後宮西遊奇譚――毒舌少女と悪の武侠、華の後宮で魔と出会う

喫茶ネコティー

<災厄の予言書編>

序章 胡蝶の夢

 新しい『神淵しんえん』が家に届いたのは週末の夕方だった。

 宅配業者が運んできた荷物を受け取って自室へ行き、箱を開けると白いヘルメット型の装置が入っている。


「わあ」


 光沢のあるパールホワイトの外殻。

 正面に青い蝶のロゴマーク。

 いつ見ても心が浮き立つ外観のVRヘルメットだ。ここに『神淵』がインストールされている。


『神淵』について説明しておこう。

 これは中国有数の技術力を持つ非営利組織が研究開発しているVRゲームだ。

 市販されてはいないが、今まで何度もベータテストを開催していて、私も三回ほど参加している。


 今日届いたこれは前回の不具合を修正し、大幅に改良した最新バージョンだった。

 VRゲームとは仮想空間に没入して迫真的なプレイを楽しむ遊戯のこと。

 装着者の脳波をVRヘルメットが読み取ることでゲームが進行し、プレイ中は五感がそのまま仮想世界へつながる。

 改めて言葉で表現するとすごい技術だが、現代ではありふれたものである。


 さて、『神淵』のゲームとしての特徴は多人数を様々な時代へ送り込むところ。

 参加したプレイヤーは架空の中華風世界の歴史上のどこかに生まれ落ち、それぞれの寿命の範囲で自由に行動する。

 時代が違えばあらゆるものが変わるのは当然のことで、例えば王朝や文化や宗教や主要民族などがプレイヤーごとに大きく異なるのだ。

 ゲーム中の選択が未来の世界に影響を与えたりもするようだが――。


 長い歴史において個人の役割はどんな意味を持つのか?

 国土を統一するような英雄の発生条件は?

 それに反逆する者はいかにして出現するか?

 蝶が羽ばたくような小さな行為が世界に大きな影響を与えることはあるのか?

 あるいは誰がどんな行動をしても最終的な大枠は変わらないのか?


 そんな疑問を架空の時空間で検証してデータを取るのが運営側の目的らしい。

 いわばVRゲームを使った歴史実験というところ。


 私は今まで三度ベータテストに参加しているから様々な情報を把握しているが、それでもすべてを知るには歴史というものは規模が大きすぎる。

 その上、今回のバージョンには外部から提供された革新的なAIが組み込まれていてプレイヤー以外のキャラクターも高い思考力を持っているのだそうだ。

 きっと新鮮な体験ができるだろう。



 ◇ ◇ ◇



 ゲームの開始時刻は零時から。

 日付が変わった瞬間、参加者は全員同時に『神淵』の世界に入ることになる。

 こうしないと長い年月を取り扱うプログラムに問題が起きるらしい。

 個々のプレイヤーが起こした行動をサーバーで順番に処理していくためだ。

 話によるとサーバーマシンには、千年分の出来事を一瞬で計算する性能があるとかないとか。


「ネットの怪しい噂だけどね……」


 さておき、今の私はVRヘルメットをかぶって自室のベッドに仰向けになり、どきどきしながら待機中である。

 開始時刻はもうすぐだった。

 やがて零時が訪れて、VRヘルメットに内蔵された『神淵』が自動的に起動した。

 頭の中に静かな古琴の調べが直接聞こえてくる。

 待ちかねたゲームが始まった。


 今の私の視界は一面の真っ暗闇だ。自分の姿も含め、どこにもなにもない。

 ただ無数の青い蝶だけが闇の中をひらひら飛んでいる。

 この蝶が私たちプレイヤーの魂をランダムに様々な時代へ運んでいく設定なのだ。

 まあ、いつもと同じ演出ではあるんだけど――と考えた次の瞬間、いつもと違う異変が起きる。

 ふいに視界がザザッと揺れて青い蝶が一斉に消え失せたのだ。

 音楽もぴたりと止まって世界が完全な無音になる。


 なんだこれは。新しい演出だろうか、それともプログラムの不具合か?


 初めて陥る事態だった。

 私の意識だけが闇の中に、ぽつねんと取り残されている。

 VRヘルメットを外そうにも体がなぜか動かせない。

 そして私の頭の中に突然、謎の言葉が流れ込んできた。



 ――『ようこそ、本物の現実の世界へ』









―――――――――――――――――――


読んで頂いてありがとうございます!


この物語は男性も女性も楽しめる、万人向けの内容(のつもり)です。

まだ本編が始まっていないので、もう一話お付き合いください。

楽しんでくださった方は応援、コメント、フォロー等よろしくお願い致します!


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