みんな大好き潮見先輩

夕凪沖見

前編

 潮見先輩が最後に部室に来たの、いつだったっけなあ……

 受験もせずに就職決めて、ウィンドアンサンブルに加入して音楽続けると言ってた。プロは無理だようと言ってた時の口調、可愛かったな。


 面倒見のいい先輩って男からも女からも好かれるものだけど、潮見先輩は同級生からも仕事が押し付けられ気味で、そんな性格から周りから良いように使われる所がある人だった。

 クラスによくいる、目立たないけど密かに二、三人の男子には思いを寄せられている……そんなタイプの先輩だ。

 派手な格好はしていないし綺麗な人だと思うけど、ちょっと地味な印象を受けやすいので、見た目重視のクラスメイトなんかは、大体自分の推しの引き立て役に潮見先輩を挙げる。そういう扱いは腹立たしいけど、何だかんだと人気者だし、気になる人と言っているようなもんだ。

 かくいう僕もそんな潮見先輩を密かに慕っている一人である。

「よう吉浦君、まさかと思うが卒業するからって事で告白するつもりじゃないよね?」

 式も終わって校内のあちこちで卒業生に在校生や教師と保護者が別れを惜しんでいる。

 僕は下足入れ前で捕まった潮見先輩から十五メートル後方で今日が最後と眺めていた。そこに声を掛けてきたのが川尻君だ。

「機会はまあ、伺っている」

「そんな抜け駆け、他の奴が許すと思うか?」

「これっきりなんだ、チャンスがあればそりゃ行きたいさ」

「そんな君に朗報だ。昨日矢野先輩が玉砕した。男から見ても結構気合が入った良いアプローチだったそうだ」

 盛大に出鼻を挫かれる。矢野先輩でダメとかハードル高すぎじゃないか?いや、それ以前に潮見先輩の所に辿り着けるハードルとやらはどういったものなのか……

「ああ……結局潮見先輩の好みがわからんままここまで来てしまった」

「少なくとも運動部は苦手までは判っている」

 川尻君の分析はみんな知ってる。まあ、何故か運動部の人からあの人告白されまくってたからなあ……結構うんざりしてたと女子からは聞いている。

「前部長の須波先輩ですらフラれたもんな……」

「潮見先輩のファンは結局、プライベートはおろか好みの男のタイプすら解析できなかった」

「無駄に紳士協定厳しくて、足の引っ張り合いしていたからな。ただのヘタレの集まりだろう」

 なお、そのヘタレには当然言ってる僕も含まれる。

「俺たちの誰かが告白する事で、潮見先輩の笑顔が曇る所を吉浦君は見たいのかな?」

「それ、潮見先輩が紳士どもの誰から告白されても不幸になるって言ってね?」

「いやまあ正直ファンクラブ的な連中から告白されるなんて、幸福になるビジョンが描けるかい?神と信者が対等になれるかい?必ず……不幸になるだろう?潮見先輩に選ばれるのは一人な訳だし…………って、一人、だよな?」

「知るか」

「まあ、潮見先輩のパートナーになり得た以外の紳士たちはもれなく不幸のどん底だ。下手に同志と思っているから余計にな」

「面倒臭いなほんと。なんでこんなことに……」

 潮見先輩が好きな男は似た者同士なのか、女子相手のコミュ力弱めの文系男子が多かった。

 当初はお互い牽制や抜け駆けを仕掛けたりするが、基本同志として潮見先輩の魅力を語り合ったり、先輩の情報共有をしてキャッキャする平和な集団だった。

 だが、連帯感が強くなるうちに、面倒な紳士協定やアイドルのファンクラブの様な無言の圧力と不文律が横行するようになる。

 僕はそう言う事にうんざりして、年明けからは彼らと距離取っていた。

「それに何より、潮見先輩の彼氏の横暴を我慢する顔や、こんなはずじゃなかったという顔をする事を想像すると、本当にいたたまれない」

「来るか分からん不幸をなんでわざわざ想像して落ち込むんだよ。根性出して幸せにするって何故言えない?」

 僕の言葉に川尻君は吐き捨てるように呟く。

「紳士たちはみんな……奥ゆかしいんだよ!」

「物は言いようだな!」

 バカバカしくなった僕は紳士どもと一生傷の舐め合いは御免だと一念発起して、うだうだ言い続ける川尻君をその場に残して潮見先輩を囲む女子集団に突撃する。

「潮見先輩!」

「あ、吉浦君」

 僕の声に振り向く塩見先輩の笑顔は今日も素敵だ。

「その、卒業おめでとうございます」

「ありがと。パートリーダー、頑張ってね」

「潮見先輩みたいにみんなをまとめる力ないですけど、頑張ります」

「うん、君ならきっと大丈夫だよ」

 いかにもな卒業シーズンの一コマ。

 僕は去年、潮見先輩が風早先輩から後は任せたと言われてボロ泣きしていたのを思い出す。

 潮見先輩の涙は美しかったし、僕も先輩を支えて頑張ろうと思えた。でも潮見先輩、僕には激励だけで涙とか無い。というか今日全然泣いていない。意外と淡泊?

「それで……その」

 意を決して顔を上げる。

 先輩を囲んでいた女子連中に『すまん、今から言う』とアイコンタクトを送る。

 潮見先輩の取り巻きトリオからは『骨は拾ってやる』『引きこもらないでね。人生長いよ?』『先輩悲しませたら処す』という返事が返って来る。全員見事に僕がフラれる前提で見てるし、茶番の目撃者って感じで変にウキウキしている。有体に言って腹立たしい。

「一年の時からずっと先輩の事見ていました。憧れてました。そして何より、先輩のことが大好きでした。僕と、これからも、会ってもらえませんか?」

 おおう……というどよめきとも感嘆とも言えないうめき声が取り巻き三人組から漏れる。

「吉浦君……私なんかで、いいの?」

「先輩じゃないと、僕は嫌です」

 いつものちょっとネガティブな言葉を塩見先輩が吐く。だから僕も発言を被せるように直ぐ言い足した。けど正直先輩の表情は、オッケーなのかダメなのかわからない……やっぱり無謀だったかと諦めの思いが心の中に広がる。

「ん……こんな私で、良かったら……」

「やっぱダメで……へ?」

 潮見先輩は、にっこり笑って僕を見る。

 反応に困った顔も可愛いと、申し訳ないけどそう思った。


 結局何が勝因だったとか良く分からない。

 あのあとLINE交換して電話番号をゲット。

 LINEになんてメッセージ送ればいいか悩んでいるうちに三日経過し、先輩からなんで連絡寄越さないかの抗議の電話が来て謝り、「デートに来ていく服を選ぶデート」というおよそカッコ悪い初デートに付き合ってもらううちに自信が付き、同志諸君の手荒い祝福を一年間受け続けながら楽しく過ごした。

 いや結構気合入った闇討ちとか、不幸の手紙なんてものも生まれて初めてもらった。

 なんでこう粘着質なライバルばっかなんだと嘆いたけど、先輩就職先の男連中からも結構人気があるようで、職場の話を聞いててもちょっかい掛けられてて未だに油断ならない。

 特に営業次長とかいうやつ、お前妻帯者だろ。先輩に手出ししたら人生破滅させてやると割と本気で思っている。


 それでまあ今幸せかと問われれば、もちろん幸せだ。

 頻りにデートで僕の作ったお弁当を先輩にせがまれたり、先輩の家に上がり込んで料理を教える体でいつも殆ど僕が作ったり、早く運転免許取れと頻りに言われるのだって、幸せだ。

 料理下手だったり超絶ビビりだったりしても、それが彼女だと思ったらすべて許せる。そういうものだと思う。


 続く

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