第一部・選ばれなかった十八人

第2話 まさかのクラス全員での転移、からの選抜会議

【Day 1】


 ふと気づくと、淡い光に満たされた見慣れぬ場所にいた。目を開いた感覚もないのに、いきなり視界が開けたよう。


 見回すと、中世の教会のような、上方に半球が用いられた空間に立っている。ただ、古びた感じはあまりない。


周囲にはクラスメートの姿が見られ、隣には先程まで言葉を交わしていた記憶が残る久我が立っている。制服の夏服姿はそのままで、それは周囲も同様だった。


「この質感、現実だよね」


「仮想現実かどうかってことだよな。今の技術ではここまでの表現はできないはず」


「今の技術なら、か」


 低声での対話は、しかし何人かの注意を引いてしまったようだ。目立つのは本意ではない。


 その時、脳内にいかにもなガイドメッセージが流れた。


「ファンタジーRPG<絶界の涯>の世界へようこそ。あなたは召喚を受けて、この世界にやって来ました。ファンタジーRPGのキャラクターとして、剣と魔法の世界で活躍が期待されています。召喚主であるプレイヤーの指示に従って、世界を混沌から救う力となってください」


 頭に直接響くのがはっきりとわかる、はじめての感覚。ただ、意外と不快なものではなかった。


 何の冗談だ、といった声が上がり、周囲が騒がしくなる。ぼくは久我との対話を続けた。


「いま、脳裏に直接浮かんだよね。文言、覚えている? ゲームのタイトルは……」


「絶界の涯」


「そう、はてって漢字で頭に入ってきたけど、同時に読みも浮かんだよね。その読み方あるって知ってた?」


 左後方にいた秋月が、声のトーンを合わせて入ってくる。


「生涯(しょうがい)の涯(がい)っていう字で、「はて」「みぎわ」とも読む。かなた、くらいの意味だろうな。ぼくは知っていたが、知らなくても結びついたのか?」


「知らなかったや。ということは、単に音声が再生されたわけじゃなくて、文字と音声で入ってきたということか。……だれか、ファンタジーロールプレイングゲームの概念を知らなかった人はいないかな。意味が伝わったのか知りたいけれど」


 周囲にいるうちの何人かが聞き耳を立てているのが感じられる。ぼくは、少し見回しながら問うてみた。


「全文、分かる人はいるかな」


 すると、秋月が当然のように全文を諳んじてくれた。便利だ。


「ロールプレイングゲームなのに、プレイヤーじゃなくて、キャラクターなのか」


「みんな同じ文言かな。自分はプレイヤーだと指定された人とかいない?」


 ふるふると首を振ったのは、近くにいた胡桃谷、アリナ、八雲といった面々。少なくとも、この周囲は皆が同一のメッセージを受け取ったようだ。改めて、周囲を見回す。


「ところで、ここにクラスの全員いるのかな」


 だれにともなく発した問い掛けに応じたのは、少し離れたところにいた那須だった。


「いま、確認を終えた。三十六人全員いるな」


 目礼すると、爽やかな笑みで応じてくれる。頼もしいな、おい。さすがクラス委員長なだけはある。


 その間にも、特に女子主流グループの面々は、声高に抗議や恐怖の声を発している。まあ、異世界転移なんて概念に馴染みがなさそうな方々だけに、無理もない話である。


「最後の記憶の確認をしたいんだけど……」


 記憶に残る出来事をありていに説明すると、特定の人物を非難する形になりそうなので、事象の枝葉をばっさりと切り落とす。


「芦原さんが転んで、胡桃谷が手助けしようと手を差し伸べた。ぼくはそれが最後みたいだけど、みんなはどうかな」


 周囲が頷く中で、稲垣さんがちょっと高い声を発する。


「そこで何かが起こったの? くるみんと小百合ちゃんが能力者で、手を触れた瞬間に転移した、とか……」


 青春SF物的な発想に、おいおい、どんなラノベ展開だよと反応しようとして、一概に否定できない現状に戸惑う。そして、この二人の容姿からして、主役とヒロインだと言われると納得してしまいそうだ。


 並んで立っている胡桃谷と芦原さんを見やると、涙目になりそうな感じでふるふると首を振られてしまう。ちょっと待て、なんでぼくが審問官みたいな扱いをされているんだ。


 仕方なく、そんなこと思ってないよというていで、ゆっくり首を振りながら笑いかけてみる。たぶん、ぎこちない笑みになっている。


 そのとき、新たな展開が生じた。




 いきなり、ドーム状の天井辺りにスクリーンが開いた。空中に映像だけが浮かんでいるように見える。


 その中には、緑の髪の人物が映し出されている。年の頃は、二十歳といったところだろうか。


「俺の名はエストバル」


 名乗ったアニメ髪色の人物は、画面内で周囲を見回すような仕草を見せた。こちらの様子も届いているのだろうか。


「状況は把握しているな。これから、お前たちは剣と魔法の世界で活躍してもらうことになる。リーダーは誰だ」


 一拍の後に声を上げたのは、男子主流派グループに属する藤ヶ谷だった。


「反町樹が適任だと思います」


 幾人かが賛同の声を上げる。クラス委員長は那須なのだが、リーダーとして考えると、たしかに反町の方なのかもしれない。


 画面内のエストバルと名乗った若者が、少し下方に目線を向ける。背景には、立派な調度が見える。


「ふむ。能力値も問題ないし、いいだろう」


 あっさりと了承されたらしい。


「タツキとやら、お前たちをきっちり半分に分ける必要がある。ちょうど半分の人数を選べ。基準は好きにしろ。有能であるに越したことはないが、お前がやりやすいメンバーを選んでかまわん。終わったら、扉の外にいる私の従者に声をかけろ」


 また唐突に、画面は消え失せた。沈黙が室内を流れる。




「事情がよくわからないが……」


 と、反町が少し考え込む表情を見せる。茶味がかった波打つ髪に、端正な顔立ち。そして長身でテニスもうまいのだというから、クラスの中心になるのも自然なのだろう、きっと。そういう人物が、どうクラスを分けるのか。


「千夏、来てくれるか」


 手招きされたのは、女子主流派グループの頭目の早乙女さんで、両名での相談が始まる。これから、プロ野球のドラフト会議のようなものが始まるのだろう。他球団は参加しないわけだけれど。


 相談を終えて、反町が残る三十四人に目を向ける。


「那須」


 まず呼ばれたのは、クラス委員長を務める巻き髪の那須充だった。弓術の全国的な名手で、いい家の出身でもあるらしい。ファンタジーRPG世界でなら、弓術使いは確かに有力だろう。選ばれるのは妥当にしても、普段は反町グループと近いとは言えないので、いきなり呼ばれたのは意外だった。


 手招きされて、やや戸惑いの表情を浮かべて歩み寄る。


「藤ヶ谷」


 続いて呼ばれたのは、成績上位で新聞部所属の朗らかな男子、藤ヶ谷雅章。緑髪の若者の問い掛けに、反町を推挙した功績は大きそうだ。体育系部活から優先していくかと思ったが、剣と魔法の世界というのを踏まえて考えれば、知性派を重視するのもありだろう。


 笑みを浮かべて足早に向かう様子からは、早期に呼ばれるのを確信していたようにも見える。それでありながらも朗らかなのだが、表面的な印象に反して、どす黒いものを抱えているような気がしてしまうのはなぜだろう。粘っこく感じられる視線のせいだろうか


「八雲」


 次に呼ばれたのは、反町グループでのもうひとりの知性派取り巻き男子、八雲秀人だった。陶芸部に所属している、秀才肌の人物である。短めの髪で目が細いところが、一段とクールな印象を補強している。


 名を呼ばれて歩み寄りながらも、誇らしげな様子もなく、冷静に周囲に視線を配っている。


 成績自体は、この二人よりも秋月智弘の方が上なようだが、まずは自分に近い者から、というのは無理もない話だろう。


「それから、柳生」


 名を呼ばれてうれしげな表情を閃かせたのは、柳生塁斗。のしのしと歩く彼はラグビー部所属で、しかも中学時代から活躍していたそうだ。がっしりとした体躯は、いかにもファイターに向いていそうだ。RPG的な定番職業があるとしたら、盾役的な戦士にぴったりだろう。


 もっとも、ゲームによって職業、あるいはクラス、ジョブについての考え方はさまざまで、初期は単純な職業構成で、ツリー的に上位職が連なる場合もあれば、当初から多彩な構成に追加ジョブも大量で称号が粗製乱造、といった混乱気味のゲームも最近は見られるようだ。この世界はどうなのだろう。ここが本当にファンタジーRPGの世界であるのなら、の話だが。


 ここで一度、集まった六人での相談タイムが設けられた。説明なく、ほかのクラスメートを待たせるところが彼ららしい。周りにはそわそわしている者もいれば、座り込んでしまっている者、興味深げに眺めている者などさまざま。


 沈黙したまま観察していたぼくに、久我がまた低声で声を掛けて来た。


「睦月よ、俺らは選ばれると思うか?」


「いや、無いでしょ。それより、なんで半分なんだろうね。残りはどうするんだろ」


「飼い殺しならいいけどな」


 ゲームであれば、アカウント抹消などが普通にあり得るだろう。我が友人としても、それを口にするのははばかられたようだ。周囲の不安を殊更に煽る必要はない。


 相談する六人を見ていると、那須はあまり口を出している様子が無く、やや呆れた表情にも見える。八雲もやや引き気味で、主に話しているのは、反町、早乙女、藤ヶ谷、柳生の四名となっているようだ。


 そして、相談タイムは終わりを告げた。


 次に口を開いたのは、我がクラスの女王蜂たる早乙女千夏だった。


「ゆき」


 呼ばれてうれしそうに歩み寄ったのは、女子テニス部に所属する、真島由紀。こちらもなかなかにがっしりとした体躯で、戦士向きかもしれない。


 続いて早乙女さんが、あかり、ゆあ、あゆみ、と続ける。


 伊集院あかり、加藤優愛、二階堂歩美がうれしげに選抜メンバーの居場所へ進む。合唱部、新聞部、バドミントン部だったか。


 彼女らの成績までは把握していないが、少なくとも学業優秀なタイプの三人ではない。女子は、体術でも知力でもなく、取り巻き最優先ということか。


 ここでまた、男女主流派の両首領が軽く相談し、再び早乙女さんが口を開く。


「楠木さん、一色さん」


 名前呼びか苗字呼びかは、本人には大きな意味があるのかもしれない。親密度の表現、といったところだろうか。


 呼ばれた二人の女子のうち、楠木美桜乃は水泳部所属、一色早苗はなぎなた部で、それぞれ有望な選手らしい。肩までのゆるやかに波打つ髪が特徴的な楠木さんは周囲を見回しながら、立ち姿の美しい一色さんは小さく首を傾げながら、それぞれやや硬い表情で向かっていく。




 続いて、反町が口を開く。再び男子の指名に移るのだろう。


「里見」


 剣道部に所属している穏やかな剣士、里見蓮が特に感慨もない様子ですたすたと歩いて行く。


 なぎなたと剣道の使い手がこの順位というあたりで、選考の本気度が不安視される。


「ん、いま何人だ?」


「十三人」


 思わずこぼれたぼくの呟きに小声で即答したのは、山本だった。新聞部所属で目鼻立ちのくっきりとした、腹に一物抱えていそうな男子である。どうも、と礼を言っておく。


 反町が、ちらりと隣の早乙女に目をやって、また口を開く。


「……柊さん」


 反町が女子の名を呼ぶのは、女王蜂を呼び寄せて以来。早乙女さんは、やや不満げな表情を浮かべている。


 おどろきの表情を見せて向かうのは柊真知。料理部所属で、収まりの悪そうな波打つ黒髪の、朗らかな人物である。


 すると、柊さんを囲んで相談が始められた。ちらちらと残った二十二人を見てくる。なんだか難航しているようだ。


「どういう意図だろう?」


 久我に問うと、にやりと笑って答えが返ってくる。


「残りは、名前も人柄も把握してないってことじゃないのか」


「彼らに近い関係性の人も、クラス内で目立っている人も残ってる気がするが」


 久我が一段と声を潜める。


「排除したい顔触れがいるんだろう」


「うーん、状況がわかってるのかな?」


 転移した先の異世界で、条件がまったくわからない中で戦場に立つことを示唆されているのに、能力より人間関係を優先できるとは、ある意味ですごい神経だと言えそうだ。


 しばらく間があって、また反町が口を開いた。


「アリナ」


 呼ばれた留学生の少女、アリナ・エデルマンは、戸惑った表情で周囲を気づかわしげに見回す。小柄で痩身ながら姿勢のいい立ち姿に、金髪が映えている。


 この状態で周囲に気を配れるとは、なんといい子なのだろう。稲垣さんに背中を押されて進みだしたところで、次の名が呼ばれた。


「毛利さん」


 小柄で活発な女子、毛利梨央は陶芸部に所属している。クラスの副委員長として、那須とコンビを組む形となっている。陶芸部となると、取り巻き組の一人である八雲と一緒だ。他には、安曇も一緒だったはずだが。


 これで、半分の十八人まで、残りはあと二人となった。また、反町と早乙女が二言三言交わす。


 そして、反町が口を開いた。


「高梨さん」


 名を呼ばれたのは、ぼくにとっては古馴染みとなる高梨風音だった。孤高組女子の一人で、部活動は料理部となる。一方で、剣道ならぬ剣術道場に出入りしている使い手でもあり、それを知っていれば最初に呼ばれてもおかしくない。情報は、料理部つながりの柊さんが出どころだろうか。


 だが、高梨は腕を組んだまま動かない。姿勢のよさと整った顔立ちで、そうしていると彫像のようにも見える。


 すこし不審そうな表情を見せた反町が、そのまま続ける。


「そして、七瀬さん」


 呼ばれた瞬間に、動き出したのが七瀬。……七瀬瑠衣奈。こちらも孤高組の寡黙な女子で、手芸部所属だが、本来はスポーツ万能だったはず。やや小柄で痩身の少女は、すたすたと歩いて行く。


 十八人目が呼ばれたことで、いくつかの落胆の息が漏れた。その空気を切り裂くように、高梨風音が口を開いた。


「辞退させてほしいんだけど」


 最後に呼ばれた短髪の少女が、足を止めて振り返る。口を開いたのは、背後に選抜組を従える形となった反町だった。


「理由を聞かせてもらえるかな」


「あなたたちの中に入りたくないの」


 ……もうちょっと、言い方というものがあると思うんだけれど。


 遠目にも、早乙女嬢の瞳に怒りが閃いているのがわかる。その取り巻きたちから、生意気な、何様よ、的な声が上がった。まあ、彼女らの立場からすれば無理もない。


 選抜組への合流を拒否した風音の視線は、なぜか立ち止まった短髪の少女に、まっすぐに向けられている。


 しかし、彼女は口を結んだままで、前に向き直って進み出した。


 また、柊さんが男女の頭目級に呼ばれる。こちらをちらちら見ながら、名前をいくつか口にしては、否定されているようだ。


「渡辺」


 最後に呼ばれたのは、我らが情報文化部、略して情文仲間の渡辺悠真だった。とてもうれしげに顔を輝かせたが、ふと気づいた感じでこちらを見てくる。残ったぼくらに配慮してくれるあたりは、ナベくんらしい。にこっと笑って送り出す。これで、クラスは明確に二分された。




 残った十八人に配慮を見せることはなく、反町が男子を、早乙女さんが女子をまとめて何かを話している。リーダー気質という感じなのだろうか。そこは素直に尊敬する。


 自分が絡んでいなければ、とてもおもしろい演目だったのだけれど、周囲に悄然としている人たちがいるため、そうは言えない。


 控えめにざわざわとする中で、久我が囁いてくる。


「秋月が外れたのは意外だったな。藤ヶ谷か八雲の意向で外したんだろうか」


「ホントだね。デス・ゲームかもしれないという認識はあるんだろうか?」


「ないんだろうな。あったら、女王蜂の取り巻きは入れないだろう」


 まあ、日常を持ち込むことは、精神面への配慮としては有効かもしれない。そう考えていると、久我が続けた。


「体育系部活からは、源と有馬の水泳部陣も外れてたな。お笑いコンビ気質が嫌われたのかな」


「あとは、胡桃谷もだよね」


 端正な顔立ちの小柄な少年を見やると、あからさまに肩を落としている。反町と同じテニス部所属で、選ばれないというのはきついだろう。ましてや、世界での活躍が狙えるのではないかと期待された人物である。


 女子については、この場で口に出して触れるのは危険すぎるが、人格、学業成績、美貌のどの尺度でも選ばれておかしくない面々が残っている。


 周囲を見回すと、怒りを露わにしているのは、藤ヶ谷と同じく新聞部所属ながら選ばれなかった、一ノ瀬さんと山本の両名となっている。


 悲しそうなのは、テニス部所属の薄幸の美少年風の胡桃谷と、合唱部の服部さん。


 沈んでいるのは、バドミントン部の音海さんに、クラスで一、二を争う美少女と目される、チアリーディング部の芦原さん。


 そして、無表情なのが逆に深刻そうなのは、美術部男子の星野である。


 一方で、気にしていなさそうなのは、ひさびさの登校だった琴浪に、有馬と源の水泳部コンビ、料理部男子の西川、学業優秀な秋月。そして、合唱部女子の進藤さんも、落ち込んでいる様子はない。


 むしろ楽しそうなのは、にやけた表情がデフォルトの安曇に、やや恍惚の表情にも見える美術部所属の稲垣さんである。特に稲垣さんは、何を考えているのか想像するだけで怖ろしい。


 そして、自ら選抜組を辞退した高梨に、相棒の久我とぼくとで十八人。こちらが非選抜組、という形となるのだろう。


 高校のクラス内で生じる階層なんて、別の世界を持っているものには関係ないし、大学に進めば霧となって消えるものだ。そう思っていたが、こうやって特殊な形で晒されてしまうと、堪える者は多いだろう。

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