桃から生まれた最強テイマー~落第転生者が固有魔術【博愛のキビ団子】で童話のような異世界を生き抜く! 女先輩魔術師と共に、世界を呪う魔女を討つ冒険譚~

にんじん漢

第1話 試験帰り

 「あのーすみません。モモクレスさんですよね」


 「そうですけど。あなたは?」


 試験会場から出たと同時に後ろから男性に声を掛けられた。今の僕の見た目が10歳の少年であるのにやけに敬意を持って接してくれている。


 「あはは、そりゃあ覚えてないですよね。僕も国家魔術師試験を受けてたんですよ。あなたと違って実技の段階で落ちちゃいましたが」


 国家魔術師。魔術をと呼ばれる特殊能力を用いて国家の安全を守るエリート公務員である。その任務は、魔獣の討伐や災害の収束、さらには魔女の討伐など多岐にわたる。合格者は「魔術の頂点」として国民からも憧れの目で見られている。もちろん給料もすこぶる高い。


 僕に話しかけてきたこの青年も僕と同じ受験生だったようだ。団子のおすそ分けをくれたので、それを食べながら彼の話を聞く。


 「それにしてもモモクレスさんの実技試験は凄かったですね。魔力操作も熟練級で、試験官も圧倒しちゃうし。このモノノフの国の歴史を変える神童が現れたって会場中で話題になっていましたよ」


 「いやーそれほどでもありますね。山にこもって修行した甲斐があるってもんです」


 「その歳で山籠もりですか。やっぱそれくらい努力しないと強くなれないんですね。これからのモモクレスさんの国家魔術師として活躍を願っています。僕をあなたのファン第1号にしてほしいくらいです」


 そう言われて僕は返答に戸惑う。目を輝かせてる彼には申し訳ないが、事実を伝えるべきだろう。


 「えっとあのー。実は試験には落ちたんですよね」


 「え!?実技であれだけぶっちぎりの結果を残したのにですか」


 「うん。そのー、普通に筆記で。山籠もりの弊害が出まして」


 実技を突破したのは僕を入れて4人。その4人が筆記試験を受けて僕だけが不合格になったのだった。


 「最終試験なんて簡単な筆記試験だったでしょ。あそこまで残ってたら全員合格って言われてるのに…」


 「いやー、その筆記が1割しかできなくて不合格になったんですよね。ハハハ…」


 「ええ…」


 ドン引きされている。僕だってビックリしている。まさか筆記があそこまで難しいとは想定外だった。


 「筆記は名前を書ければ受かるって聞いていたんですが」


 「ふっ。誰ですか、そんなふざけたことを吹き込んだのは」


 鼻で笑われてしまった。これを吹き込んだ師匠には文句を言ってやらないとな。まあ今どこにいるか分からないんだけど。


 「まあ筆記なんて勉強すれば来年は受かりますよ」


 「…そうですかね」


 こうして彼との会話は終わってしまった。お互い気まずくなってしまったのだろう。


 筆記対策か。1年間勉強するのも面倒だし、国家魔術師は諦めるか。でもやっぱり僕の目的のためには国家魔術師になっておいた方が便利なんだよなぁ


 そんなことを考えていると突如馬車が急停車をした。馬車を引く馬が混乱して鳴いているのが聞こえてくる。そして馬車が旋回を始めた。


 僕と青年は窓から顔を出して何事か確認する。どうやら馬車の前に熊が現れて、それから逃げるつもりのようだ。


 「こんなところに熊の魔獣が!?道には出てこないはずなのに」


 どうやら緊急事態のようだ。


 馬車は今来た山道を逆戻りしていくが、熊はその後ろを追ってくる。


 「お客様たちにはご迷惑をおかけします。想定外なことに道に熊が出たので、安全圏まで一度引き返します」


 御者のお爺さんが馬車の中へと向けてアナウンスすると、馬車内がざわつき出した。熊に襲われてるとあってはパニックになるのも仕方ないだろう。しかもこの熊はただの熊ではなく、魔力によって身体能力が強化されている魔獣と呼ばれる強力な生物なのだから。


 「ちょっと早く逃げてよ。熊がピッタリ追ってきてるじゃない」


 窓から後ろの様子を見た女性が不満を漏らす。たしかにこれではいずれ追いつかれて全滅してしまうだろう。


 「…仕方ない。やるか」


 僕は窓から飛び降りて馬車の前へと走り出す。「何やってるんですか!」という青年の呼びかけは無視だ。


 熊は全部で8匹。その全てのターゲットが馬車から僕へと移った。


 熊は通常のものより一回りは大きく、全長4メートルはある。並の魔術師では苦戦は免れないだろうが、僕ならやりようがある。


 「相手が悪かったな」


 僕は魔力を解放し、それを右手へと集中させる。そして薬指の先へと集まった魔力が球状に変化する。これが僕の能力。


 「喰らえ!支配の黄団子チャームボール!」


 魔力を一口サイズの黄色い団子へと変化させ、それを8匹の熊たちの口の中へと射出する。


 次の瞬間、熊は走るをやめて急停止して、僕の前に整列した。まるで自我を失っているかのように。


 「よし。じゃあすぐに元いた場所に帰って。もう戻ってきちゃダメだよ」


 熊たちは僕の命令に従って道を外れて森の奥へと帰っていく。


 これが僕の能力。生成したキビ団子を食べた対象に命令を聞かせることができる。口頭での指示が必要で、遠隔での精密な操作などはできないが、その分遠くまで効果を持続させることができる。この熊たちが森の奥まで帰るまでこの能力は解けないだろう。


 しかし能力が解けた後はまたこの道に戻ってくるかもしれないので、一応近くの町に報告などはしておいた方がいいかもな。


 「これでひと段落か…ん?」


 熊たちが帰った方向とは別の方向からガサガサっと草を分ける音が聞こえた。警戒していると、そこから次は全長6メートルはある、先ほどよりも巨大な熊が現れた。


 僕は直感で察した。


 「お前があいつらのボスか」


 恐らくこいつがあの熊たちをこの山道まで誘導してきたのだろう。こいつをどうにかしないとこの道の問題を解決したとは言えない。


 「お前も食らえ!」


 僕は再び支配の黄団子チャームボールを射出したが、この巨大熊には顔を背けられてしまった。先ほど8匹の熊が団子を食べたことで操られていたのを見て学んだのだろう。頭のいい熊なこと。


 巨大熊はその巨体を急加速させて突っ込んできた。僕は横に跳んでそれを回避する。


 巨大熊が僕の横を通り過ぎる瞬間、その背中から肉の触手を出してきた。その触手が僕を捕えようと襲い掛かってくる。


 「なんがこれ気持ち悪っ!」


 触手を回避すると、僕を捕え損ねた触手が地面に突き刺さる。そして土の地面に深々と穴を開けた。これは捕らえるのではなく、刺し殺すつもりなのかもしれない。何にせよまともに相手するのはまずい」


 「悪戯の白団子トリックボール!」


 僕は次に右手中指へと魔力を集中させて白い団子を生成する。それを触手の先端や巨大熊の足元に向かって撃った。


 先端に白団子を付けた触手は、今度は地面を穿つことができず。そのまま地面に張り付いてしまった。熊本体も白団子を踏んだことでねっちょりと地面に張り付いて、動きにくそうにしている。


 白団子の能力は、粘着性と弾力を活かしたトラップとしての活用だ。これにより相手の動きを封じることができる。


 これで支配の黄団子チャームボールを食わせることができるかな。


 「いや…まだ何かあるのか」


 巨大熊はまだ諦めていない。熊の触手の先端がうにょうにょとうごめき出した。次の瞬間、変形した触手によって僕の白団子は全てのみ込まれてしまった。


 それだけではない。白団子を踏みつけている巨大熊の足もうにょうにょと変形して団子を飲み込んでしまった。元に戻った巨大熊は僕への突進攻撃を再開する。


 「くっ。仕方ない。動物はあまり殺めたくなかったんだけど」


 山道に熊を誘導して人間を襲わせるような熊だし、山奥に帰ってくれないというなら駆除してしまうしかないか。


 僕は次に人差し指に魔力を集中させる。突っ込んでくる巨大熊の額へと指を向ける。狙いを定めるために逃げはしない。しかしあまり離れていると十分な威力を発揮できない。ゆえにギリギリまで近づくまで引き付ける。


 今だ!


 「破壊の黒団子ボールバレット!」


 人差し指の先に生成されたのは黒い団子。これは極限まで固く強化されている。それを弾丸のように飛ばした。


 黒い弾丸は巨大熊の額を捕え、貫通した。息絶えた熊は走る力を失い、ズサーと僕の足元でこけた。


 「ごめんな。埋葬はしてあげるから」


 僕は熊の頭を撫でてやる。すると死んだはずの熊の背中の触手が再び動き出し、僕はそれに捕まってしまった。


 「しまった!」


 油断した。確実に殺したはずだったのだが。いや熊は死んでいる。この触手だけが生きている。


 この触手は熊とは別か。触手が熊を操っていたんだ。


 それに気づいたときにはもう手遅れで、僕は触手に完全に捕まっていた。寄生先の熊が死んだことでそのパワーは格段に落ちており、絞殺されることはなさそうだ。引きちぎって脱出するのも時間の問題だ。


 しかし触手は僕の命をどうしても奪うつもりのようだ。


 巨大熊の体全体の肉がうごめき出した。さらに光と音を放ちだした。


 「おい嘘だろ。まさか自爆するつもりか」


 僕の予想を裏付けるように、光と音が強まっていく。


 僕は魔力を操作して体全体を防御する。助かるか。いや流石に吹き飛ぶか。こんなところで死ぬなんて。


 ドーーーン。


 熊の肉体が小爆発を起こした。


 どうなったんだ。意識はあるが、痛いのかどうかの感覚が分からない。まさか首から下が吹き飛んだとかじゃないだろうな。


 煙が晴れると、僕の目の前の地面にクレーターが出来ており、その中心に熊の肉片が転がっていた。


 僕の体は無事だ。よくみると自分の体の周囲を煌めく膜が覆っていることに気づいた。


 「これは…シャボン?」


 「よかった。無事だったみたいだね」


 背後から声が聞こえた。力を失った触手を引きちぎりながら振り向くと、そこには女性が立っていた。


 紺色の髪をハーフアップに結ぶ美人な女性だ。引き締まった肉体からは練りあげられた魔力が溢れている。彼女が何者なのかはすぐに分かった。彼女の青い服の胸に、国家魔術師であることを示す刀の紋章が刻まれていたから。


 「危ないとこだったね。私は国家魔術師のカリン」


 これが僕とカリンとの出会いだった。

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