情動の竜剣士〜情動覚醒編〜

てんやあにき

第1話 情動;Level1

「じゃあお主も気をつけてな。最近はまた異獣があちこちで暴れ出しているそうだから道中気をつけろよ」

「あぁ……またな」


 友に別れを告げ、それぞれの帰路に体を向けて止まっていた足を再び動かし始める。彼の目に映るのは街灯が少ないせいか薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している住宅街。


 そんな不気味さももう何十年の時をここで過ごしている彼にとっては見慣ており、当たり前の情景となっていた。


「さみ……」

 そう言葉を漏らす彼の前に白いふわっとした何かがゆっくりと落下していくのが見えた。彼はふと空を見上げる。

 11月11日、日本で雪が降るには早すぎる時期だというのに、この灰色に染め上げられた夜空からは雪がちらほらと振り始めていた。


「雪……」

 

 __目の前が、モヤがかかったように霞み、頭の中には電撃のような痛みが一瞬通り過ぎ、同時に耳にはノイズのような荒れた音が響く。

 

 __目の前に映っていたのは、手紙を持った、少女の姿……



「……っ!!」


 彼は頭を左右に強く振る。

 荒れた呼吸を必死に整えてそして次に、強く歯を食いしばった。


(気のせい、さ……)


 彼は涙ぐんだ目をゴシゴシと強く吹き、天を仰いだ。

 大きなため息をはぁっ……と吐き捨てる。


 そして不意に腕を前に伸ばし雪をそっと受け止めるように手のひらを差し出した。ゆっくりと、雪が彼の手のひらに乗っかる。しかし雪は乗っかるとすぐに彼の手の温もりによって溶け、小さな水滴となってしまった。


 彼はしばらく手を差し出していた。

 積もることのない雪はただただ彼の手に乗っかり、溶ける。

 そして徐々に彼の手は濡れ始め、かじかんで赤くなっていった。


(帰ろう……)

 

 

 彼の名前は、歌語ハルト。

 ハルトは濡れた手を閉じることなく大きく上下に振って水滴を振り払った。彼の右手は、まだ湿った感覚と冷えた痛みに支配されていた。


 

  ◇


 ハルトは帰りを急ぐため、歩くペースを早める。

「もうこんな時間か、早く帰んねーとアイツにどやされ……」

 


 そんな時だった、『それ』が姿を現したのは。


 急に風が出てやがて暴風に変わり、小さい粒だった雪は大粒に、雪に少々混ざった雨は凍りついて霰に変わりハルト周りは……いやこのハルトが住む団地は突如として猛吹雪に覆われた。


「なんだ急に……!?」


 凍てついた風が、硬く固まった霰が、大粒の雪が、ハルトの全身を襲う。強風によりハルトは息が苦しくなり咄嗟に口の周りを手で覆う。その手もまるで殴りいたぶるように暴れる霰によって痛めつけられ,すでに彼の手は感覚を感じなくなっていっていた。寒さにより悴んでいたため既に真っ赤に腫れ上がりほとんど力が入らない状態だった。

 

(息が苦しい…寒い……)


「あれ……は…??」


 凍てついた風が顔面をハンマーで殴られた痛みをもたらす中で、ハルトは必死に閉じていた目をゆっくりと開けていった。


「……!?」

 

 彼の細く鋭い眼に映ったのは人影。ただし、人間にしては大きすぎるの影であった。それは徐々にこちらに向かってくる。一歩、また一歩、近づくたびに地面が揺れ動く。


「人……じゃない……」


 その影は、街灯の数少ない光で照らされ、姿を現した。

 

「こいつは……」


 ハルトは自分の目を疑った。

 彼の目に映っていたのは人間……よりもはるかに大きい図体をした『異獣』、であった。二足歩行でその化け物は全身を白と茶の毛で包まれ、唯一毛の生えていない顔はまるで猿……というよりは熊に近い形相をしていた。


(雪……男……か?どうしてこんな住宅街のど真ん中に……)


 そんなことを考えている間に、雪男はまた一歩ずつ歩み始める。


 ハルトの鼓動が、どんどん早まっていく。胸の痛みが彼を襲った。だがその痛みを忘れてしまうほどのはるかに雪男の大きな図体、この世のものとは思えない顔、そこから生み出される威圧感に恐怖した。


 人間と『異獣』の差。


 人間の、ハルトの本能が悟り、全身に、脳に語りかけている。


 __勝てない、そしてそれは死を意味するということを。



           ◇


 __俺達の住む世界は、およそ70年前に『次元』が変わった。


 一言で言えば俺達人間は人間ではなく神として認められ,今までの世界から神々の世界へ俺達の世界が転移した,ということだ。


 このことを人間のお偉い方は『転昇』と名付けた。


 この世界が転昇してから人間は神と認められ一人一つ、『異能』と呼ばれる神の力の一片を手に入れた。いわば超能力。人智を超えた奇跡の力。これにより人間はあらゆる不可能を可能にし更なる発展が進んだ。

 

 転昇した後に変わったことといえば、神との交流ができたこと。まぁこっちは偉い人たちがやりくりしているから俺達一般人にはあんま関係ないが,どうやらうまくやっていけているらしい。


 そして転昇した世界で最も気をつけなきゃいけないのは『異獣』の存在だな。神々の世界でも戦争が起こっており兵器として使われているのが『異獣』。それより高位で強い異獣を『神獣』と呼ぶ。


 この『異獣』はあらゆるところで襲撃してくる。この世界で生きるならここは一番気をつけなければならない。


 最も,気をつけたところで力の無いものは遭遇した時点でなすすべなく死ぬしか道は残されていない。



 そして俺は,その『異能』を今まで一度も発動したことはない,力のない者に当たってしまっている……つまり俺の結末は……。



  ◇

 


 雪男はとうとう、ハルトの目の前に辿り着いた。

 近くで見ると、更に威圧感と重量感が増して見える。全長5メートルと言ったところだろうか、そして意外にも雪男を包む純白の毛はサラサラでとても触り心地が良さそうな毛並みであった。


 凍てついた暴風の風切り音によって霞んでいるがハルトの耳には雪男の重厚感のある重い息遣い、唸り声がはっきりと聞こえていた。


「……やめ、ろ」


 そして……雪男はがっしりとしたその太い腕を天高く掲げた。

 ハルトもそれをかろうじて開けていられている眼でしっかりと見た。


 意味もあるはずもなく右手を雪男に向けて差し出しやめろと叫ぶ。


「俺は……!死にたく……」


 __死にたい、消えたい、じゃなかったのか?



「……っ」


 先程も感じた電撃のような痛みと何者かの囁きがハルトを襲う。

 


 __終わろうよ、ここで


 __解放されるんだ、やっと


 __これからも生き地獄に生き続け、闇に堕ちていくのか?


 __死ねよ、お前なんか。消えてしまえ



「…………俺は……まだ……」



 ふと見上げた霞んだ視界に映ったのは、雪男の振り下ろした大きな拳だった。


      

              ◇

 目を覚ますとそこは真っ暗な世界にただ一人ポツンと突っ立っていた。暖かくも寒くもない、何も感じない何もない世界。何も聞こえず,何も見えない。漆黒の闇がどこまでも続いていた。


「死んだ……のか?」


『にゃー』


 唖然とするハルトの足元に猫のような姿をした白い光がちょこんと座っていた。ハルトは膝を折りその光に目線を合わせるように屈んだ。


「……?」


『のいくあしらなとにかにめ?』


「は……?今なんて……?」


 しばらくその光を見つめているとその光は突然言葉を発した。しかしその言葉は日本語のようで日本語ではなく,聞き取ることも理解することもハルトはできなかった。



『解った!』


「お、おい!」


 その光は何かを察したのか,わかったとだけ言葉を発してハルトの方へ飛び込んで行った。ハルトは慌てて受け止めようとするが,彼の体に光が触れた瞬間眩く温かい光に包み込まれてゆったりと意識を失ってしまった。

 



          ◇

 


 気がつくと彼はいつの間にかまた現実に引き戻されていた。


 拳はもうすでに彼の真上に位置しており,1秒たたずともハルトを捻り潰せる。ハルトには,目を閉じる間も咄嗟に身を庇う時間も残されていなかった。


「俺は……まだ!!」


 次の瞬間雷が、落ちた。


 いや、発現したという表現が正しいだろうか。



 その一言で雪男は振り下ろした腕を意図せずすぐに引っ込めた。それはハルトの声に臆したからでも、急に彼に対しての情が湧き出たわけでもない。


 ハルトの掲げた右腕には白と黄が混合した電撃に包まれていたのだ。


「なんだよ……これ?」


 右手を引っ込めて改めて視線を送る。バチバチと唸る白い閃光に包まれた右腕を数秒じっと見つめると、他の体の異変にも彼は気づいた。


 右腕に限らず、ハルトの全身からは、稲妻と閃光が溢れ出すように出現し同時に放出されていた。不思議なことにハルトはこの稲妻による痛みなどは一切感じない。この稲妻の影響を受けたのは雪男のみ……。


「まさか……異能……?…っ!」


 考える暇もなく雪男が起き上がり大きな雄叫びを上げる。

 

 そして雪男はハルトに向けて大きく咆哮し、威嚇する。


「あんだけ死にたがってたのに、馬鹿だな、俺……。いっつもそうだ。ロープを持ったってナイフを腹に突き立てたって、高いところから飛び降りようとしたって結局ずっと死ねなかった」


 雪男をカッと目を開いて睨む。


「どんなに辛くても死ぬことはできない弱虫だ……。惨めで愚かで最悪な人間さ、俺は。やっと死ねると思っても出てくる言葉は死にたくない」


 彼の目からは涙が流れていた。その涙は恐怖によるものなのか、はたまた自己嫌悪によるものなのか彼自身も理解していたかった。


「そして土壇場で異能が覚醒とか俺は主人公か……?違う,俺は主人公にはなれなかった,ずっと。だからこそ死ぬわけにはいかないんだ……。俺は、まだ……!」



__辛いこと、嫌なこと、過去、罪、悲しみは日々増える一方。


__それでもまだ死にたくないと思うのは……。


「俺は主人公になってないんだ……!俺は!何も出来てない!」


__うまく言葉がでなかった、整理している暇もなかった。


__ただこの時は、言葉にしなくても、解放できた気がした。


__抱え込んでいたモノ、全部。



 『彼』の足元から背後にかけて荒れ狂うまるで津波の水流が、全てを燃やし尽くしてしまそうなほどの炎が彼の両腕に、全身からは先程よりもより多い稲妻が放出されており、とてつもない光を発している。

 彼の身体の周りには全てを切り裂くような鋭く冷たい風がまるで彼を守るように囲って吹き荒れていた。


 瞳は全て紫に塗りつぶされたようになって黒い涙が流れている。彼の黒髪は燃えたぎるような紅に染まりもはや人間とは程遠い容姿をしていた。


「お前で……発散させてもらうぞ……」


 


『あれ、討伐依頼してた雪男!の横のあれは…?』

『じゃ早速……ってなんじゃありゃ?!』


 先程まで住宅街を飲み込み暴れていた津波のような水流が一気に雪男に向かって突き進む。その水流の中にハルトも飛び込み稲妻を一気に放出させ電撃を水流全体に流し込む。


 水流が唸り,輝く。


「喰らえ」


 その言葉と同時に水流が雪男に到達した。雪男は暴れ狂う水流にあっという間に飲み込まれ水の中に閉じ込められた。そしてすぐにハルトが張り巡らせた電撃に襲われる。これには思わず水中で大きく咆哮する雪男。しかしその咆哮は誰にも届かない。


 彼の耳にだけは微かに篭って聞こえていた。

 

 酷く怯え,痛みを訴えているかのような叫び。


 そんな雪男の叫びを聞き流し,右腕を後ろに大きくふりかぶる。


「じゃーな」


 水の流れのまま、ハルトは雪男の目の前を到達。ハルトが攻撃をしようとすると同時に水流が勢いを失い空中で弾け飛んで水が滴り落ちる。

  

 その水滴を一気に蒸発させるほどの炎の腕が、雪男の腹に直撃し殴り下ろした勢いで地面へと一気に落下した。純白の毛皮はあっという間に黒焦げになり,雪男が口から吐いた血反吐は彼の炎によってすぐに燃え尽きた。


「まだ……足りねえ……もっと発散させろ!!」


 そう言って右手を上に振りかざすと再び竜巻のような水流が背後に発生し,二人の間合いにはとんでもない暴風が吹き荒んでいた。

 

(気分がいい……!久しぶりだ……こんな感情は!)


 ハルトの髪が毛先から徐々に白く染まっていく。


「もっと……!ぶつけさせろ!!」

「それはあかんな」


 ドッと鈍い音が静まり返った街にひっそりと鳴る。

 その音同時にハルトの首に激痛が走り,視界が霞む。


 ハルトの体に現れたさまざまな『力』はまるで蝋燭の火を誰かが息を吹きかけたようにふっと消えた。変色した髪も,瞳も元の黒色に戻り,浮かんでいた彼の体はゆったりと空気の抜けた風船のようにストンと落ちていった。



 やがて,ハルトの視界と意識もどこかへ行ってしまった。








 __俺は成田,こっちは相棒の三葉。

 __歌語の息子

 __俺……これからどうなるんですか

 __君の感情に応じて能力が変化する『異能』…面白い。



 __守護者<ガーディアン>になりなさい




                        

第一話完

 

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