第11話.冒険・親交




『さて、じゃあ出発しようか』


『はい!』


 2人で村の道具屋に行き、探索の準備を整えてから僕らは村を出発した。


 魔法の書の材料は【スイギュウの革】、【ポプラの木材】、【ジョロウグモの糸】、【スライムの粘液】、そして【妖精の粉】が必要になる。

 その他の材料はある程度簡単に入手が出来るが、【妖精の粉】を手に入れるのは少し大変だ。通常のエリアで入手できることもなくはないが、かなり確率が低い。妖精の粉は名前の通りに妖精が落とす粉なのだが、妖精はかなり出現確率が低く、ドロップは更に確率が低い。

 しかし、そんな妖精と高確率で会える場所はちゃんとよういされており、それがワールドマップの西の方にある【長閑の森】だ。


 イシュタルの休日内には各々が暮らす村や特にイベントが設定されていない高原などのフリーエリア、ワールド内で特別にイベントが用意され場所が固定されているネームドエリアが存在する。そして【長閑の森】は後者にあたる。


 僕たちが暮らす村から長閑の森を目指すのは、なかなか面倒くさい。なにせこのゲームには車や自転車は存在しない。材料を集めればパラグライダーは手に入るらしいが、それを作るための素材を集めるのもまた手間がかかるため、素材のない今回は歩いていくしかない。

 まぁ、遠足みたいなものだと思えばそんなに悪くはないだろう。


『私、初ログイン時以外に村を離れるの初めてです!』


『そうだね、僕も最近は探索してないかも』


 以前は今着ている装備を整えるために、南にある【鏡面の海】に素材集めに行ったりしたが、定住する村を決めてキタマリさんと一緒に遊ぶことが多くなってからは遠出していない。


『僕が敵を倒していくので、援護と素材回収お願いしますね』


『任せてください!』


 役割分担は、僕がモンスターの討伐、キタマリさんが戦闘中の周囲への警戒と素材回収だ。昼間はモンスターの出現が低いとはいえ、ゲーム内時間で3日も歩けば流石に戦闘を避けられない。そのために僕が代わりの武器や防具や薬草に食料を持ち、キタマリさんにドロップアイテムの回収を任せている。僕が死んだら長閑の森の場所を知らない彼女は見知らぬ土地に取り残されてしまうため、HP管理もしっかり行わなければ。


『でも!昼のモンスターなら1人でも充分!』


 僕は【暴れウシ】へと剣を振り下ろす。

 暴れウシは3発ほど剣を叩き込んだら【ポンッ】というSEとともに煙を出しながら消えた。


『流石みちるさん!強い!カッコ可愛い!!!』


『全くそんな大したことじゃないですよ……』


 モンスターを倒した僕を大袈裟に褒めそやすキタマリさんに、苦笑いが溢れる。イシュタルのモンスターは、以前プレイしていた戦闘系ゲームであるハイファンに比べたら亀みたいに遅い。特殊な攻撃パターンもないし、ゲージが3本ないし即死攻撃も撃ってこないから、本当にそんなに褒められるようなことではないのだ。


『キタマリさんもやってみたら出来ますよ』


『嫌!そもそも動物に攻撃するのも嫌』


『あー……』


 顔を顰めて首を振ったキタマリさんの態度で、僕はハッとした。

 確かに、派手に血が出たり悲惨さがないから実感が湧かないが、やっていることは確かに動物の屠殺や虐待だ。イシュタルに登場するモンスターはデフォルメチックではあれど動物の原型は留めているものが多いから、彼女のように動物が好きな人からすると嫌な光景かもしれない。ゲームに慣れすぎて、そこまで配慮が回らなかった。

 僕はキタマリさんに素直に謝罪した。


『すみません。キタマリさんは動物が好きって聞いていたのにデリカシーのないことを言ってしまって…………』


『いえ!みちるさんは何も悪くありませんよ!むしろそんなやつがこんなゲームすんな!って話ですよ』


『ゲームのプレイ方法は人それぞれだから、いいと思いますよ』


 そう例えば、男が女の子の格好をしたりだとか。

 そういう遊び方をしたって、本当はいいはずなんだ。

 だって、ゲームなんだから。




−−−−−−−−−−−−




『みちるさんって、ゲームうまいですよね』


 長閑の森を目指して約一時間。日が暮れてきたタイミングで僕たちは、一旦キャンプセットで仮拠点を作ってそこで休憩をすることにした。その間に各々トイレに行ったりおやつを食べたりして、再び集合したときに、キタマリさんは唐突にそんなことを言い出した。


『え?そうですか?』


『そうですよ!上手いし、こう…………こなれてる?』


 キタマリさんの鋭い指摘に、話の流れが良くなくなる空気を感じて、僕は内心冷や冷やする。


『他にも何かゲームしてるんですか?』


『いや、今は何も…………』


『じゃあ前は?』


『うぐっ』


 やばい!ここで迂闊にハイファンをしてた、なんて言って「え〜あのVRアイドルとかがやってるやつですよね!私も満月知ってます!」なんて流れになったら平静を装える自信がない!けど満月をやってた頃も他のゲームなんてしてないし、パッと話題にできそうなゲームの名前が出てこない。


『(ど、どうしよう!?)』


 あぁこんなことなら他のゲームももっと遊んでおくんだった!一つのゲームに集中したいからとか、課金先を絞るためにとか、獅子王のアレコレで制限してたのが、こんなところで裏目に出るなんて!


『あぅ…………、


ごめんなさい。この話、あんまり話したくないです』


 結局、特に何かいい話題の逸らし方も思い浮かばず、僕は素直にそう打ち明けた。これはこれで不自然な話だし、せっかく僕に興味を持ってくれた彼女に対して失礼ではあるのだが、フレンドにだって打ち明けられない秘密や話さなくていい話題だってあるだろう。

今回こうして「話したくない」と明確に伝えておいたら、気配りの出来るキタマリさんはこの話題を振らなくなるだろう。

 ただ、僕の言葉はキタマリさんに当然ショックを与えてしまったようで、彼女はブンブンと首を大きく左右に振った。


『特に深い意味があったわけではなく、きっともっと戦闘バリバリのゲームなんだろうなーって興味本位だったんです!踏み込みすぎたこと聞いてごめんなさい!!!』


『いや、僕こそ過剰反応してごめんなさい。でもちょっと悲しい思い出があって』


『大丈夫です!話したくないなら話さなくて!』


『ありがとう。確かに、結構激しいゲームではあったかな』


 カッコ可愛いアバターを売りをしているから誤解されがちだが、ハイファンは魔物やプレイヤーと剣や魔法、ときには拳で戦うガチガチのアクションゲームである。ダウンロード数こそ多いが、継続プレイヤー人数で見るとそうでもないのは、このギャップに心折られた人たちがいるからだ。「満月ちゃんに憧れてハイファイ始めました!」って言ってくれた子たちが何人いなくなったことか。


『キタマリさんはあんまりゲームしないんだったよね』


『そうですね。やるにしても普通の個人プレイのゲームとかソシャゲとかばっかりだったんでMMOなんて初めてで未知の世界ですよ。初めて会えたのがみちるさんでよかったです!』


 キタマリさんはそう言ってくれるが、それはこちらのセリフだ。僕みたいな人間と友達になってくれて、改めて誰かとゲームする楽しさを教えてくれた。


『あっ!みちるさん、夜が明けますよ!』


『うん』


『綺麗ですね』


『うん』


 キラキラと太陽を浴びて金色に輝くキタマリさんの髪が眩しくて、僕はそっと目を細める。


『(僕が月の精霊なら、彼女は陽光ひかりの精霊かもしれないな)』


 なんてキザな言葉は心のなかに沈ませて。


 月が沈んで暗い夜が明けて、世界が光で満ちる。

 そんな世界は、とても美しかった。




−−−−−−−−−−−−




『着きました、ここが【長閑の森】です』


村を出発してから2時間。僕とキタマリさんは目的地である長閑の森についていた。


 遠くに見える巨大な世界樹と、その周りに取り囲む色とりどりの花を咲かせる木々。足元には柔らかな苔が絨毯のように敷き詰められていて、柔らかい。人の背丈ほどある植物たちは淡く光ったり、光を受けて羽衣のように透けていたり、とても幻想的な場所だった。



『これが【長閑の森】……』


 まさにファンタジー世界!っといった幻想的な空間に、キタマリさんは感嘆の息を吐いた。僕はキョロキョロとあたりを見回すキタマリさんを先導して、僕らは更に奥へと進んでいく。


『すごい…………アニメの中みたい…………』


『妖精が住むのはもうちょっと奥です』


 案内役として冷静なフリをしている僕だけれど、実は内心、とてもワクワクしてる。

 やっぱり体験型VRの醍醐味は一人称視点で繰り広げられるリアルな非現実だ。ゲームの中なのにこんなに綺麗な景色を見られるなんて、技術の進化様様だ!VR全盛期時代に生まれて来てよかった!きっと時代が進化していけば、景色や体感だけでなく、木漏れ日の暖かさや草の匂いをゲーム内に再現できるようになるに違いない。そうなればゲームはもっともっと楽しくなるだろう。その日が待ち遠しい。


 僕らは薄紫色の藤の花のトンネルをくぐり抜け、森の更に置くまで進んでいく。木々の隙間からは暖かそうな日の光が差し込み、とても幻想的だ。


『(凄く写真映えしそう…………)』


 ふとそんな事を思いつき、つい身体が疼く。満月のときの癖か、雰囲気の良さそうなスポットを見つけると思わず写真映えを気にしてしまうのだ。ここは撮影スポットとして優秀だと思う。


『(VRアイドルは辞めたけど、普通に写真を撮るのは不自然じゃないよね?)』


 だってみちるだって凄く凄く可愛いし、こんな映える場所で写真を撮らないと勿体ない……!

 僕はくるりと振り返り、意を決してキタマリさんに声を掛ける。


『ごめんなさい、ちょっと写真を撮ってもいいですか?』


 どうか変だと思われませんように!


 心の中でそう祈る。しかし、


『あぁ!いいですね!私も絵の参考にしたいから撮っちゃお〜』


祈りなど必要ないほどケロッとした様子で、キタマリさんは自分も写真を撮り始める。流石美大生、人が写真を撮ることに対して何の疑問も疑惑も持たないようだ。


『あ!みちるさんの写真も私が撮りましょうか?カメラの角度は自由に変えられるとはいえ、やっぱ人に撮ってもらうとそれっぽくなる気がしますし』


『いいんですか?じゃあお願いしたいです』


『まっかせてー!』


 しかも願ったり叶ったりの申し出までしてくれた。しかもキタマリさんは写真のセンスまで良かった。VRアイドルの写真集に出しても申し分ないくらいの、的確な角度に構図。


『(キタマリさん、将来絶対成功するだろうな…………)』


 そうして目的の場所に着くまで、僕らは2人で写真を撮りながら歩いた。


 どんどん森を進んでいって、ツタで隠された洞窟を見つける。そこが、妖精の住処の入口だ。


『わっ!こんなところに洞窟が!?よく気づきましたね!』


 またしてもキタマリさんが大げさに褒めてくれるが、こればっかりは僕の手柄ではない。


『これは攻略サイトの情報なんです。この赤い花が目印だって書いてありました』


『でも私は赤い花が目印だって言われても、絶対どれか分かんないです』


『はは、そんなに難しくないですよ』


 ハイファンでは(以下同文)。エリアボスに辿り着くための場所を探しまくったり、メインストーリーのお使いの場所を見つけるのが難解だったり…………。当時は苦しい思い出だったが、今思い返せばどれもいい思い出だ。


『(けど、いつまでもハイファンでの思い出を重ねるのは良くないな)』


 あそこにはもう戻れないし、戻りたいとも思わない。僕はイシュタルで“みちる”として、新しい思い出を作っていくんだ。これが、その第一歩だ。






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