2人目『漕刑囚』漕刑船の覇王グランギャンバン 

*5900文字


 ■プロローグ


 南海を行き交う漕刑船「怒涛号」の船底には、汗と潮、時に血の匂いが渦巻いている。

 鉄鎖に繋がれた罪人たちが、太鼓の音に合わせてオールを漕ぐ。

 船の行く先がどれほど危険な海域だろうと、彼らにとっては知ったことではない。

 日々生き延びること、それだけが彼らの戦場だった。


 その中央に鎮座する男――グランギャンバンは漕刑囚たちの中でも一際異彩を放っていた。


 身の丈は一般の男の一回り上。

 漕ぎ手のための粗末な衣服は汗で黒ずみ、引き締まった筋肉が覗いている。顔にはいくつもの傷が刻まれ、片目を覆う眼帯が戦歴の豊かさを物語る。彼の声は船底に響く雷鳴のようで、オールを握る手は大樹の枝のように太い。仲間たちは彼を「ギャンバンの兄貴」と呼び、その指示には逆らわない。


「おい、サボるんじゃねえ! 船が止まっちまうだろ!」


 その声に叱咤され、力を抜きかけた若い囚人が再びオールに手をかける。グランギャンバンが睨みを利かせるだけで、彼らは言うことを聞く。船の規律を支配するのは看守ではなく、漕刑囚のリーダーたる彼なのだ。


 船の進む先には、風聞に名高い魔境「竜の背骨」が広がっている。この地を抜ければ、囚人たちの労働環境はさらに過酷になるだろうと噂されていた。だが、グランギャンバンはその先を見据えて、笑みを浮かべていた。


「面白えじゃねえか。竜だろうが魔物だろうが、俺の腕一本でぶっ倒してやる!」


 船底には絶望と緊張の空気が漂う中、彼の笑い声だけが反響していた。



■ 第一章:日常の嵐


「兄貴、朝飯って言っても、この粥だけじゃ元気が出ねえよ」


「文句言うな、ザレク。飯があるだけありがてえと思え。お前、昨日こっそりサメの干し肉かっぱらっただろ?」


 グランギャンバンは、同じく漕刑囚のザレクを軽く睨んだ。ザレクはひょろりとした若い男で、口先だけは達者だが腕力ではギャンバンには遠く及ばない。


「いやいや、そりゃ勘違いっすよ、兄貴。俺がそんな危ねえ橋渡ると思います?」


「渡るだろうが。俺の目は誤魔化せねえぞ」


 周りの囚人たちがクスクスと笑う。船底では食事の時間も貴重な息抜きの場だ。彼らにとって、グランギャンバンとザレクの軽口の応酬はちょっとした娯楽だった。


 そこに、看守のカイロスが鉄扉を開けて入ってきた。

 やせ細った体に古びた甲冑をまとい、手には鞭を持っている。彼は威圧的な態度で囚人たちを見下ろしたが、グランギャンバンには特に目を光らせている。


「ギャンバン、てめえ、昨日の夜何をしてやがった?」


「おいおい、俺が何かしたってのかよ?」


「船倉の酒が一本無くなってるんだ。お前がやったんじゃねえのか?」


 グランギャンバンは目を細め、にやりと笑った。

 周囲の囚人たちも息を飲む。

 看守カイロスとギャンバンのやりとりはいつも火花を散らすが、今回も一触即発の雰囲気だ。


「俺が飲んだと証拠でもあんのか? それとも、カイロス、お前が飲んじまったのを隠してるんじゃねえの?」


 カイロスの顔が真っ赤になる。彼が鞭を振り上げるより早く、ギャンバンは立ち上がり、全身でその気迫を叩きつけた。


「やめとけよ、カイロス。鞭で俺を殴れると思うんなら、試してみな」


 緊張が最高潮に達したその瞬間、遠くから甲高い警報音が鳴り響いた。


「なんだ?」


「敵襲だ! 敵の船が近づいてきている!」


 囚人たちは一斉に顔を見合わせた。船底が揺れ始め、上からは怒号や金属音が聞こえてくる。看守のカイロスも顔色を変え、鉄扉の外へ走り去った。


 グランギャンバンは座り直し、冷静に船底を見回した。


「さて、野郎ども。俺たちも準備するぞ」


「準備って……どうすんです、兄貴?」


「決まってんだろう。敵をぶっ潰して、この船を奪うんだよ!」


 その言葉に囚人たちは一瞬呆然としたが、次第に笑顔が広がり始めた。船底に新たな熱気が漂い始める。

 グランギャンバンの号令のもと、漕刑囚たちの反撃が始まろうとしていた――



 ■第二章:囚人たちの反撃


 怒涛号の船底は、それまでとはまったく異なる活気に満ちていた。漕刑囚たちが束の間の無気力から解き放たれ、ギャンバンの号令のもとで動き始めていたのだ。


「おい、ザレク! そっちの鉄パイプを持ってこい! いいか、武器になりそうなものは何でも持て!」


 ザレクは慌てて船底の隅から錆びた鉄パイプを引きずり出し、周囲の囚人たちに配り始めた。誰もが手にしたものは粗末な即席武器ばかりだが、彼らの目には戦意が宿っていた。


「兄貴、これだけで本当に戦えるんですか?」

「大丈夫だ。船が揺れてるうちは向こうも混乱してる。相手の足場を崩して叩き込むだけだ」


 ギャンバンはそう言いながら、壁に固定されていた巨大な鎖を片手で引きちぎった。囚人たちはその力技に歓声を上げる。


「野郎ども、行くぞ! この船は俺たちのもんだ!」


 彼の一喝が響くと同時に、囚人たちは扉に殺到し始めた。

 鉄の扉はカイロスが急いで出て行った際に完全には閉められておらず、わずかな隙間が残されていた。ギャンバンがその隙間に手をかけ、歯を食いしばると、扉は軋みを上げながら開かれた。


 甲板に飛び出した囚人たちを待ち受けていたのは、敵船の襲撃だった。

 怒涛号の周囲には、小型の高速艇がいくつも取り囲み、上空には弓兵たちが矢を構えている。

 敵は略奪を目的とした海賊団のようだが、その規模は尋常ではない。


「おい、ギャンバン! これ、思ったよりヤバいっすよ!」

 ザレクが声を張り上げる。


「黙ってろ! 俺たちが怖気づいたら終わりだ!」

 ギャンバンは前に出て、敵の一隻を睨みつけた。


 その瞬間、矢が雨のように降り注ぐ。囚人たちは散り散りになり、甲板の隅に隠れながら状況を伺った。しかし、ギャンバンは隠れようとはしなかった。彼は堂々と矢の中に立ち、笑みを浮かべていた。


「てめえら、やれるもんならやってみろ! 俺はここだ!」


 その挑発に応じるように、敵船から一際大きな男が甲板に現れた。全身を黒い鎧で包んだその男は、漕刑囚たちを見下ろして声を張り上げた。


「貴様ら、何者だ? ただの囚人ごときがこの俺に歯向かおうというのか?」


 ギャンバンはその男をじろりと見つめ、にやりと笑った。

「ただの囚人じゃねえさ。この船の覇王――グランギャンバンだ。」


 男がギャンバンの名前を聞いた瞬間、顔色が変わる。その様子を見た囚人たちは士気を高め、ギャンバンの背後に立ち始めた。


「いいか、お前ら!」

 ギャンバンが声を張り上げる。

「今がチャンスだ! 突っ込め!」


 敵船との戦いは、血と汗の嵐となって怒涛号を包み込んだ。囚人たちはギャンバンを先頭に、必死で敵の攻撃に応戦する。矢をかわし、剣を交え、甲板を駆け回るその姿は、単なる囚人のそれではなく、自由を渇望する戦士そのものだった。


 ザレクが鉄パイプを振り回して敵の弓兵を倒し、他の囚人たちも連携して次々と敵を撃退していく。その中で、ギャンバンは一騎当千の働きを見せていた。


「もっと来いよ! これじゃあ退屈だ!」

 彼は笑いながら敵の剣を片手で受け止め、逆にその男を甲板の外に投げ飛ばした。


 やがて、敵船の船長がギャンバンの前に立ちはだかる。周囲の空気が一変し、戦いの最高潮が訪れる。


「貴様らの反逆もここまでだ!」

 敵船長が声を張り上げる。


「反逆だと?」

ギャンバンは冷たく笑った。

「違うな。これは革命だ!」


 次の瞬間、二人の巨人のような男たちが激突し、怒涛号はさらなる熱狂に包まれる――



*投稿者注・ここからAIのミスなのか話が少し変なつながりになります。笑って許してください。



 ■第三章:怒涛号の反乱


 甲高い警報音が船内に響く中、囚人たちは次第に活気づいていた。

 グランギャンバンの言葉は彼らに火をつけたのだ。絶望と怠惰の底に沈んでいた男たちが、今や獣のような目をしている。


「おい、武器になるもんを探せ! 木片でも鎖でも構わねえ!」

 グランギャンバンの号令に、囚人たちは慌ただしく動き始めた。


 ザレクは手近な鉄鎖を拾い上げ、手に馴染ませて笑った。

「兄貴、こんなんで戦えると思います?」


 グランギャンバンはそんなザレクの肩を叩き、ニヤリと笑った。

「戦えるかどうかはお前次第だ。けどな、何もしなきゃ確実に死ぬ。それでもいいってんなら勝手にしろ。」


 その言葉にザレクは言い返せず、渋々ながら頷いた。


 やがて、船底の鉄扉が再び開いた。血相を変えた看守カイロスが数人の武装した部下を引き連れて戻ってきた。

「お前ら! 大人しくしてろ! この混乱に乗じて何か企んでやがるなら、ただじゃ済まねえからな!」


 しかし、その威圧的な態度に囚人たちは怯むどころか、逆に息を潜めて戦意を高めた。グランギャンバンはゆっくりとカイロスに近づきながら、低い声で言った。

「カイロス、お前は自分の命が惜しいか?」


 カイロスはその言葉に眉をひそめたが、返事をする間もなく、グランギャンバンがすぐに続けた。

「惜しいなら武器を置け。そして、俺たちを上に案内しろ。船を奪うのを手伝え」


「ふざけるな!」

 カイロスは怒鳴り、鞭を振り上げた。だが、その瞬間、グランギャンバンの大きな手が鞭を掴み取り、一気に引き寄せた。


「もう一度聞くぞ、カイロス。命が惜しいか?」


 囚人たちが一斉に笑い声を上げる中、カイロスは顔を真っ青にして鞭を手放した。


「…わかった! お前たちを上に案内する! でも船長には近づくな! あいつは狂犬だ!」


 グランギャンバンを先頭に囚人たちが甲板へ向かう途中、外の戦況が目に飛び込んできた。

 敵船は二隻、怒涛号の左右に接近しており、既にロープを使って乗り込んでくる兵士たちが見える。怒涛号の甲板上では、看守たちと敵兵が血みどろの戦闘を繰り広げていた。


「見ろよ、兄貴! もう滅茶苦茶じゃねえか!」

 ザレクが叫んだが、グランギャンバンは笑って言い返した。

「滅茶苦茶で結構だ。俺たちにとっちゃ、混乱はチャンスだ。」


 グランギャンバンは船倉から手頃な鉄棒を拾い上げ、それを軽く振るう。

「さあ、野郎ども。血を浴びたくない奴はここで待ってろ。」


 その一言に、囚人たちは一斉に奮い立った。まるで狂戦士のような雄叫びを上げながら、甲板へ雪崩れ込む。

「行けーッ! 俺たちの船を奪え!」


 甲板に上がった囚人たちは、敵兵を見つけ次第襲いかかり、嵐のような乱闘が始まった。グランギャンバンはその中で一際目立っていた。彼の鉄棒は一振りで敵兵を叩き伏せ、手当たり次第に次の標的を狙って進んでいく。


 一方、ザレクは怯えつつもカイロスを盾代わりにしながら戦っていた。

「兄貴がああいう化け物だってわかってたけど、ここまでとは思わなかったぜ…!」


 グランギャンバンは敵の一人を甲板の縁から海へ蹴り落とし、ザレクの方向に振り返った。

「ザレク、下手な考えは要らねえ。ただついて来い。それで命は繋がる」


 彼の言葉は命令というより、熱気に満ちた宣言だった。その瞬間、怒涛号の甲板は囚人たちの勢いに飲まれ、ついに敵船の兵士たちを押し返し始めた。


 戦闘の混乱の中、グランギャンバンは船長室の扉の前に立っていた。その扉の向こうには、この船を仕切る船長がいる。

「狂犬か。俺に敵うか試してみろよ。」


 鉄棒を振り上げ、扉を力強く蹴破った。次に待ち受けるのは、船長との直接対決だった――



 ■第四章:狂犬との一戦


 船長室の扉が叩き壊される音と共に、グランギャンバンは煙るような部屋に足を踏み入れた。湿った空気と古びた木材の臭いが漂う中、彼の目は一人の男を捉えた。


 怒涛号の船長――ロッカルド・スレイン、その異名通りの狂犬のような眼光を宿した巨漢だった。


 ロッカルドは粗野な笑みを浮かべながら、重厚なバトルアックスを肩に担いでいた。その姿はまるで戦の化身。グランギャンバンを一目見るなり、彼は咆哮した。


「貴様ら下衆どもが! 俺の船に手をかけようってのか! いい度胸だ!」


「手をかけるだけじゃねえ。奪い取るんだよ。」

 グランギャンバンは鉄棒を軽く振り、戦いの準備を整える。


 室内は殺気に包まれた。ロッカルドが一歩踏み込むと、船板がきしむ音が響く。その足取りだけで彼の尋常でない体重と力強さが伝わるようだった。


 最初に動いたのはロッカルドだった。彼のバトルアックスが弧を描き、空気を裂く音と共にグランギャンバンへ迫る。


「ほう…いい振りだ。」

 グランギャンバンはその一撃を紙一重でかわし、鉄棒を横に振り抜いた。だがロッカルドは咄嗟に柄で受け止める。金属音が耳をつんざき、二人の力が拮抗する。


「さすが狂犬だ。やるじゃねえか。」

「黙れ! 俺の船で好き勝手させると思うな!」


 再びアックスが振り下ろされるが、グランギャンバンは部屋の柱を蹴り反動を利用して距離を取る。柱には深々とアックスがめり込み、木の粉が舞い上がった。


「思ったより楽しませてくれるじゃねえか。」

 グランギャンバンは不敵に笑みを浮かべながら、手の鉄棒を握り直した。


 その時、部屋の奥にある窓から激しい海風が吹き込み、ロッカルドのマントが翻る。彼の全身が月光に照らされ、その姿はまるで怪物のように見えた。


「俺が怒涛号を支配してる理由を教えてやるよ、愚か者が。」

 ロッカルドの全身から溢れ出す威圧感に、空気が震えたように感じられる。


 しかし、グランギャンバンは一歩も引かない。むしろ笑みを深くしながら低い声で応じた。

「そんな話に興味はねえ。俺が聞きたいのはただ一つ――その命を渡す気があるかどうかだ。」


 次の瞬間、二人は同時に動いた。鉄棒とバトルアックスが激突し、火花が散る。ロッカルドは怪力で押し切ろうとするが、グランギャンバンは巧みに力を逸らしながら反撃を繰り出す。


「くそっ、貴様…!」

 ロッカルドの額には汗が浮かび、荒い息遣いが漏れる。対して、グランギャンバンの動きには一切の迷いがなかった。


 彼はわずかな隙を見逃さず、ロッカルドの膝裏に鉄棒を叩き込む。巨体が一瞬バランスを崩したその瞬間、グランギャンバンは渾身の力で頭上から鉄棒を振り下ろした。


「これで終わりだ、狂犬!」


 鈍い音と共に、ロッカルドは膝をつき、そのアックスが甲板に落ちる音が響いた。彼はまだ立ち上がろうとするが、グランギャンバンは止めを刺すように鉄棒を喉元へ突きつけた。


「さて、どうする? 命が惜しけりゃ船を渡せ。」


 ロッカルドは悔しそうに唇を噛みしめたが、ついに力なくうなだれた。


「くそ…好きにしろ…」


 グランギャンバンがロッカルドを押し倒して船長室から出ると、甲板には囚人たちが歓声を上げていた。敵兵はほとんど制圧され、怒涛号は完全に囚人たちの手に渡ったのだ。


「兄貴、やりやがったな!」

 ザレクが駆け寄り、興奮気味に声を上げた。


 グランギャンバンは鼻で笑いながら答えた。

「ああ、これで俺たちの船だ。だが忘れるな。ここからが本当の戦いだ」


 荒れ狂う海の上で、怒涛号は新たな航海を始める。その行く先に待つのは自由か、それともさらなる血の嵐か――誰もまだ知らなかった。

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