異世界転生しちゃったけど週末に大大大好きなお姉ちゃんの誕生日があるから私はそれまでに絶対帰りますっ!
いっぱんねこめいと
プロローグ
「結衣(ゆい)は、自慢の妹だよ」
お姉ちゃんにそう言ってもらえるのが、私は何よりも大好きだった。
テストで良い点を取ったとき、趣味のイラストを描き上げたとき、困っている人を助けてあげた時。ほんのちょっとしたことでもお姉ちゃんは私を褒めてくれた。だから高校に合格したときなんて、それはもうすごい褒められっぷりだった。玄関でいきなりぎゅって抱きしめられて、髪がくしゃくしゃになるまでよしよしってされて、よく頑張ったねって、結衣はすごいねって。
結衣のこと、大好きだよって。
あの時のことは、絶対に一生忘れない。
そんなお姉ちゃんにたくさん褒められたいから、私はいつも、お姉ちゃんの自慢の妹でいられるように頑張ってる。
お姉ちゃんはいつも、人の道を外れちゃいけないよって言う。自分のためだけじゃない、人のために生きなさいって言う。だから困っている人がいたらすぐ助けるようにしているし、自分のこともたまには後回しにして人のためになることをするようにしている。ゴミ拾いのボランティアとか、お義母さんのお手伝いとか。みんなはそんな私を、立派だねって褒めてくれるけど……ごめんね。違うんだ。私はただ、お姉ちゃんに褒めてほしいだけ。
いつも凛々しくて、でも私にはデレデレで、たまに厳しくて、でもやっぱり甘くて、そして誰よりも優しくて。
そんなお姉ちゃんが、私は大好き。
だから今週末に控えたお姉ちゃんの誕生日。一年で一番大切なその日を、私はずっとずっと心待ちにしていた。去年の誕生日の次の日から、ずっと待ってた。だってその日は、お姉ちゃんへの想いをたくさんたくさんたくさん伝えられる特別な日だから。
プレゼントはすごく悩んだけど、今年はペンダントにしようって決めた。ぱかっと中が開いて、そこに小さな写真を入れられるやつ。そこにお姉ちゃんと私のツーショットを入れて、ラッピングして渡すんだ。姉妹のツーショットなんて今時どうなのって、最後まで悩んだけど……でもきっと、お姉ちゃんは喜んでくれると思う。まだ彼氏とかいないと思うし、多分。もしいたとしても……まあ、お姉ちゃんが幸せならそれでいいんだけどね。そしたらペンダントは机の中かな。でもせめて、私と遊びに行く時だけでも、身に着けてくれたら嬉しいな。
そんな大切なペンダントをお店に買いに行って、写真を入れて、ラッピングしてもらって。
その帰り道。私は誘拐された。
気が付いたら、そこは廃墟のビルみたいなところだった。私は床に寝かされているみたい。縛られたりはしてないけど、どうしてか、身体に全然力が入らなかった。
「お目覚めですか」
可愛い女の子の声だった。顔も動かないから、その方に目だけを向けたら、そこにはやっぱり小さな女の子がいた。小さなって言うか、多分中学生くらい。さらっとした青い髪でお人形さんみたいに整った顔立ちの子。多分、外国の人かな。顔立ちや髪色もそうだし、何より来ている服が凄くヘンテコ。ドレスとまではいかないけれど、ふりっとした装飾が控えめに施された黒いワンピースみたいな服。ああいうの、ロリータファッションって言うんだっけ。服というより、コスプレって言われた方がしっくりくるかも。
「手荒な真似をしてしまい、申し訳ありません」
誘拐犯の女の子は深くお辞儀すると、スッと私に向き直る。
どうしよう、とりあえず何か言うべきかな。
「あのー」
良かった、声は出るみたい。
「あの、これって誘拐ですか?」
冷静だと思ってたけど、やっぱり私、動揺してるみたい。じゃないと、こんなバカな質問しないよね。
そう聞かれた女の子は少し目を丸くして、
「誘拐……そう、ですね。広義の意味ではそうなるでしょうか」
少し困ったようにそう言った。
「えっと、申し訳ないんですけど、私を誘拐してもあまり美味しくありませんよ? 家だって別に裕福じゃないですし、身代金とかも多分払えなくって。あ、もしかして人違いとかじゃないですか?」
「いいえ、人違いではありえません」
そうか、違うのか。
「じゃ、じゃあ、私のお財布の中身とか、全部差し上げますから! さっき買い物しちゃったから、もうあんまり残ってないですけど……あ、でも、ポケットの小包だけは勘弁してもらえると……」
「いえあの、別に物取りではありません」
そう言うと、女の子はゆっくりと近付いてきて
「お迎えに上がりました、聖女様」
少し震えた声音で、そう言った。
「へ? 聖女?」
意味が分からない。いや、言葉としては通じてるんだけど、内容が意味不明だ。
だって、聖女って――聖女って。そう思ったら、こんな状況にもかかわらず少し笑ってしまう。
「あの、やっぱり人違いだと思いますよ? 私、どこにでもいるお姉ちゃんが大好きなだけの普通の高校生ですし、別に何の特別な力も――」
続けようとして、私の言葉は思わず止まる。
だってその女の子の手には、薄明かりを受けて鈍い輝きを放つ、一本のナイフが握られていたから。
その時初めて、心臓の鼓動が速くなった。唇が震えて、息が上手く出来ない。
「聖女様……申し訳ありません」
「え、あの、ちょ、と」
「お許しください」
「い、や……あの、ま」
口がうまく回らない。でもその間にも女の子は、ナイフを構えたままゆっくりと近付いてくる。
「あ、あの、わ、わたし! 違います、違いますから!」
もう女の子は目の前に迫っていて、手を伸ばせば届きそうな距離。やばい、絶対やばい! 逃げないと……そう思うけど、だって、身体に力が入らないんだよ!
「聖女様、申し訳ありません」
「あ、あの、待ってください! ちょっとだけ話を!」
死に物狂いでそう口にしたら、女の子の動きが一瞬止まる。
「あの、わたし今週末に、どうしても大切な用事があるんです! 大好きなお姉ちゃんの誕生日で、プレゼントを渡さなきゃで……だ、だから、せめてそれまで待って!」
「――ごめんなさい」
ふと見たら、その子は泣いていた。目からぽろぽろと涙をこぼして、それが落ちて綺麗な服に染みていく。
でもその手に握ったナイフだけは、頑なに離そうとせずに。
「椿木 結衣(つばき ゆい)さん……ごめんなさい。関係ないあなたを、巻き込んでしまって」
「そ、そう思うんなら止めてよぉーー!」
「ごめんなさい」
その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。
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