第4話 ステータス獲得②


「おぉ。まったく違う場所に。めっちゃ広いな」

「実際に目にすると実感するな。僕らは本当にダンジョンに居るんだな」


 どこか感動したように、伊波は草原を見渡している。


 気持ちは分かる。知識としては知っていたが、こうして体験するといよいよダンジョンというファンタジーが本物になったんだなと思う。


 景色に見蕩れていた俺達に、近づいてくる人が居た。二十代前半の男性だ。講習会を受けに来た大学生とそう変わらなさそうだ。


「お疲れ様です。小畑さんに、川辺さん、伊波さんでしょうか?」

「あ、はい。そうです。護衛の方でしょうか?」

「はい。担当になりましたあずまです。本日はよろしくお願いします」


 会釈する東さんに、俺達も頭を下げる。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」

「はい。ではこの後の予定ですが、適当に歩いて魔物を見つけ次第、三人でそれと戦ってもらいます。無事に倒せればステータスを取得できますので、そうしたら今日は帰宅してもらって終了になります。何か質問はありますか?」


「いえ、ありません。ただ、上手く出来るか不安です」


 運動不足の中年の男が三人だからな。まともに戦えるかどうかも怪しい。

 正直に不安を告げると、東さんは軽く笑って言う。


「大丈夫ですよ。皆同じですから。本気で危なくなったら私が守りますので、失敗覚悟でやりましょう。ただし、倒すのは自分達でやってください。最後まで付き合いますので、いくら時間がかかっても構いませんから」


 パーティーの人数は六名。この人数までなら、一緒に戦って成長をするということが判明している。ただ、あまりに実力差が大きい人が混じっていると、人数を守っても誰も成長できなくなるそうだ。おそらくゲームでいう所のレベル制限、そういうシステムが在るのだろう。


 東さんが言っている内容は、それを避ける為に必要だということなのだろう。最も、それだけの実力がないと無理だが。


 東さんは弓を背負っているが、それ以外はほぼ俺達と同じ格好だ。これだけの軽装で、なおかつこの余裕ということは、それだけ自信があるということだろう。


 そして、自衛隊員の制服ではないということは――


「東さんは職員ですか? それとも探索者の方で?」


「探索者ですね。普段は仲間とダンジョンに潜っていますが、今日は協会から依頼を受けまして。正直、報酬は低いですけどね。ある程度強くなると、時々ですが強制的にこの依頼を受けさせられるんですよ。あっ、ちなみにレベルは二十です」


 レベル二十! 最前線ではないものの、中堅くらいの実力者だ。


「レベル二十。つまり年収数千万の男……!」

「そんな人の貴重なお時間を僕ら如きに使わせてしまうとは、誠に申し訳ない……!」


 おいやめろバカ共! 失礼でしょうが!

 でもまぁ、貴重な時間をっていうのは同感である。


「すいません。なるべく早く終えるよう頑張りますので」

「あはははっ。いや、本当に気にしないで良いですよ。実際すぐに終わりますし、皆さんのような謙虚な人だったら僕も気持ちよく働けますから。なんだったら早めに終わったらいろいろとアドバイスしましょうか?」

「いいんですか!? それはありがたいです! 是非お願いします!」


 レベル二十の現役探索者のアドバイスなら、ネットの情報より遥かに正確だろう。思わぬ幸運だ。


「でも本当にいいんですか? 迷惑では?」

「いやいや、本当に大丈夫なんで気にしないでください。……歳が近いからってこっちの言うことを聞かないクソガキとか、年下と見るや偉そうにして好き勝手動くオッサンとか。そのくせ怪我したら俺の責任とか、マジで殺してやろうかと思いますからね」


「ああ、それは確かに……」


 俺でも殺意が湧くわ。


「それに比べて三人共、僕に対して丁寧な態度で、まともじゃないですか。そういう人は助けてあげたいって思いますし、積極的に縁を繋いでおかないと」

「それはありがたいですけど、俺達が東さんの力になれますかね。東さんほど強くなるかも分からないですし」


 なんせ死なない程度に稼ぐ、を目標とするエンジョイ勢みたいなものだからな。一方的にこっちが頼る寄生になってしまう気がする。それは本気で申し訳ない。


「いや、小畑さん。さっそくアドバイスしますけどね。弱かろうと信頼できる探索者とは親交を持った方がいいですよ。思っている以上に、探索者はまともな人が少ないです。ダンジョンで助けてくれるのは、そういう人達なのにね」


「……なるほど。覚えておきます」


 思った以上に真剣な顔で、東さんは言った。

 切実な問題なんだな……。


「それじゃあ早速行きましょうか。僕が獲物を見付けますので、とりあえずついてきてください」


 そう言うと、東さんは迷わず歩き出す。

 

 遅れないよう俺達も後に続き、さりげなく俺達の動きを確認すると、東さんは周りをきょろきょろと見廻し始めた。


 見渡す限りの草原で、遠くを見ると森や川が見える。が、魔物の姿はさっぱり見えない。

 本当に魔物が居るのか? それとも、森の方まで行かないと居ないとか――


「あ、見つけました」


 えっ? ほんとに?  

 どこにもそれらしき姿がないんだが。


 疑いかけるが、東さんは立ち止まって指差す。


 その方向をじっと見つめると、確かに何かが居た。草陰に隠れるようにして、茶色いものがじっとしている。しかし、目の届くギリギリの距離だ。教えてもらわなきゃ絶対見つけられなかったな。


「あっ、ホントだ。でも遠いな」

「言われなければ僕は見つけられなかったな。東さんはよく見つけられましたね。これも経験ですか」


「あははは、違いますよ。僕は<狩人>なので【気配察知】のスキルがあるんです。だから分かっただけです」


<狩人>! で、【気配察知】か!


 なるほど、よく聞く組み合わせだが、こうして現実に現れるとすげぇ便利だな。


「運が良いですね。角ウサギです。一番倒しやすいですよ」

「角ウサギですか。すぐに逃げるとネットで書かれてましたが」


「それは僕みたいにある程度強くなってきてからです。今の三人でしたら、むしろ積極的に殺しにかかってくるのでチャンスですよ。僕が近づくと逃げるので、ここからは三人でどうぞ。いざとなったら助けますから、軽い気持ちで頑張ってください!」


 軽い気持ち? 殺しにかかってくる相手に?

 なんで笑顔で言えるんだこの人。やっぱ探索者はどっかイカれてるのかもしれない。


「……分かりました。何かコツとかありますか?」

「角は短いですが、それでも深く刺さると死にます。気をつけて」


 誰が死因を聞いた!? コツを聞いたんだよ! コツを!


 探索者にまともな人は少ないというアドバイスは、やはり正しいのかもしれない。本人がそうだし。


 恐る恐ると三人で角ウサギとの距離を詰めていく。そして近づくにつれて、その輪郭がはっきりと見えてきた。


 ――いやでかいな?!


 形こそ誰もが知るウサギだ。そして頭におまけ程度の小さな角。しかしほんとにでかい。腰元くらいの高さがある。全長は一メートルくらいあるんじゃないか?


 ウサギってより、大型犬とかのサイズなんだが。いくらウサギでもあそこまでデカいと恐怖を覚える。


 これは慎重にいかないといけない。そう思い、作戦会議をしようと思ったが、どうやら悠長すぎたようだ。


 角ウサギは既に、こちらを捉えていた。


「お――ッ!?」


 目が合い、ブワッと角ウサギの毛が広がった瞬間、体が強張る。喉が引き攣って声すら出せない。


 これ、まさか殺気か? 睨まれただけで体が動かなくなるなんて……っ!


 これはまずい。落ち着け、冷静になれ。やけっぱちになったらそれこそ取り返しがつかない。

 川辺を見ると目が合い、頷きあう。よし、川辺は大丈夫そうだ。なら、タイミングを合わせて――


「――うっ、うわぁああああああ!! へびゃあ?!」


 伊波ぁ!? ちょっ、おまっ!


 恐怖に負けたのか、伊波はへっぴり腰で突っ込み、槍を突こうとする。当然、そんな物が当たるわけがない。角ウサギはピョンと横に跳んで避け、体制を崩した伊波はベシャリと前に転んだ。


 伊波が死ぬ! そう思ったら、体が動いていた。


「――うぉらあああああ!」


 恐怖を紛らわすように声を上げて突っ込めば、こちらを危険に思ったのか、角ウサギは俺の方へ突っ込んでくる。


 メイスを確実に当てたい。そう考え、一度動きを止めようと盾を前に出す。


「おごっ──?!」


 受け止めようとしたが、予想以上の強さで受け損ない、そのまま盾ごと体を押し込まれ吹き飛ばされる。


 咳き込みつつ見れば、なんと盾にボコリと大きなへこみが出来て、小さな穴まで開いていた。銃弾も防げるはずなのに、もし角がもう少し長かったら……。


 ゾッと背筋に寒気が走る。呑気に止まっている俺に角ウサギが追撃を仕掛けようとしていたが、遅れて出た川辺がそれよりも早く殴りかかった。


「このっ――あああああっ!」


 ゴッ! と、杖が頭を捉える。当たりどころが良かったのか、距離を取った角ウサギがぐらついて止まった。


 ここしかない。ここを逃せば俺たちだけでは勝ち目がなくなる。そんな直感がある。

 だが、これほどまで決定的なチャンスなら誰でもやれる。


 ――そうだよなぁ! 伊波ぁ!


「うわぁああああああああ!!!!」


 ――スカッ!


 いや外すんかい!! 決める流れだろうが!! どこに外す要素があった?!


 慌てて盾を投げ捨て、駆け出す。頭なんて贅沢は言わない! どこでもいいから、とにかくダメージを!


 メイスを両手で背負うようにして振り下ろす。寸前で角ウサギは正気を取り戻したようだが、少し遅い。


 俺のメイスは角ウサギの尻部分を深く捉え、バキッと何かをへし折った感触がした。


「ブゥウウウ! ブッ、ブッ――」


 悲鳴を上げながら、角ウサギがよろめく。

 よし! たぶん腰か、後足の骨が砕けた! これならまともに動けな――


「ブゥ――ブッ、ブッ! ブッ――」


「殴れ殴れ殴れ! コイツまだ動くぞ!? とにかく殴れ!」

「おらっ! おら――痛てぇ! 油断すんな! まだ反撃してくる!」

「ああああああああ! 死ねぇ! 死ねよ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええええええええええええええええ!」

「伊波お前は落ち着け! 俺達に刺すなよ!? ウサギだけ突け!」


 ここを逃したらヤバいっていうのを、たぶん二人も感じていたんだろう。俺達は普段の姿からはありえないほど、鬼気迫る表情でひたすら角ウサギを痛めつけた。


 メイスを振り続け、もう腕が上がらなくなったところで、荒れた息を整える。そこには頭が潰れて中身が飛び出し、全てが真っ赤に染まった肉の塊が落ちていた。


 ドン引きするレベルのグロ画像だが、逆にそれを見て冷静になる自分を実感する。沸騰するような体の熱が、ゆっくりと下がっていく。


「はぁ、はぁ……終わった。怖かった……」

「ああ。冗談抜きに死ぬかと思ったわ……」

「グッ、ヒッ……! ふっ、ふぅぅう! ふぐぅうぅううう……!」


 川辺は呆然としているだけだが、伊波はガチ泣きだった。小学生がケンカして感情を持て余した時ってこんな感じだよな。


 でも、からかう気もしない。気持ちは分かる。俺だって人目憚らずに泣きたい気分だ。それだけ本気で怖かった。


「お疲れ様でーす。いやー、思ったよりいい動きでしたよ。特に最後の容赦のなさは素晴らしかったです。チャンスを逃さず畳みかける。これが最初から出来る人はそういないですよ!」


 のんびりと近づきながら、笑ってそう言う東さん。どこが面白れぇんだこのガキが……!

 そんな感情が目に出ていたのだろうか、東さんはわざとらしく声の調子を上げて言った。


「どうですか? そろそろ体に魔力が馴染んだのでは? ステータスを取得出来たんじゃないですか?」


 その内容に、あっさりと東さんに対する憤懣を忘れる。


 そうか、今のでステータスを取得できるはずなのか。魔力が馴染む……戦った直後で気づかなかったけど、そういえば体がカッと熱くなっていた気がする。もしかしてそれか?


「あっ、本当だ。すげぇ、何故か自分のステータスが分かる! レベル1の<戦士>だってよ! ――はあっ?! <戦士>!? なんで?!」


 俺よりも早く、川辺が確かめたらしい。だが望んだものは得られなかったようだ。

 事情を分かっていない東さんは、無邪気にお祝いの言葉を出す。


「ほう。<戦士>ですか。おめでとうございます」

「いやめでたくないですよ! 俺<魔術師>希望だったんですけど!?」

「そうだったんですか? 中々良い動きでしたし、向いていると思いますよ?」


 俺もそう思う。今回のMVPは間違いなくお前だ。その調子でお前は一流の戦士を目指すのだ。


「伊波さんはどうです? 何が手に入りました?」

「グズッ、ズズッ――――<魔術師>ですね」

「はぁ!? はっ、はぁあああああ!? おまっ、それは一番納得いかないんだが!?」


 いや、むしろ俺は納得できる。

 あの動きで前衛系のジョブなんか獲得したらそれこそどうして案件だろ。


「くっそ、なんでだよ。<魔術師>になりたかったのに。伊波だって<戦士>が良かったよな? なぁ?」

「いや、僕は<魔術師>の方がいい。これこそ僕向きのジョブだ。……よかった」 


「よかった?! 今よかったって言った?! 掌くるっくるだなお前! ああもうなんでだよ! 俺はちゃんと杖持ってるのに! こいつは槍じゃん! どこに<魔術師>要素があるんだよ!」


「杖とはいえ使い方が<戦士>のそれでしたしね。それに、あくまで装備でのジョブ取得は寄せられる傾向にあるってだけで、全く違うジョブが手に入ることも普通にありますよ。伊波さんは……よっぽど<戦士>が向いてないと思われたんですかね?」


「ありがとう、ダンジョンマスター。この御恩は一生忘れません」

「ふざけるなよダンジョンマスター……! 絶対許さんぞ……! 俺はこの恨みを忘れないからな……!」


 この世界に実在するかも分からないダンジョンマスターに、手を合わせて祈る伊波に、怨嗟の声を漏らす川辺。どうしよ、正直面白い。笑うわこんなん。


「小畑さんはどうでした? 希望のジョブが手に入りましたか?」

「そうだ楓太、あとはお前だ。何が手に入ったんだよおらぁん?」

「落ち着け、今調べる」


 まったく、自分が望みの物を手に入れられなかったからって、俺に当たるのは止めてほし――


「――――は?」

「おっ、なんだよその反応。気になるだろ。早く教えろ」

「えっ、あっ、いや……」


 勿体ぶっている訳ではないが、驚きすぎて声が漏れてしまった。

 自分のステータスを意識した瞬間、頭に浮かんだ言葉はこれだった。


レベル:1

<ジョブ>――<錬金術師>


「……<錬金術師>?」


<錬金術師>――生産職?

 えっ、マジで? …………何で?




●   ●




【探索のヒント! その三】

<ステータスの獲得>

 一定の質、量の魔力を吸収したことにより発生する最初の進化。

 人類の最初の魔力進化は、レベルとジョブの獲得から始まる。

 レベルとは、魔力を吸収したことによる種族としての格の高さを測る物差し。

 そしてジョブは、獲得者の成長の方向性を示すものである。

 このうちジョブの獲得は、本人の願望を反映したものになっている。ステータスの変化とは魔力の影響による進化の過程であり、本能で必要だと感じたものが、進化として適切な形になって人体に影響を与える。

 こうありたい。こんな事がしたい、という人の願望に魔力は応え、それが叶う可能性が最も高いジョブを獲得するのだ。

 よって、事前に装備を調整して最初のジョブ獲得を希望の物に寄せるというのは、決して間違ってはいない。論理的思考により導かれた、本人が心から納得して出した結論であるからだ。



 にも関わらず、望んでいないジョブを獲得してしまったということは、つまり――?




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