フェルニアスの剣
理乃碧王
前編
古より伝わる白鋼の剣がある。その剣は白絞色の刃軸を持ち、月の光に射されるたび、凝りつくことなき光の緋箔を放ったという。その剣は無名ではあったが、ある時から<フェルニアスの剣>と呼ばれるようになった。名の由来は白銀の體を持つ<人狼フェルニアスの骨>より生み出されたことによる。
フェルニアスの骨は神秘と力の象徴とされていた。その骨はただ硬いだけではなく、鋼よりも優れた柔軟性を持ち、鍛冶師の手によって容易に加工が可能だったと言われている。この性質は通常の金属では不可能な強度としなやかさを兼ね備えた武具を作り出すために理想的であり、古代の鍛冶師達の間でも特に貴重視されていた。
そんな曰く付きの<フェルニアスの剣>であるが、伝承では王国ピュリタニアにある隠れ里<モーンリス>に存在すると言われている。その威力は凄まじく、魔獣の固い肉を斬り、龍の骨を断ち、鉄を容易く裂くと伝わる。この剣の持ち主は太古の鍛冶師であり、各地で魔獣退治を行ったとされる小さな英雄アグナス。
最近発見された歴史書の記録では彼は実在の人物で、銀灰色の髪を持つことから<灰月の鍛冶師>と呼ばれていた。記録ではこのアグナスという男は孤独だったという。幼少期、彼は鍛冶師オリンに育てられたが母の記憶はない。
母はアグナスが生まれて間もなく流行り病により亡くなり、彼はオリンにより男手一つで育てられた。父オリンは無口で厳格な人物で、幼いアグナスに容赦なく鍛冶の技法を叩き込んだ――それは父としての愛情、息子に生きる術を与えるためであった。
「アグナス、最初にしては上出来だ」
アグナスが最初に作り上げた剣は幼い手の中で何度も形を変え、やがてひとつの形を成した。その剣は粗削りではあったが、どこか不思議な輝きを宿していた。オリンはそれを見て初めて微笑み、「お前は剣に魂を込める男になるだろう」と呟いた。
しかし、運命は彼ら親子を過酷な試練へと導いた。ある夜、鍛冶場の火が消える前に、闇にまぎれて現れた一団がいた。その者達は銀の毛で覆われた人狼の集団で鋭い牙と金色の瞳を輝かせていた――。人狼達は「フェルニアスの一族」と名乗った。彼らはオリンを取り囲むと、激しい怒りをぶつけるように声を上げる。
「人間よ、禁忌を犯したな! 何故、我が愛するルナリエを安寧なる<モーンリス>へと弔わなかった!」
その言葉にアグナスは何が起きているのか理解できなかった。<モーンリス>とはどこなのか、この怪物達は何故父のことを知っているのか、疑問を持ちながら暗い床下に隠れ、息をひそめ、床板の隙間から覗き聞いていた。
幼きアグナスが隠れることが出来たのは、オリンが鍛冶場の異変を先に察知したからである。鍛冶場の周囲に漂う不穏な気配、遠くから聞こえてくる低い唸り声。何かを秘匿とする彼の直感が、夜の危険を確信させ、愛する息子を匿うことが出来たのだ。
「禁忌だと? それが何だというのだ?」
オリンの声は静かだったが、その底には揺るぎない意志があった。
「愛しいものの遺骨を使い、剣を鍛えた。それの何が問題だというのか。あれはルナリエ自身の願いでもある――になりたいという想いだ」
途中、アグナスは父の声は全く聞こえなかった。恐怖もあるが、人狼達の唸り声により書き消されてしまったのである。
「私は後悔していない」
オリンの言葉を聞いた瞬間、人狼達は一斉に吠えた。その声は、怒りと悲しみ、そして憎悪が混じり合ったものだった。その吠え声は鍛冶場を震わせ、火床の赤い炎が揺らめき影を踊らせた。暫くして、父オリンの断末魔が聞こえた――。
「父さん!」
音が消え、沈黙が訪れた。どうやら恐るべき人狼達は去って行ったようだ。何もないことを確認したアグナスは床下から這い出ると、即座に変わり果てた父の姿を発見した。体中は鋭い爪で切り裂かれ血まみれとなり、息も絶え絶えとなっていた。
「アグナス、父の願いを聞け――お前は打ちかけの剣があることを知っておろう」
オリンの声はかすれて弱々しかったが、その中には確かな決意があった。彼の手は震えながら鍛冶台の方向を指していた。その先には未完成の剣が置かれている。
この剣はアグナスが物心ついたときより打たれているも未完成品だった。未完成品ではあるが、その刀身からは淡い光が脈動しており、まるで命を持つかのように鼓動を刻んでいるようだった。
「この剣は――お前が完成させるのだ――それがルナリエの魂との約束――」
その言葉を残すとオリンは息を引き取った。ルナリエとは何者なのかはわからないが、冷たい父の手を握り、アグナスは決意する。この未完成品の剣を完成させようと、また父の仇を討とうという漆黒の炎を胸に燃やすことに――。
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