ネカマがバレて大炎上したので、バーチャルアイドルは引退して好きにやらせて貰います!

@katawaraitako

第1話.転落・追放





 かつて動画投稿サイトにて、3DCGで作られたアバターを動かし動画サイトで配信するメディア活動が人気を博していた。最初は技術を持つ者だけが可能だったそれは、やがて個人でも手を伸ばせるものへと変わり、最盛期には多くの人間が自ら生み出したオリジナルキャラクターに成りきり2DCGによる配信を始め、歌ったり踊ったり、企業に所属したりと活動人口を増やしていった。トップレベルの活動者になると有名企業のプロモーションを請け負う者も出てきて、むしろ企業側もバーチャル広告塔を生み出し企業の宣伝方法まで変わりつつあった。もはや一大産業となったバーチャル活動の多様性と、それに付随するCG技術の幅は大きく広がっていき、所謂“バーチャルアイドル”の文化はどんどん進化していった。

 …………しかし、時代は移り変わるもの。


『みんな!今日も冒険、頑張っていこー!』


世は今、VRMMOアイドル時代を迎えていた。


『満月ちゃ〜〜〜ん!うさみみ可愛いすぎるぅぅぅ!!!』


『あ〜〜〜仮想現実なのに、満月ちゃんのいい匂いする気がする!』


『こっち!こっちにもハイタッチ!!!』


 最新のVR機器を使ったVRMMOは、ただ美しい、可愛い、妖しい、カッコいいだけではなく、現実ではありえないエルフや獣人といった魅力的なアバターたち成りきることができ、ゲームの登場キャラクターとも旧来のVRよりももっとリアルに擬似的な体温や感触を感じながら身近に触れ合う事ができた。いや、触れ合う以上のこと……一緒に冒険をしたり釣りをしたり空を飛ぶことだって可能である。VRは、まさに仮想現実と呼ぶに相応しい技術進歩を迎えていた。

 その中で、旧来の交流よりも手軽に、ゲームを楽しみながらファンに特別な体験を提供出来ることに目をつけた配信者が、自ら魅力的なプレイアブルキャラクターを生み出し、「会える、話せる、一緒に遊べるバーチャルアイドル」をコンセプトに活動を開始した。その特別な体験にファンは大いに盛り上がりVRMMOを使った配信は爆発的な人気を生み出し、今では一番メジャーな配信方法へとシフトした。

 VRMMOは、今やゲームとしての利用だけではなく、バーチャルアイドルを生み出す場としても発展を遂げている。ゲーム内でもごくごく普通に大手企業のCMが流れ、人気ゲームの有名ユーザーアバターと一流ファッションブランドがコラボ、動画サイトの人気動画にはゲーム内アバターでの実況動画やダンス動画が溢れている。

 特別な技術がなくても、安価で誰でも簡単にネットアイドルになり流行を作り出せるVRMMOは大きな社会現象をもたらし、今や全ての流行の中心と言っても過言ではなかった。


 そのVRMMOの中でも今一番ホットなゲームが“Hi-Fi Fantasy”、通称“ハイファン”である。マップの作りの丁寧さ、風や太陽の光を感じさせるリアルさ、アバターの自由度の高さ、それでいてゲームとして適度な冒険要素と難しすぎない敵の難易度。そして何より、ユーザーランキング上位の人間には運営から毎月、現実でも使える仮想通貨が贈られるという点が他のゲームと違い、発売2年でダウンロード数は国内外含めて4000万を超えている。

 このハイファンの売りである“ユーザーランキング”とは、主にゲームのやりこみ具合や他のユーザーからのいいね数、ランキングイベントなどによって、一ヶ月の間で“どれだけゲームを盛り上げることに貢献できたか”が分かりやすく数値化されたものだ。


 そしてそのユーザーランキングの中で、やりこみ具合・いいね数・イベントランキング上位の3つを揃え、日本サーバー内で常に5位以内に君臨する超人気ユーザー、“満月みつき”。

 満月はミルキーピンクのふわふわのロングヘアーに赤いつぶらな瞳、大きな胸と白い太ももを惜しみなく晒した少し際どいナース風衣装に、ピンッと立った長いうさみみがトレードマークの女性型アバターで、その愛らしい見た目とゆるりとした柔らかい口調の甘い声とは裏腹に、ダンスや戦闘に於いては普段から想像できないキレのある動きを見せ、魔法職兼回復職としてゲーム内でも指折りの高い戦闘力を持つ。満月の可憐なアバターは、ハイファイの中だけではなく外部のSNSや動画サイトでも圧倒的人気を誇り、単体で写真集やCDが出たり、リアルの会場でもライブが行われたりと、VRアイドルとしてかなりの知名度を誇っていた。


 しかしその圧倒的な人気は、たった1つの記事で簡単に崩壊した。




『【悲報】ハイファイのトップアイドルの満月たん、リアルアバターは典型的引きこもり弱者男性だったことが判明wwwwwww


……満月、この記事なんだか分かってるな?』


『はい……』


 ハイファイ内、ギルド“Unleashed the Beast 《アンリーシュド・ザ・ビースト》”本部。そこではニュース記事の当事者である満月と、満月が所属するギルドのマスターである“獅子王ししおう”が、問題の記事について2人きりで面談を行っていた。


 シュンと耳ごと項垂れる満月の姿は、間違いなく美少女のそれだったが、実際その中身はニュースで暴露されているように、自身も認める25歳非モテブサイク童貞の引きこもりである。ギルドマスター兼ギルドメンバーのマネージャーもどきであり、過去に開かれたハイファンのリアルイベントで満月の中身と直接会ったことのある獅子王は当然そのことを知っており、だからこそこの記事が真実であることは分かっていた。


 獅子王は眉間に深くシワを刻み、肉食獣特有の鋭い目で満月を睨みつけた。


『お前、俺に隠れて裏垢とか作ってたんじゃないだろうな?』


『そんなことしてないよ!君に言われた通りSNSは満月1つにして、それも君がメインで管理して投稿するときは必ず君がチェックしてる。プレイしてるゲームもハイファンだけに絞ってるし、裏垢が作られてないかは厳しく巡回して、今日までそんな情報は出てこなかっただろ?』


 覚えのない疑惑をかけられた満月は、ブンブンと首を振りながら必死に弁明した。獅子王はメンバーのネット活動を行動を全て管理したがり、特に満月の行動はギルドマスターの粋を超えて徹底して管理されていた。ギルドメンバーの多くが「ギルドマスターごときにそこまで管理されたくない」と反発したが、満月は「自分は配信なんてしたことないから管理してもらえたら楽だ」と、獅子王の度を超えた要求にも素直に従ってきた。にも関わらず裏切りを疑われるのは、流石に黙ってはいられない。


『ふんっ。まぁ、お前はうちで1番リスクが高い商売だったからな。俺が直接、徹底的に管理してきた。ボロを出すようなヘマは絶対にしてねぇ。それならどこかに情報売った裏切り者がいる』


『そうだよね!?僕のせいじゃないよね!?』


 満月はホッと息を吐く。疑いが晴れたのなら、あとは各所に流出した情報の削除申請をして、情報を売った人間に然るべき対処を行うだけだ。

 それで、問題ないはずだった。

 それですべてが解決すると、満月はそう信じていた。


 だが、現実は非情だった。


『【男のくせに女のフリして胸とか尻で男に媚び売っててキモい】、【今までオカズにしてきた美少女がこのキモオタだったのショックで吐きそう】、【ネカマ野郎金返せ】、だってよ。顔写真までばら撒かれてんのかよ、こりゃ満月ももうオワコンだな』


『そんな……』


 満月はVR内だというのに、アバターに如実に反映されるほどガタガタと震えていた。昨夜ニュース記事がSNSに上がってから、満月のアカウントにはひっきりなしに罵倒と詰問のメッセージが送られてきており、この会話の最中もゲーム内チャットでフレンドから何件もチャットが届いている。その内容は、ちらりと見ただけでも【嘘つき】や【裏切り者】、【今すぐ説明しろ】といった気持ちの良くないものばかりで、満月は通知音を早々に消してしまった。そして獅子王の方もそうであるらしく、面倒くさそうに届いたメッセージを確認している。


『実際キモいもんな、お前。男のくせにありもしねぇ乳とケツ振って男にブヒブヒ言われて気持ちよくなってさ』


『そ、それは“そうしろ”って言われたからしてただけで、僕はただ可愛い服を着て遊びたくて…………』


『だーかーらー、それがそもそもきめーんだよ』


『…………っ!』


 女の子のアバターを男が使っていただけで、どうしてそこまで言われなければならないのか。


 満月は悔しくて、アバターの下で唇を噛んだ。

 もともと、満月はソロプレイヤーだった。ユーザーランキングなんて関係なく、自分の好きな可愛い服を可愛い姿で着るためにキャラメイクをして、可愛い装備のためにモンスターを倒して素材を集め、有償コンテンツを買い、ひっそりと自分だけのために活動してきた。しかし引きこもり生活の余りある時間の全てをゲームに使っていたら、そのうち最前線に行くほどレベルが上ってしまい、前線で戦う可愛いアバターにいいね数が増え始め、やがてユーザーランキングの常連になるほど注目を集めてしまった。

 そしてその頃、獅子王のギルドに勧誘された。彼は満月のポテンシャルにいち早く目をつけ、渋る満月を「もっと可愛い服を着れるようになる」などと言葉巧みになんとか無理矢理自分のギルドに引き込むと、あっと言う間に満月の行動を管理しマネージャーのように振る舞った。男であるということは当然秘密で、それを知るフレンドはみんな厳重に口止めされた上でフレンドを解消させられた。けれど獅子王に従えば、満月は本当に人気者になり、可愛い服をたくさん着ることができた。リアルイベントで初めて顔を合わせたときも、満月の中身に明らかにドン引きした顔をしつつも、「中身はどうあれ、それでもうちの大事なメンバー」と言ってくれた。

 獅子王は口が悪いし態度も粗い人間だったが、本当は誰よりもメンバーのことを考えてくれている、頼りになるリーダーだと満月は信頼していた。けれど本当は心の中で満月のことを見下し、軽蔑して、気持ち悪がっていたのだ。


『うぅ……そんな…………』


 その事実を知った満月は、溢れ出る涙が止められなかった。けれど“満月”の顔からは涙が零れ落ちることはない。何故ならこの身体は、“彼”の本当の身体ではないから。

 嗚咽を漏らしながら俯く満月に、獅子王はまるで興味なさそうにツッと手で空中で撫で、ゲームウィンドウを呼び出し…………、


『まぁいいや、お前もういらねーからギルド追放な』


『!?』


一方的な追放を突きつけた。


『待って、そんな…………!』


『満月ではもう稼げそうもないし、他のメンバーのためにもいつまでも爆弾置き続けらんねーからな。今のお前には、ギルド以前にもうこのゲームそのもの居場所はねぇよ』


 自分の作ったギルドのメンバー管理は、ギルドマスターの当然の自由な権利だ。しかし、今までともに戦ってきたメンバーをこうもあっさり除籍にするのは、円満退団とはあまりに程遠い残忍なやり方だ。それは暗に、これから先もう二度と関わらないから、関係が悪くなっても構わないという拒絶ともいえる。


『ギルドで儲けた金はちゃんと振り込んどくし、今度ギルド脱退の通知書も送っといてやるから安心しろよ。じゃあな』


『っ、ししお…………!』


 満月はなんとか獅子王に縋り付こうと手を伸ばすが、その手が届く前に彼は躊躇なく追放ボタンを押した。


ピロリン


【ギルドから追放されました】


【始まりの町に転移します】





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