでもいるような奴を目指すのではなく、俺にしか出来ない力を伸ばし、替えの効かない人材になった方がいいんじゃないか? そっちの方がまだ現実的だし、捨てられにくいだろ。


 そして、俺は<鑑定士>にその可能性を見ている。


 俺は<鑑定士>についてある疑問を持っている。それは――本当に【人物鑑定】や【魔物鑑定】というスキルが存在しないのか、という点だ。俺はここをかなり懐疑的に見ている。


 だって人や魔物の実力を見抜くスキルが絶対あるだろ。それが出来るとしたら<鑑定士>くらいじゃないか? なのに素材とか美術品だけしかできない? そっちの方が不自然じゃないか?


 世界中の国家が組織的に、様々な検証をしているのは分かる。だけどダンジョンについてはまだ分かっていないことのほうが遥かに多い。ジョブやスキルだって、結果からおそらくこうと推定しているだけで、本当のことは分かっていない。


 だったら、俺が【人物鑑定】や【魔物鑑定】を見つける可能性だってあるんじゃないか? そしてもし本当にそれを得ることが出来たら、それはトップ層の探索者に届く力になるんじゃないか?


 都合よく考えすぎか? いや、その可能性は十分にあると思う。というか、凡人がそこを目指すのならどこかで賭けに出る必要がある。


 自分の不安を紛らわす為に、目の前にある安易な道に飛びついては、その足元にすら届かな…………あれ? いや、待てよ? そもそも俺ら、上なんか目指してないよな?


 マイペースに稼げればそれでいいんだよな。俺も、アイツらも。レベル十も行けば収入的には十分……ん? いや、なんだったら今でも十分か?


 だって俺の【錬金術】があれば、三人分くらいの稼ぎは余裕だもんな? ほんの少しでもレベルを上げればもっと稼げるってさっき自分で言ったもんな?


 だったら一か八かの可能性じゃなくて、生存力の高さを目指すべきじゃ?


 ……い、いや、そんなことない! そんなことないぞ、うん!


 あいつらが心変わりして、もっと上を目指したいって意識高い系の人間になる可能性だって……いや、もっとねぇなそれは。だってあいつらだもん。それならまだ俺がそうなる可能性のが高いわ。


 それに、単純にレベルを上げるのって楽しそうだからな。次にどんなスキル覚えるのかなってワクワクするし。あっ、これだわ。納得した。やっぱり深く潜れるよう、ここは思い切った方が――


 ――ピコン!

 ――ピコン!

 ――ピコン!

 ――ピコン! ピコン! ピコン!

 ――ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピコン!


「うっせぇな?! 何だ一体――あっ」


 ――ボンッ!


 集中が途切れ、魔力の流れが淀んだと感じた瞬間、鍋から煙が出た。

 おそるおそる鍋を覗いてみる。紫のどろどろとした半固体って感じの物質から、煙と嫌な匂いが漂っている。


【アイテム鑑定】――<錬金廃棄物ごみ


 おっ、おう。なんとシンプルな。いや、そうとしか言えないだろうけど。


 いちいち失敗して落ち込むような年齢じゃないんだが、三万円が無駄になったと思うと……これは……。


 無言でスマホに手を伸ばす。そしてよく使っているSNSを開く。俺ら三人のトークルームに、メッセージが届いていた。


 ロリガスキー:おいっす。暇だからゲームやらね?

 エルフモスキー:別にいいが、何をやるんだ?

 ロリガスキー:そうだな、“金鉄”とかどうよ? 三十年くらい。

 エルフモスキー:この歳でそれはもはや苦行だぞ。だが明日も休みだし、受けて立つ。

 ロリガスキー:よし、あとは楓太だぞ!

 ロリガスキー:おーい、どうしたー? まだ寝てんのかー?

 ロリガスキー:スタンプ(まだ? って言ってるロリキャラ)

 ロリガスキー:スタンプ、スタンプ、スタンプ、スタンプ、スタンプ、スタンプ、スタスタスタスタスタスタスタスタスタ――


 あのクソデブ、よりにもよって最悪のタイミングでやりやがったな……!

 せっかくの可愛いキャラが憎たらしくて仕方がねぇ!


 チチガスキー:遅れてすいやせん。ちょっと立て込んでまして。へへっ、許してくだせぇ

 ロリガスキー:遅ぇぞ馬鹿野郎! ったく、次はねぇからな?

 エルフモスキー:休日だからって弛んでいるんじゃないのか? 休みの日こそ全力で遊ばないでどうするんだ!

 チチガスキー:大変申し訳ございません。ただ今ポーションの錬金に取り込んでおりました。初めての挑戦でしたが、一本目はなんとか上手くできました。ちなみに二本目はつい先ほどのスタンプ爆撃により気を取られ失敗いたしました。私の不手際により三万円が無駄になりました。皆様のお力添えがあったにも関わらず、誠に申し訳ございません。

 ロリガスキー:すいませんでした! 本当にすいませんでした! どうか許してください!

 エルフモスキー:小畑さんが休日返上をして頑張っている中、休みで浮かれていた自分が大変恥ずかしく思います。川辺を止められなかった僕にも責任があります。どうか愚かな僕らをお許しください。


 ふんっ、身の程を知ったようだな。愚か者どもが。


 ……でも、連絡が来たのなら丁度いいか。ちょっと相談だけでもしてみよう。反対されるかもしれんが、そうしたら理解してくれるまで説明する。アイツらならたぶん分かってくれる筈だ。


 チチガスキー:ところで探索のことなんだけどさ。次から俺、あえて武器を持たないでやってみようと思うんだけど、いいかな?

 ロリガスキー:スタンプ(いいよ! のロリキャラ)

 エルフモスキー:スタンプ(よくってよ。のエルフのお姉さんキャラ)


 はやっ!! んで軽っ!? こいつらなら分かってくれるとは思ったけど即答!? 俺の言ってる意味を分かってんのか!?


 ロリガスキー:それよりさ。何か俺に出来ることあるか? 手伝うぜ?

 エルフモスキー:そうだね。流石に一人だけ働かせるのは申し訳なさすぎる。


 マジで? それはありがたいけど、錬金は俺でないと出来ないし……あっ、でも素材の処理なら誰でも出来るのか。それはかなり助かるな。そうすれば俺は生産だけやればいいし。


 チチガスキー:今日はもうやっちゃったけど、次回から素材の下処理を手伝ってくれたらありがたい。そうするとかなり助かる

 ロリガスキー:ああ~、終わっちゃったのね。じゃあ次からは探索の次の日は楓太の手伝いにしよう

 エルフモスキー:そうだね。休みが二日あっても持て余しそうだし、ちょうどいいよ

 チチガスキー:ありがたいわ。じゃあ次から頼む。あと、今日の分を作り終えたら連絡するからゲームはその後に混ざるわ。適当に時間潰しといて

 ロリガスキー:分かった。じゃあ待ってるわ

 エルフモスキー:いくらでも待つから、自分のペースでね


 あっさり話が通ってしまった。望み通りの探索が出来そうだし、生産も楽になるしマジで助かるな。


 ……ろくな説明もしてないのに、なんで許すんだよ。ほんとにバカな奴らだ。


 そんなバカな奴らに、俺も応えないとな。


「なら、準備しないとな」


 武器を持たないと決めたなら、それに代わる俺の武器を用意しないとならない。

 ポーションや便利アイテム。そして――毒薬。


「とりあえず素材の用意を……あっ」


 今日はとりあえずポーションをと思って、毒草の処理はまったくやってなかった。失敗した。自分で触りたくないし、これを手伝わせればよかった――いや、待て。


「同じ道具を使って、薬草とか毒草の素材を処理することになるのか」


 特に薬研が心配だ。磨り潰すんだもんな。もちろん手入れはしっかりするつもりだけど、まったく混ざらないって無理じゃないか? 下手すりゃポーションに毒草が混ざる? 【鑑定】すれば無害かは分かりそうだけど、心理的に俺は嫌だ。う~ん……。


「一番良いのはもう一セット道具を買うことだな」


 ポーション用、毒薬用、みたいな。でも贅沢な話だよな。今はちょっとキツイ。


 とはいえすぐに稼げるようになるから、短い間だけ我慢すればいいだけなんだよな。いや、だとしても俺は嫌だな。ちょっと怖い。


 協会に卸す奴は……まぁいいだろべつに。素材を何の道具で処理しているかなんて気にしないし。バレへんバレへん。ゴキブリの出ない飲食店なんて存在しないんだ。それと同じ。


 問題は自前で使用する時。いざとなったら躊躇う気はないけど、俺は嫌だなぁ。知っちゃっているからなおさら。


 でも待てよ? 俺らの間で怪我の可能性が高いのって、やっぱり川辺だよな? 前に出るのはアイツだけだし。


 川辺……川辺かぁ……まぁアイツならいいか。たぶん大丈夫だろ。


 ――ピコン。ピコン。


「ん? なんだ?」


 またスマホが鳴ったので確認する。案の定あの二人からだった。


 ロリガスキー:二人だけで時間を潰すのもなんだし、もうすぐ夕飯時だから宅配ピザをテイクアウトしてお前んちにセルフデリバリーすることにしたわ。旨いの持ってくぞ、待っとけ。

 エルフモスキー:サイドメニューとコーラも当然あるぞ。ついでにスーパーに寄って夜食も買っていく。朝まで戦えるぞ 


 まったく、アイツらめ。

 俺は本当に仲間に恵まれたかもしれないな。


「アイツらが来る前に、急いで素材の処理だけでも終わらせるか」


 なに、細かくしてしまえばアイツら如きでは見破れんだろう。間に合わなかったら急いで隠せ隠せ。




 ●   ●




【探索のヒント! その六】

<持ち帰り残業>

 勤務時間中に終えられなかった自分の仕事を持ち帰り、自宅、カフェなどに持ち帰って残業をすること。

 業務上の命令があれば正式な残業扱いになるのだが、大抵の場合サービス残業扱いになってしまうことが問題視される。

 それが強制され常態化しているような企業であれば確実にブラック。とっとと辞めた方がいい。が、実際に持ち帰り残業をした方が後々楽になる、というケースもあるので一概にこうとは言えない。なんとも難しい話である。

 とはいえ最近はコンプライアンスが厳しくなっているのもあり、持ち帰り残業自体を禁止する企業も増えているため、そういった被害者は減少傾向にある。

 しかし、時代の変化に逆らい旧態依然のまま無理な労働を強いる企業もまた多い。そういった悪に社員が潰されぬよう、願うばかりである。

 さて、ここで持ち帰り残業と嘯いた楓太の仕事内容を振り返ってみよう。


 アニメを見ながら気楽に素材の切断、縮小化。約一時間。

 アニメを見ながら気楽に素材の磨り潰し。約二~三時間。

 ちょっと集中して錬金術。最大約二時間。なお、その後友人を招き夜通しでゲーム大会。ちなみに当日は平日。さらに翌日も平日だが休日にする予定。


 ど こ が 仕 事 だ


 仕事を!!!! 舐めるな!!!!



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