第4話 旅は続く
「くそっ……血が止まらねぇ! もっと布を!」
「布なんてもう無いぞ! 紐で縛って血を止めろ!」
この緊急事態を知らせる為に狼煙は焚き、向こう岸の医者にも異変は知らされている筈だった。
元より異変があった場合、向こう岸から増援の人員と医者後来る手筈になっている。
つまり、向こう岸では船を出そうと努力しているはず。
ノッケン様の言う通り、ほんの少しでも耐えれば……。
「お、おい!」
「なんだ!?」
「み、湖が……」
仲間が指差した方を見ると、湖の水がみるみる内に減って行っていた。
「こ、これは……」
「ノッケン様だ……」
ふと、そう呟いていた。
「ノッケン様が助けてくれたぞ! 医者ももうすぐ来れる! おい、頑張れよ!」
傷ついた友を励ましつつ止血を続ける。
すると、轟音が轟いた。
「な、なんだ!?」
音の方に目をやると、ノッケン様の居た小屋の立っていた辺りの地面が流れ、崩れて行った。
「……あ……」
それと同時に凄まじい勢いで湖の水は流れて行き、小屋のあった辺りの地面が流されていく。
しかし、流されたのは土ではなく、とても大きな灰色の壁であった。
それが水に押し流され、崩れていく。
「お、おい……」
「なんだよ、それどころじゃ……」
仲間に声をかけられ、そちらに目をやると、湖の水は殆どなくなっていた。
皆ノッケンの居た小屋の辺りの地面が崩れていく様に目を奪われ、湖の事など気にしていなかったのだ。
「地面が見えるぞ……あの川は……湖だったもの……か?」
「……」
湖があった場所には小さな川が流れていた。
そして、その周囲では魚がピチピチと跳ねていた。
「……そ、そうだ! 医者! 医者が来れるだろ!」
「そ、そうだな! すぐに呼んでくる!」
仲間が向こう岸の集落へと駆けていく。
そして、ふと川の流れる方へ目をやる。
「ノッケン様……一体……何が……」
集落から少し離れた小高い丘。
そこは集落全てが見渡せる場所で、ノッケンのお気に入りなのだという。
そこにノッケンと二人見下ろしていた。
「……ありがとうございます」
黒い板に蓄電器から伸びるコードを差し込み、それを充電する。
しかし何も反応は無かった。
その様子を見たノッケンはふと口を開いた。
「それは……スマートフォンか?」
「……知ってるんですね」
「あぁ。昔、父から話を聞いた。まぁ、それも祖父の子供の頃の話だと言っていたが……」
ノッケンは、黒い板を手に取り、ボタンを押したりいじってみている。
「……曾祖父の子供の頃、既に技術力も大半が失われていた。皆が当たり前のように持っていた携帯端末……所謂スマートフォンも充電することが出来なかったという。電池が切れることは当たり前。電池が切れると、充電しても暫くは動かないらしい。必要な分充電が出来て初めて動き出すという。もう暫く待ってみなさい」
「……ありがとうございます」
感謝を述べると、ノッケンは話し続けた。
「……話によれば、少しでも皆が豊かに暮らせるようにとあのダムを建設したらしい。詳しい話は分からんが、発電施設をつけたのもそれが理由だと儂は思っている。それがお主の為になるのであれば儂にとっては充分だ」
「……私の目的、聞かないんですね」
ノッケンの返答を待たずに続ける。
「先代文明の消去を目的としていると言いつつ先代文明の遺産を手にしつつ旅をしている。その詳しい話を普通なら問いただすと思うのですが」
「……何も聞かんさ」
ノッケンは優しい声で、表情で語り続ける。
そして、頭を撫でられる。
「お主のような年端もいかない子供が旅をしている理由……ガーディアンリバーズの最後の一人だと言う話……何となくだが、想像がついてしまう。それが当たっているかどうかは知らぬが、簡単に踏み入れられる話題ではあるまい? 辛い話など、したくないのが人間だ」
「……でも、経験は語り継がなくてはなりません」
ノッケンから黒い板を受け取り、続ける。
「これまで経験してきた事を残す術を、先代文明は、簡単に消えてしまう物に託してました。それが原因で悲劇は起こる。何かしら……決して消えない方法で後世に語り継がなくてはなりません。恐らく、神話等がその良い例なのでしょう」
目の前の光景を見ながら続ける。
「過去、本当にあった事が語り継がれていき、様々な事柄を混ぜ込んで話が大きくなっていき、やがて神話として語り継がれていく……過去の教訓や出来事を伝える為に。目の前の光景もやがて神話として昇華されるのでしょう……モーゼの海割り的な感じで」
「ふ……」
すると、ノッケンは大きな声で笑う。
「はーっはっはっ! お主、面白いことを言うな! 確かにそのとおりかもしれんな。まぁ、モーゼの海割りについては殆ど知らぬが……というか、あの集落にも知っておる者は殆ど居らぬだろう。神話というものも失われて久しいからな……成る程面白い。まぁ、今となっては真実はもはや分からんがな」
すると、ノッケンは手元の黒い板に目をやる。
「お、もう動くようじゃな……だが、もうこの蓄電器は使えぬようだ……」
「……残り三%ですか……まぁ取り敢えず良いです」
電源をつけ、残りの充電が少ないので急ぎ操作していく。
「……これか」
一つのファイルをタップし、それを開く。
そこには、長い文章が書かれていた。
「……長いな」
「ガーディアンリバーズは先代文明を生き返らせる為、率先してそれを使用していました。父はこういう機器に強かったので……話が長いのはここでも変わりませんがね」
内容を確認しつつスクロールしていき、ノッケンに事情を話す。
「父は何かあったらこれを持って逃げなさいと言いました。そこにはガーディアンリバーズが総力を挙げて掴みかけた、世界の真実が書かれていると。そして、五年前のあの日、私はこれを持って逃げました。がむしゃらに逃げて、父の言葉を思い出し使おうとしたのですが……」
「ふむ……電池が無かったか」
ノッケンの言葉に頷く。
「えぇ。元々は壊れてました。しかし、旅をする中でなんとか修理して、残るは充電だけという状況でした。取り敢えずデータも無事で良かったです……ん? これ……かな?」
長い長い文章の中に赤字で書かれている部分があった。
それを声に出して読み上げる。
「……世界は繰り返している、何度も何度も。我々はその証拠を集めることに成功した……後は根源を断つだけ……そうすれば、人類の新たな夜明けが……」
そこまで読むと、画面が真っ暗になる。
「あっ!」
「……電池切れじゃな……ダムが生きていれば充電も、出来たのだがのう……」
「……いえ、私の目的を果たす為には仕方の無いことです。それに、こんなにも充電出来無いとは思いませんでした」
軽く恨み言を言ったが、ノッケンは笑顔で返してくれた。
「ふふ……それはすまぬことをした……にしても、世界は繰り返している……か」
「……はい。あの文章をしっかりと読み解けば更に分かる事がある筈……でも、充電が……」
すると、ノッケンが何かを思い出し、口を開いた。
「そういえば、旅人が神の話をしていたな……ここから南に行くと、信じられぬ力を持った神がいると。さっきのお主の説で行くなら、それは先代文明の可能性があるのではないか? 儂が神と崇められていたようにな」
「……ガーディアンリバーズによって既に世界中から技術は集められたと思ってましたが……」
「ふ……儂のように断った者もおるのよ」
その言葉を聞き、次の目的地が決まった。
「じゃあ、南に行きます。ノッケンさんはどうするんですか?」
「……この歳で旅は厳しいからのう……余命も近いじゃろうし、ここで集落の者達の行く末を見届けるとするかのう……」
そして、ノッケンは手を出してくる。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。幼き旅人よ、名を教えてくれぬか?」
「……テトです」
そして、握手を交わす。
「うむ。幼き旅人テトよ。お主の旅の無事を祈っておるぞ。いずれお主にも旅の友が出来るだろう。そんな時、硬い考え方ではいずれ不和を生む。自分の考え方に固執せずに、柔軟にな」
「はい。ノッケンさん。ありがとうございました。……お元気で」
旅人の背中を幾度となく見てきたが、あれほど大きな責務を背負った小さな背中は初めて見た。
先代文明の痕跡の除去という目的、そして、父の残した世界の真実の解明という目的。
二つを無事に果たせる日が来るのか……
どちらにせよ、ただここから無事を祈るしか出来無い。
大きなリュックを背負ったあの……。
「……ん?」
そこで、一つのことに気がつく。
「……あの……少女か……少年か……ううむ……どっちなのかのう?」
そのどちらとも言えない容姿に、ずっと悩まされるのであった。
幼き旅人、テトの旅は続く。
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