1-10-B 「How to kill Evil you hate」

『レン……ようやく君たちは一歩を踏み出したんだ。レンも彼も、ようやく進み始めたところなんだ。僕やジュディで君たちを精一杯支える……!ジュディも君を心配してるんだ』


『レン、俺の声聞こえる?ヴァリーとの間に何か大変なことがあったんだなって、ずっとレンが耐えてきてたんだなってわかるよ。でもそれだけはダメだ、なぁレン、覚えてるか?俺たち3人で兄弟だって言ったよな。支え合って生きていこうって言ったじゃないか。殺す他にも道はある、一緒に探そう!今まで部外者だった分、俺も頑張るから……!』


スマホ越しに響く涙ぐんだジュディの声に、レンの心が揺れると畳み掛けるようにジェームズが声をかける。


『僕を信じてくれ、僕を信じられないならジュディを、辛い日々を耐え抜いてきたレン自身を信じてくれ!きっと乗り越えられる。怯えなくていい、安心していいんだ。落ち着いて、どうか気を強く持って欲しい』


ジェームズの声には全てを包み込む温かさがある。ついその声に気が緩んで、拳銃を持つレンの手が震えた。


「ちょっと、何?目の前に確実な方法があるってのに、中身のないポジティブな言葉に感涙しちゃうわけ?」


その様子を察してか、メイがつまらなそうな顔をしながらレンを馬鹿にするような声を出した。


「ねぇさヴァーニ、いい加減にしなよ。そりゃそうだよね、自分の手を血で汚さずに済むならそれがいいし、そっちの可能性に賭けちゃうよね。みんなジャックポットが好きだもんね。でもそうやって何時間ってかけて、何度負けたら学ぶわけ?その台はハズレなんだよ」


後半はイラついたような声を出してレンを威嚇するメイにスマホの向こうの声が応対する。


『っ……君は黙っててくれ、今レンと話してるのは僕たちだ』

「現実はターン制ゲームじゃないんだけど、脳味噌のスペック大丈夫?診てあげるから今度メンテナンスに来なよ」

『君という奴は……!』


座っていたメイが立ち上がって椅子にもたれ掛かる。


「また逃げるわけ?ニコラスみたいなヒーローになるんじゃなかったの?」

『そいつの話なんて聞かなくていい、僕の声に耳を傾けて』


メイとジャムから異なる意見を並べられ。


『俺は3人が離れ離れになるのは嫌だよ!レン、ヴァリー、頼むから一旦どうにか考え直してくれ!』

「……私は、どんな形でも兄さんの想いを全身で受け止めよう」


ジュディとヴァレンティノから異なる想いを聞かされ。


レンは混乱しつつあった。パニック状態と言ってもいいかもしれない。兎角、最初のフラットな憎悪は既に逃げおおせ、結局最期まで残ったのは人間らしい、ぜになった矛盾と等身大の感情だけだった。


「クッソ……!」


「ヴァーニ、目の前に確実な方法があるんだよ。耳にやさしい言葉ばかり聞いていつかなんとかなるって信じて、それって自分では何も考えてない。苦しくても決断しなきゃいけない時がある。見掛け倒しに騙されようとしてる自分が恥ずかしくないの?何も建設的じゃないじゃん。ねぇ、そんなに意思が弱くちゃ道理で三十路にもなってまだ何者にもならずに日雇いバイトばっかやってるわけだ」


レンの弟は片や医者。片や大学の助教授。レンに今希望を語りかけるのは人の心を救うカウンセラー。レンに悪魔の囁きをするのは個人で研究開発を重ね、企業に貢献するサイエンティスト。


確かにレンだけは何者にもならないままに三十路を燻っている。何も成していない。その現実がレンにとっては何よりも指摘されたくないものだった。


「……わかってるよ」


押し倒しているヴァレンティノの額に銃口を当てる。涙で視界が滲むが、レンのその手は既に標的を捉えていた。

すると、目の前のヴァレンティノの瞳孔が横にずれた。レンもつられて横を振り向くと、バーの扉と人影を視界が捉えた。


「苦しくても決断しなきゃいけない時があるっ……!目の前の簡単で確実な方法に踊らされるんじゃない、自分で考えて!不完全でも……っ、不確定でも……っ、人生は博打じゃないんだっ!何回外れたって何度でも同じ台で立ち向かわなきゃいけない。君は君なんだから他の誰かに変われないし、もし生まれ変わりを願っているならそれこそ思考停止だ!」


扉の飾りを大きく鳴らして勢いよく入ってきたのはジェームズとジュディ。2人とも全力で走ってきたのか、息も絶え絶えだった。

ジェームズの怒鳴り声を聞いたのは、レンにとっては初めてだった。どれだけ泣きついても、人生を悲観しても、レンの全てを受け止めてくれたカウンセラーが彼だった。そんな彼が声を荒らげることは、レンにとっては想定外だった。


「レン、その手で彼を殺すことは簡単だ。思ったより感触なんて残らないだろう。けれど、君はその軽すぎる感触に一生苦しむことになる。いとも簡単に人を殺せてしまったその感触に怯えることになる」


ジェームズは息を整えながら膝をついてレンと目線を合わせる。レンの小さな瞳を見つめる彼の目は、メイがレンを見る目とは全く逆だった。


「僕は知ってる。本来の君は明るくて、面倒見が良くて、僕たちと一緒に生きるには優しすぎるんだって。ジュディから話を聞いてもわかるし、僕もこの目で君を見てきた。わかってる。君が今どうしようもない絶望の中にいて、どうにもできなくて暴れるしかないんだって。どうか手を差し伸べさせてほしい。どうか僕に君を助けさせてほしい。レン、君の心を灯す光に、僕たちを選んでくれないか」


必死に堪えていた涙が、レンの瞳から溢れてくる。何故だか安心するその温かい声色に心が溶かされていくのをレンは感じていた。

そうしてレンの手から拳銃が滑り落ちる。


「え〜、お涙頂戴のテンプレ展開とかマジキツイわ。今どき流行んないよそういうの。ねぇチノ、いいの?ヴァーニがせっかくチノに一途な全感情を向けてくれてたのに、このままじゃ他の人に取られちゃうよ」


細い脚をクロスさせながらメイが標的をレンからヴァレンティノに変える。

それに対し、レンは再び拳銃を手に取りその銃口をメイに向けた。


「コイツを誑かしたら許さねェぞ、メイ」

「うわマジ?そういう展開?ここまでお膳立てしてあげたのはおれなのにヴァーニは恩人に対してそういう態度取っちゃうの?」


瞳から流れ落ちた涙のおかげで、レンの視界は良好だった。彼の視界から見るメイは、ジェームズとは違い随分と人を馬鹿にしたような目をしていた。

レンは思い返す。メイは一貫してニヤニヤと笑いながら、レンを誑かすようなことばかり言っていた。


ジェームズがメイと同じ場でレンに言葉をかけてくれたことで、彼の中でジェームズとメイの違いが明確になったのだ。

どちらもアドバイスをしてくれているには違いなかった。しかしそのアドバイスがレンのためなのか、利己的なものなのかで目的は大きく異なっていたことがレンにも体感できたのだ。


「正当な方法じゃ罪を裁けない極悪人ってのは、テメェみてェなヤツのことを言うんじゃねェか、メイ」

「はっ、チノの次はおれ?随分とまぁコロコロ考えが変わるね、風見鶏かよ」

「なんて言われてもいい。確かにコロコロ考えが変わってるしな。でも、今度こそ最終決断だ」


レンは再びトリガーに指をかける。その動作を見てメイがカウンターの奥からもう一丁、拳銃を出してきた。


「おいおい、保身のために隠してたってか?マジモンの悪役じゃねェか」

「当たり前でしょ。ヴァーニと関わってたら、何がどうなるかなんてわからないんだから。最悪錯乱状態になって全員殺しちゃうかもしれないし」


言いながらメイはレンの眉間に銃口を向ける。


「2人ともやめろ、そこで殺し合う必要なんてないだろ?!」

「そうだよレン、ヴァリーを殺したってそいつを殺したって結局一緒だ、銃を降ろしてくれ!」


ジェームズとジュディはレンとメイを止めるが、前者の2人の声は後者の2人の耳には届いていなかった。


「全員殺す?ンな凶悪犯みてェなことしねェよ、ふざけてんのか」

「はぁ、ヴァーニの周りってヴァーニに振り回されてばっかりで可哀想」

「それが遺言か?悪役らしくねェな」


レンがメイを睨むと、メイは冷めた顔をした。


「コレの相手、真面目にするだけ無駄なのわかってて3人とも頑張ってんのすごいわ、尊敬する」


心底興味が失せたとでも言うように吐き捨て、メイは持っている拳銃のトリガーに指をかけた。どちらが先に発砲してもおかしくない状況では、ジェームズもジュディも銃弾の暴発を恐れて動けなかった。


レンも負けじと、片手で持っていた拳銃を両手で支えながらトリガーを引く指にもう片方の手の指を添え、反動に備える。


「ホントにもう二度と、テメェと会うことはないだろうよ」


走馬灯のように加速する思考の中、レンは指に力を込めた。

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