『 水彩 watercolors:ロスト 』
桂英太郎
第1話
妙なことになった。健至は旧水穂炭鉱の坑口を目の前にしながら思う。背後には中背だが体格の良い中年過ぎの男がにこやかに立っている。弱ったなあ。今更帰るわけにもいかないし。どこかで烏の啼く声が聞こえる。
吉田から電話があったのは二日前の晩だった。吉田は中学校の部活の先輩で、この片田舎の水穂町で祖父の代からの縫製会社を経営している。高校の頃は夏休みのバイトでも何かと世話になり、健至は未だに頭が上がらない。時々何の前触れもなく電話が掛かってきて、飲みや釣りに誘われることもままある。その晩の電話もきっとそんなものだろうと思っていた。
戸田さん、では行きましょうか。加藤という男は外見に似合わない腰の低さで、今年三十三の健至に声を掛ける。そうですね、じゃあ。それでようやく健至は腹を決め、歩き出す。手には手動充電式の携帯ランプ。坑内にも一応の裸電球が、まるで波間のブイのように細く長く、坑内をぼんやりと照らしているはずだ。
ここに入るのは十五年ぶりぐらいだろうか。健至は思いを巡らす。確か前来たのは仕事で故郷(ここ)を離れる直前、幼馴染の何人かと連れだってのことだった。それでなくてもここは健至にとって子どもの頃からの遊び場の一つ。懐かしくないわけではないが、吉田から客人を坑内にガイドしてほしいと頼まれた時、なんとなく憂鬱な気持ちになったのは、多分自分の内気さのせいだけではないだろう。
待ち合わせは吉田の会社の駐車場。健至が到着した時、加藤はすでに吉田と何やら和やかに話をしているところだった。健至は相手を初対面と思いきや、どこかで見た顔だと云うことにやがて思い至った。ウチのコンサルをやってもらってる加藤さんだ。吉田は相手を紹介すると、自分はさっさと自家用車に乗り、行ってしまった。どうも、今日は本当にお世話になります。加藤は全く物怖じすることなく話しかけてきた。そして自分には廃墟巡りの趣味があること、吉田とは仕事の繋がりで知り合ったが、水穂町の話を聞くうちに吉田の家が所有している旧炭鉱の存在に興味を持ち、そしてそのガイド役として戸田健至を紹介されたことなどを淀みなく話した。学校時代からのお知り合いだそうで。加藤が言うので、健至は、ええまあ、と無難に相手に合わせておいた。
断るならあの時だった。健至は今更のように思う。
年明けすぐともあって坑内はかなり冷え込んでいる。お互いに着込んではいるが、ある程度奥まで入ったらさっさと戻ってこよう。健至はそう思う。加藤は健至の二、三メートル後ろをゆっくりと付いてきている。勝手にいろいろと話を振ってくるので、普段から口下手の健至にはかえって有難い。気を使わずに済む。それにしても…。
健至は長年自分が遠ざかってきたこの廃坑に、ある種の威圧感を感じる。それに以前よりずっと狭苦しく思う。いや、この辺はまだいい。もっと奥に行けばそれこそ立っていられないところも出てくる。ふと健至は数十年前、この坑内を掘り進んでいた炭鉱夫たちのことを考える。健至が子どもの頃にはとっくに炭鉱は廃止になっていたが、近所にはまだちらほら元炭鉱夫だったという老人らがいた。彼らは一様にその頃のことを懐かしがったが、子どもだった健至には、老人らが過酷だった日々を何故誇らしげに話をするのか、不思議で仕様がなかった。そして話し終わった時の彼らの顔が、一様に淋しげに変わるのも。
あいつはどこに行ったのだろう。健至は思う。中学時代の同級生、Yのことだ。夏休み前のたった一晩で家族もろとも姿を消した。母子家庭で、家には寝たきりで身体の不自由な祖父がいた。一家が姿を消した翌日、皆はその祖父を連れてそう遠くに行けるわけがないと噂し合った。そして誰かが、その祖父がもと炭鉱夫でいつもその頃の話をしていたと言ったことで、あの家族は「水穂の穴」に入ったのだと実しやかにふれ回る者まで現れた。
健至は今、その穴を一歩一歩、今日会ったばかりの客人と降りて行っている。竪坑までの道はかなりの傾斜があり、足元には相当の注意を要する。加藤もそれを分かっているのか、今は喋るのを控え、無心に歩みを進めているようだ。健至は加藤の足音を自分の後ろに聞きながら、自分の内向的な性格を考える。この年になるまで自分はこれといって生きがいとか仕事とかを見つけることができずに、とにかく日々を闇雲に暮らしてきたような気がする。努力しなかったわけではない。高卒で就職した職場でも、云ってみれば働きがいはそこそこにはあった。人間関係に苦労することも人並みに経験はしたが、その頃の自分を憐れむほどのことは特にない。父親が亡くなり故郷に戻って来てからは、何とか先祖代々の田畑を守るべく、見よう見まねで百姓仕事に精を出してきた(つもり)。そしてその折々で、周りの知り合いにも随分世話になった。それについては、ある意味自分は恵まれているのだろうとさえ思う。
しかし…。健至は足元の岩砂利がわが身を絡め取ろうとするのを感じる。咄嗟に何かに飲み込まれそうな気持ちになり、必死に踏ん張る。うしろの加藤も懸命に付いてきているようだ。まさかこの年齢で、この傾斜を降りることになるとは思わなかった。苦しくはないが、正直息は上がる。初めての加藤なら尚更だろう。そしてまもなく、急斜面は終わった。
ようやく竪坑までやってきた。ここから先はさすがに自分にもガイドは無理だ。まず行ったことがない。それに今でも吉田がさせている坑内の定期点検も、ここからはやっていないはずだ。加藤さん、とりあえずここまでですね。健至は加藤に声を掛ける。そうですか。できたらもう少し奥まで行ってみたいですけどね。加藤は静かに返す。いやあ、奥はただ長いだけですよ。健至は適当な理由を付ける。いえ、実はね。加藤は言う。私、この炭鉱の伝説に興味がありましてね。伝説?健至は返す。もしかして「水穂の穴」のことですか?ええ、そうです。加藤は大真面目に応える。健至は思わず笑い出す。加藤さん、それは噂に過ぎませんよ。田舎の人間は何かと曰くをつけたがりますから。ほら、都市伝説ってあるでしょ。あれと変わらないと思いますよ。すると加藤は懐から折りたたまれた紙のようなものを取り出す。私、こんなものを持ってましてね。見るとそれは随分な年代物のようだった。これ、ここの坑内地図じゃないですか。健至は手に取る。初めて見た。ほら、ここ。今日は私、ここまでは行ってみたいんですよ。加藤はある一点を指さす。ここって…、第三坑じゃないですか。健至はやおらその相手の顔を覗き込んだ。
ええ、そうですよ。加藤は事も無げに応える。私はその第三坑に行ってみたいんですよ。健至は当惑する。いや、そこは…。第三坑はここから直接降りれるんでしょう?加藤は構わずに訊く。ええ、ただですね…。健至は加藤の真意を測りかねて返す。以前大きな事故があったところですから。しかし実際の爆発はそこではなかったって話ですよね。だが、犠牲者は多かった。当時それが不審に思われて随分調査をされたが、結局結論は出ず、そのうち炭鉱そのものが閉山になって、そのかわりに「水穂の穴」の話だけが残った。そういうことでしょう?
加藤さん、あなたそこまでご存知で、どうしてその現場に行きたいと仰るんですか?失われたものを取り戻すんですよ。え、失われたもの?失われたものって何です?健至は訊く。加藤は居住まいを正す。この国のあるべき姿をですよ。この国のあるべき姿…。そう、この穴にはね、それを可能にする道具が眠っているんです。私はそれをこの目にするまでは戻れません。
そう言われましても…。健至は途方に暮れる。やれやれ、嫌な予感は当たった。この人はまともじゃない。少なくともこのまま一緒に居て、ロクな事にはならない気がする。結構ですよ。ここからは一人で行きますから。え?健至は驚く。無茶ですよ。この先はもう三十年以上誰も足を踏み入れていないはずですし、中の状態だって正直よく分からないんです。場合によっては事故にもなりかねませんよ。覚悟の上です。加藤は応える。そして闇の向こうに向かってゆっくりと歩き出す。
勘弁して下さいよ、加藤さん。僕だって先輩の手前があるんですから。このまま一人で帰るわけにはいかないじゃないですか。健至は加藤の見えなくなる背中にほとんど叫ぶ。その声が静かに闇に沁み込んだ頃、加藤の小さくも揺るぎない声が、木霊のように帰ってくる。お好きになさい。ありのままを吉田さんに伝えればいい。私は無謀を自分からする人間ではありません。ただね、私は自分の信じるところには命を懸けることも厭わない。ただそれだけのことですよ。健至はその場に立ち尽くす。やがて加藤の足音も闇の中に途切れた。冗談じゃないぜ、それって結局我儘じゃないか…。健至は足元の小石を力を込めて蹴飛ばす。そして、勝手にしろ、そう人知れず呟く。
高卒で働きに出て、一番感じたことは世間の余裕の無さだった。「自分のことは自分」。田舎育ちの健至にはごく当たり前のことが、街では少し違った意味で使われていた。何と云えばいいのだろう?その言葉を聞く度に、健至はほのかな緊張と、相容れぬ空淋しさを感じた。そして時間が経っても、ある程度以上の親密さを誰とも築くことができなかった。むしろ事ある度に不機嫌と牽制の目を向けられることが多かった。仕事だしなあ。二十歳を過ぎて健至はそれらの違和感を割り切ってはいたが、一方でどうにも肌に合わなかったのは、「夢を現実に」とか「ポジティブ思考」などと云った、際もののスローガンの行列だった。街の生活はそれでなくても便利で、快適。遊べる場所もたくさんありはしたが、内気な健至にはそれはただそれだけのものであり、気晴らし以上の何ものでもなかった。驚いたことにたまに実家に戻ると、田舎でも街と同じような現象があちこちで起き始めていた(あるいはそれよりも歪な様相で)。子どもたちの多くは携帯を玩具代わりにしながら塾に通い、田畑は休耕のまま舗装整備だけが行われていた。そんな折父親が突然倒れた。健至は一人息子として実家に戻り、いつの間にか自分が三十路を迎えていることに向き合わざるを得なくなった。そして気がつけば山と川だけがまるで取り残されたようにそこにあり、以前と変わらぬ四季を繰り返していた。
健至は坑道を歩きながら思う。結局自分は今まで何も選んでこなかったのではないか。モノは溢れ、近くに人はいても、自分が目の前のことに係ずり合っているうちに、大事なもののほとんどは遠く通り過ぎてしまったのではないかと。夢がなかったわけではない。しかし夢は夢だと思っていたし、それをどう叶えればいいのか知りもしなかった。知ろうともしなかった。健至は今、加藤の行った後を仕方なく歩いている。
それにしても加藤は何故「穴」の曰くにこだわるのだろうか?健至にはさきほどの加藤の話と、水穂の曰く話がうまく結び付かない。加藤は「穴」の向こうに何があると言うのだろう。その時、一瞬坑内が暗くなった。やれやれ、そろそろ明かりも心細くなってきたか。健至は手元のランプを見る。充電はまだ大丈夫なはずだ。明かりを前方にかざしてみる。そこには薄ぼんやりとした空洞が見えるだけだ。
曰く話の一つ。「水穂の穴」に入ると、人は戻って来ても生気が抜け、目は空洞のようにぽっかり開いたまま、世の移ろいさえ届かなくなると。実際健至はそうなった人間を見たことはない。しかし子どもの頃からボーッとしていると、親や周りの大人からよくそう揶揄された。消えた友人Yはそれで云えば、全く似つかわしくない奴だった。勘が良く、勉強も運動も器用にこなした。友だち関係も決して疎かではなかった。ただ母子家庭ともあって、どことなくお互いに立ち入らない雰囲気はあったが(街ではごくありふれたことが、田舎ではまだ噂の種になりかねなかった)。健至はそれでもYとよく遊んだ。健至にはなにより、Yの屈託のなさが好きだった。何かと鬱屈した人間をよく見かける田舎町で、Yの存在は梅雨時に現れる一時の晴れ間のように、健至の心を軽くした。そう云えば一度だけ将来の夢の話をしたことがある。Yの夢は意外にも弁護士になることだった。健至はその理由を尋ねたが、Yははにかんで応えてはくれなかった。その控えめな笑顔が、健至の脳裏にはまだつい昨日のことのように居残っている。
もうどれくらい進んだのだろう。戦後一時代の空気の淀みが、今ははっきりと肌に感じられる。もしかして加藤は本当に迷ってしまったのではないだろうか?ハッと気がついて健至は後ろを振り返る。何てことはない。自分は真っ直ぐに進んできただけだ。自分が迷うなんてあり得ない。
戸田さん。また明かりが明滅した。驚いて見ると、前方の五十メートルほど先に加藤が立っていた。戸田さん、あなたもやはり来ましたか。健至はそれには応えず、相手のところまで早足で駆け寄る。加藤さん、どこに行ってたんですか?どこって、地図どおりに来ただけですよ。加藤は至って普通だ。戸田さん、遂に見つけましたよ。え、何を?だからさっき言っていた物ですよ。健至は思い出す。ああ、例の道具ってやつか。そんなものどこに?健至が怪訝そうな顔をすると、加藤はさも愉快そうに坑道の奥を指差した。小さく何か見える。黒く、米俵ほどの小ぢんまりとした楕円の形。二人はゆっくりと近づいていく。その方に一歩ずつ歩を刻む度に、何やら空気の重さが変わっていくように健至には感じられる。そしてようやくその物の前まで来た時、健至は加藤に尋ねる。何なんです、これ?
原爆ですよ。
え?だから原爆です、よくご存じの。健至の頭の中に、ニュース映像で見たことのあるあのキノコ雲が思い浮かぶ。でも、原爆って…。はははは。戸田さん、あなた原爆を何か途轍もなく大きなものとでも思ってたんでしょう。加藤は笑う。実際はこんなものですよ。どうです、まるで無理やり太らされた黒豚の子どもみたいでしょう。まさにファニー・ピッグです。加藤はにこやかに応える。でもね、威力はそれこそ百万馬力ですよ。なかなかのもんです。
これをどうするんですか?健至は訊く。まさか、ここで爆発させるわけじゃないでしょう?爆発?加藤は驚いたような顔で健至を見る。あっはっはははは。戸田さん、あなたもなかなかどうして面白いことを言いますね。でもそれも悪くない。日本初の地下核実験と云うわけですね。確かにそうすればこれを作った者たちの苦労は報われますな。いや、それだけじゃない。当時この核を所有しながら、敢えて使わずに敗戦国の汚名を着た、数知れぬ英霊たちもです。加藤さん、あなた何の話をしてるんです?何のって、この国の話ですよ。他でもない我らが祖国の話ですよ。君たちは本当にこの国の歴史を知らない。そして今頃になって自分探しだの、生きがいだのと騒いでいる。目を覚ますべきですよ。私たちはね、この「日の本」に生まれたことをまず誇りにしなければならない。そうすればおのずと自分のやるべきことは分かってくる。無闇に問い、答えを探す必要はない。それよりも大事なことは、為すべきことをまず為すこと。行動ですよ。
私たちの身体はね、もともと西洋人とは作りが違うんです。だから当然それに見合った生き方にも違いがある。私が彼らを許せないのはね、見かけで物事の優劣を即決し、それを振り返らない。それを文明と呼ぶんですな、彼らは。彼らには考える力はあっても感じる品位がない。所詮相容れぬ仲なんです。しかし私たち日本人はそういう彼らにも敬意を表してきた。お互いの違いを尊重する姿勢をね。しかし彼らは違った。私たちの真意を理解せず、ずけずけと他人の家に土足で入るような高邁さを恥とも思わなかった。そして不幸なあの戦争です。戦争責任を問うなら何故、まず西洋列強がその対象にならないのか、私は理解に苦しむ。いや、本当は分かっています。我が国は敗戦後安保体制に組み込まれることによって再独立を果たした。しかしその実際は新たな不平等条約体制に戻っただけなんです。そして結局は戦時同盟の使い走りを担わされる。政治家はそれでそのうちどうにかなると思っている馬鹿者どもばかりだ。歴史と人の話に傾ける耳と度量を持ち合わせていないんですよ。
ちょっと待って下さい。その話とこの原爆に何の繋がりが?健至は堪らずに問う。まだ分かりませんか。この原爆はね、時空を越えてここに鎮座している。私たちを目覚めさせる為にね。これは相容れぬ世界を、人類の知性と努力によってひとつの形にしようとした、歪ではあるが最高傑作なんです。それはアメリカが我が国に使用したものに較べれば一目瞭然。戸田さん、戦争というのはね、結局量がものをいう。人も物もね。だから最初から結果は見えてるんだ。しかし知性は違う。この原爆はね、最高の知性によって作られながらも、その知性によって存在を拒まれた、失われた大いなる遺産なんです。
失われた、遺産…。でも、今更そんなものを使ってどうしようと?さて、どうしましょうかね。加藤は微笑む。慌てる必要はありません。ひとつ見つかったんだ。これらはね、おそらく日本全国に散らばっている。そして互いに引き合っている。それらを見つけていかなくてはね。話はそれからですよ。戸田さん、そこであなたにお願いがある。はい、何でしょう?あなたにはここの守番をしてもらわなくてはなりません。どうです、お願いできますか?そう言われましても。健至は躊躇する。僕にはまだ…。大丈夫です。こいつは生きてるんです。餌も必要だし、時には話相手も欲しがる。え、生きてる?健至は改めて原爆を見つめる。そう言われてみれば健至はその黒い塊が人知れず鼓動を打っている気がする。そんな馬鹿なと思いつつも、何故かその塊の中に底知れぬ蠢きを感じる。そしてまるで今にも自分に話しかけてきそうにさえ思える。
お前は一体何だ?何の為に生まれてきた?すると塊も問う。オマエワイッタイナンダ?ナンノタメニウマレテキタ?健至は応えられない。お前は世界を破壊するのか、それとも創造に導くのか?塊は笑う。ナンノチガイガアル?オナジコトデワナイカ。
健至がふと周りを見ると、もうそこには加藤の姿はない。加藤さん。呼び掛けてみるが返事はない。ムダダ。カトウワモトノセカイニモドッタ。アイツニワマダヤルコトガアル。ちょっと待て、僕はどうなる?オマエモカエレ。シカシワスレルナ、オマエノノウズイノオクニハワタシガイルノダカラ。ワタシノコエガキコエタラマタココニクレバイイ。カトウワシッテイタノダ。オマエニワ、ワタシガヒツヨウダトイウコトガ。
その時、何処からともなく大伽藍の鐘のような響きが起こり、健至はその激しい音のうねりに立っていられなくなる。その中で健至は懐かしいYの声を聞いた気がした。何だ、お前こんなところにいたのか?探したんだぜ。しかしYは応えない。ただ健至の方を見てにっこりと微笑むだけだ。健至の意識はそうして静かに闇の中に溶け込んでいく。
その日、水穂の町に生暖かい風が吹き、一人の青年が穴の中からひょっこりと姿を現す。その表情は晴れやかな微笑みを湛えながら、それでもその目に映るものは別のところにある。烏の群れが彼の頭上高く円を描きながら舞い、やがて山際の向こうへ消えていった。
『 水彩 watercolors:ロスト 』 桂英太郎 @0348
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