メモリネス

墨雪

Chapter.1 The thawing of snowflakes

1-0 「Insects」

「あ゙ぁっ……ぁ゙あ゙ッ……!!」


痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


「ぎっ……!ぁがッ……!!くっ……はぁっ……!」


何で。どうして。何のために。何の因果で。オレがこんな目にあわなきゃいけないんだ。


「ぃい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙ッ……!!!!!」


カーテンの隙間から零れる窓の外の景色。何の変哲もない夜の景色。オレのことなんて気にかけもしないで、世界は今日も元気よく回っている。


憎い。辛い。痛い。怖い。苦しい。恨めしい。妬ましい。羨ましい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。


「がぁッ……!!あ゙っ……!ぎィッ!!!!!」


人間は意外に脆く、同時に意外に頑丈だ。

耳を切られても、腹を抉られても、尻に刃物で変な絵を描かれても。

床ズレの褥瘡じょくそうができても、傷口が膿んでも、身体に虫が集っても。


それでもオレは、生きているのだから。


「はぁっ……はっ……はっ……あぁっ……♡」


霞んだ視界の中でボヤけた悪魔のシルエットが動く。甘い嬌声を漏らしながらオレの唇に無理矢理唇を合わせ、好きなように貪る。


「兄さん、兄さぁん♡」


食事はコイツからの口移しだけ。水一滴すら飲むのは許可制、コイツの口からだけだ。


「ぐぁ゙……っ!痛い゙っ、痛い゙っ、い゙だい゙ぃ゙ィ゙ッ!!!!」


ベッドの柱に拘束された右手首がパックリと開いて中の黄色い肉が丸見えの傷口を悪魔が舐める。じゅるじゅると汚い音を立てて血を吸い、歯を立てて肉をこそぎ取る。唾液を傷口に落とし、舌なめずりをする。


「これで……私と一緒!お揃いだね、兄さん♡」


悪魔が自分の右手をオレの口に押し付け、無理矢理血を落とす。


「舐めて」


オレは従うしかない。命令に従わなければまた拘束されて一歩も動けない、寝返りすらうてない状態で放置される。


それどころか、悪魔の機嫌を損ねようものなら今度こそ死んだっておかしくなかった。傷口に虫の卵を産み付けられたことだってあるのに、これ以上の痛い思いはゴメンだった。


「ゔっ……痛い、痛いよ兄さん……っ、痛い!」


嬉しそうに、恍惚とした表情で興奮する悪魔は痛みでほとんど意識を失いかけているオレを見て愛おしそうにオレの頬を撫でる。

顔を近付けて、オレが目を瞑るのも気にせず頬から額までをゆっくりと力強く舐めた。


「い゙ッ……!」


瞼が少し開いて眼球と舌が触れる。

何で?何でオレがこんな生活に耐えなきゃいけないんだ?他にも、他にも大勢人はいるのに。


「兄さん、赤ちゃん。赤ちゃんの種ちょうだい♡」


下半身に気持ちの悪い濡れた感触を覚えても、痛くはない感覚に反応する気はもう起きなかった。


もうなんでもいい。ただこのまま意識を失って、寝てしまいたかった。永遠に、寝てしまいたかった。


ムクムクと左腕の皮膚の中で何某かの幼虫が這う感覚が4つか5つ。何度経験しても慣れなくて、オレはその感覚に吐き気を催す。


「ゔぇ゙っ……ェ゙エ゙ッ゙……」


もう3日間何も食べていない。喉を焦がすような熱い胃液しか出てこない。


「兄さん、愛してる」

「愛……してる」


笑わせるな。これのどこが愛だ。イカれている。とち狂っている。

何の希望も、救いもない。ただただ毎日耐えるだけ。底辺並みに頭を下げて、他人に罵倒されながら深夜のアルバイトをこなす方がずっとマシだ。


夜は長い。まだ夜が明けるまで何時間もある。

何度も何度も痛いのも苦しいのも辛いのも怖いのも我慢して、オレは一体いつ死ねるんだろう。


早く殺して欲しかった。

変に頑丈な自分の身体が憎らしかった。

長い長い夜。泣いても身体の水分が失われるだけで、朝日は昇ってこないのに。


「ゔっ……ぁ゙あ゙っ……ひぐっ……」


身体は無駄な藻掻きを、生きるための足掻きを止めてはくれなかった。

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