第7話 魔界の文化はジャパニーズサブカルチャーに浸食されました。
「……日本人なの、お前の父ちゃん?」
眼が点になりながらも何とか言葉を発した俺に、ヒメはこくんと首を傾げて見せる。
「……あれ? 言ってなかったけ?」
「……聞いてねーよ」
国際結婚処の話じゃねーな、おい。
「ウチのママが魔王に成ったばかりの頃、人間界に来たらしいのよ。まだまだ『やんちゃ』ざかりで……なに? ちょっと悪戯してヤラカシタ時に出逢ったらしくて……こう、詳しくは教えてくれないんだけど、ママ曰く、『あの優しさに、『乙女』な心を打ちぬかれたの~』らしいわ。だから……って訳かどうか分かんないけど、今回の私の『試練』も『優しくして貰う』なのよ」
「……ナンパされてる処でも助けたのかよ、お前のパパさん」
今日のヒメみたいに。親子二代でそれって流石にどうよ?
「あー……うん、娘の私が言うのもなんだけど、ママって美人なのよね」
「分かる」
「え? 分かる?」
「なんでもない。こっちの話だ」
だって、ヒメの母親だろ? 魔界に遺伝子的なモノがあるのかどうかしらんが、ヒメの母親なら美人でもおかしくない。つうか、絶対美人だろう。
「? 変なマリア。まあ、だからその可能性も無い訳じゃ無い。無い話訳じゃ無いケド……多分、違うと思うわ」
「そうなのか? ヒメのお母さん、美人なんだろう?」
「だって……」
たっぷり、二秒。
「……ウチのママ、『ナンパ』とかそういう軽い事、大嫌いなのよ。そんなママに――『魔界最凶にして、最悪』って呼ばれた、そんなママをナンパして無事で居る訳ないじゃない、ナンパした男」
「……」
「きっと、パパが助けに来る前に消し炭になっていると思うわ」
「……怖すぎるんだが」
なんだろう? 変な話だが、ようやく魔界の住人と話してる気分になってきた。つうか、流石魔王だな。消し炭ってなんだよ、消し炭って。
「まあ、そんな訳で……ママが『ヒメちゃんの旦那さんになる人は絶対、人間! それも日本人よ!』って言ってるのよ。だから、日本に探しに来たの」
「伴侶を?」
「う……うん」
だから、一々言い淀むなって。マジで勘違いするぞ。
「……なるほど」
まあ、それはともかく……そう言われてみれば分からんでもない。いやさ、実はちょっぴり『なんでわざわざ人間を伴侶に選ぶんだろう?』とは思ってたんだ。なるほど、そういう理由か。
「親父の故郷を選んだ、って事か?」
「あ、それは違う」
「……違う?」
あれ? 違うの?
「ヒメのお母さんが日本人に助けて貰ったから、魔族丸ごと日本ファンとかじゃねーの?」
「日本ファンは日本ファンね。BSも映るし。でも、それだけじゃなくて……その、私達魔族に取って、実は一番『恐ろしい』のは人間なのよ。どんな魔族よりも、ひょっとしたら神とかよりも」
「そうなのか? 『人間なんぞ我々の餌に過ぎんぞ! ぶわっははは!』とかじゃねーの?」
「餌って。そんな訳ないじゃん。ええっと……そうね。マリア、ゲームとかする?」
「なんだよ、いきなり」
「いいから」
「まあ、そこそこする……かな?」
そんなにガッツリする訳じゃ無いが、別に嫌いって事はないな。
「某超大作RPGとかは普通にするぞ?」
「どっちか分からないけど、私はどっちも好き。それでその、某超大作RPGとかで、魔王を倒す『勇者』って大体人間でしょ?」
「……まあ、そうだな」
たまに神の血が混じってたりするが……まあ、カテゴライズ的には人間だろう。そりゃそうだろうけど……
「……でも、それはゲームの話だろ? 現実とゲームを一緒くたにするなよ。魔族全員痛い子か、おい」
「まあ、それは冗談だけど……でも、それをおいておいても、魔族に取って人間って結構な脅威なのよ。魔族は普通、自分の方が『弱い』って思ったら勝負を挑んだりする事なんてないのよね。命は一個しか……たまに二個とか三個ある魔族も居るけど、まあ有限だし? 魔界は広いから、勝てない相手だと思えば逃げれば良いのよね。再び出逢う可能性なんか殆どないし」
「……戦ったりしないのか? こう……もしかしたら、とかあるじゃん。勝負は下駄を履くまで分からんし」
諦めたらそこで試合終了って白髪のおじいちゃんも言ってたぞ?
「微妙なライン、やってみなければ分からないってなればそりゃ勿論、戦いはするわよ。でも……そうね、『種族』同士の戦いで、相手を全滅させるまでやる事ってそんなに無いのよ。相手にも事情があるって事は分かるし、自分達の被害も甚大になるから」
「……」
「でも……貴方達『人間』って、例え勝てないと思っても、分かっても、知っていても、それでも策を弄し、協力し、徒党を組んで攻め込んでくるでしょ? 仮に目の前の人間を一人倒したら、次の日には百倍くらいの人数で向かって来るし。正直、なに考えてるか全然分かんないもん」
「……え、ええっと……」
「私達、魔族と共存なんて考え方は基本無いみたいだし、話も聞いてくれない。どちらかが滅びるまで全力で戦う姿はちょっとした脅威よ、コレ? 世界は広いんだし、関わらない様に生きて行けば平和じゃないかな、とは思うわ。魔王が怖いのは分かるけど……もうちょっと……ねえ?」
「……でも……ホラ、魔王が人間界に攻めて来たりするかも知れないじゃんか」
「マリア、世界史詳しいんでしょう? 攻めて来たことがあるの? 魔王が」
「……ないな」
「でしょ?」
そう言って、ヒメは呆れた様に溜息を吐く。
「魔界だって広いんだし、わざわざ人間界に攻めこむ必要は無いのよ。でも、人間は魔女狩りだ、悪魔憑きだ、って魔族を貶めて、関わったモノを全員処罰するでしょ? 別に、私達が何をした訳でも無いのに」
「……はい」
……なんだろう。話を聞いてると人間がすげー悪者に思えて来たんだが。
「なんだろう……ちょっと申し訳なくなって来た」
「……まあ、良く分からないモノが怖いって気持ちは分かるからソレは良いんだけど……」
そう言って、ヒメが視線を遠くに。何かを思うように、想うように、視線を遠くに向けて。
「――結局、一番怖いのは人間だ、って事よ」
「……それは使い方がちげーよ」
いや、待てよ? あってるのか、それで?
「……まあいい。でも、なんで日本を選んだんだよ?」
人間が怖いっていうのは分かった。でも、『日本人』が怖いって訳じゃねーんだろ? 『人間』が怖いって言うんなら、別に日本人じゃなくても良くねーか?
「魔王って云うのはその……なんだ? そうは言っても純粋な戦闘力だって重要なんだろう? 日本人……つうか、俺らアジア圏の人間と欧米人、あるいは黒人なら、絶対そっちの方が基礎体力はたけーぞ?」
体のつくりからして違うからな、俺らとは。実際、短距離走にしてもボクシングのヘビー級にしても、ラグビーやアメフトにしても、欧米や黒人の方がつえーしよ。
「……なんだよ?」
そんな俺の言葉に、ヒメがジト目を向けた後、小さく溜息を吐いた。
「……それ、マリアが言う?」
「俺はどう考えても例外だろう?」
あくまで一般的に、だ。日本で俺を探すよりは、他の国で俺みたいな奴を探した方が簡単だし、手っ取り早いだろうに。
「……まあ、言っている意味は分かるわ。理由は大まかに分けて三つね。聞く?」
「拝聴しよう」
「一つ。通貨も言語も日本準拠よ? 『魔王様』に快適に暮らして貰う為にも、日本人を選んだ方が良いじゃない」
「……優しいな、おい」
それじゃなんだ? 過ごしやすくして貰う為に日本人選ぶってか?
「別に優しさじゃないわよ。魔王って言うのは絶大な権力を持つんだもん。仮に英語圏の人間を選んで、『明日から公用語は英語! 通貨はドルで!』とか言われたら、ソレに従わなくちゃいけないのよ? そっちの方が面倒くさいじゃん。折角、パパの代から日本語とか日本円とか取り入れたのに、また一から作り直すなんて」
「……確かに。二つ目は?」
「私……っていうか、魔族が『日本贔屓』なのを加味しても、街中で困ってる人を助けてくれる様な国って日本ぐらいじゃない? しかも、三回もよ? マリア、さっき言ってたけど、力が強いとか足が速いだけじゃダメなの。『私に優しくしてくれる』って所が重要なんだから」
「……優しい国だってあるぞ、多分」
別に日本だけが優しい訳じゃないと思うが。
「そう。じゃあ、私が知っている先進国で、一番優しそうな国が日本だったの。知らない国なんて、無いのも一緒よ。無論、『私の知る世界』っていう狭い世界の中だけど……でも、わざわざ手間を掛けて『優しい国』を探す方が時間の無駄じゃない?」
「開き直った無知が一番つえーな、おい。それで? 三つ目は?」
「三つ目は……アレよ。ちょっと言い難いけど……」
そう言って、言葉通り言い難そうに口を二、三度開閉させて『あー』とか『うー』とか言うヒメ。やがて意を決した様に。
「……その……日本人が、一番言う事聞いてくれそうだから」
失礼な事をのたまいやがった。おい。
「ち、違う! そうじゃなくて――って、怖い! マリア、眼が怖い! そんな、今にも八つ裂きにしてやるみたいな目で見ないでよぉ!」
「そんな眼で見てねーよ!」
ジト目を向けただけだ、ジト目を! 何処の戦闘民族だ、俺!
「べ、別に、騙しやすそうとかそういう意味じゃないの! お人好し過ぎる国だ、とかでもないの! そ、そうじゃなくて……その、宗教観とかが!」
「……宗教観?」
「……ホラ、日本って『八百万の神』って言うでしょ? 悪神とか邪神……っていうか、まあ色々問題起こした人も神様にしちゃう様な国じゃん?」
「否定はせんが……」
まあ、大宰府にしたって復讐に燃える菅公を宥める為に作った神社だしな。確かに風土として、そういう所はあるだろう。
「対して欧米や中東の所謂『アブラハムの宗教』って、一神教の訳じゃない? そんな国の人に『魔王になってくれませんか?』なんて言っても、絶対納得してくれないと思うのよね。よその所の神様だって認めてくれないのに、魔王なんて認めてくれる訳ないじゃん。そう思わない?」
「……お、おう。言われて見れば確かに」
なるほど。巷で流行りの異世界転生モノも、日本人だから成り立つのか。確かに、敬虔なキリスト教徒とかイスラム教徒なら、『ごめーん、間違えちゃった! お詫びに転生させてあげるよ! だから許してね、てへぺろ!』なんて『神様』に言われたら、舌を噛み切るかも知れんな。
「……っていうかね? 日本人って流石に節操なさすぎじゃない?」
「節操がない? 宗教か?」
まあ……確かに、一神教の国々から見れば奇異に映るかも知れんが……でもな? これはこれで色々――
「そうじゃなくて」
「……なに?」
「勇者召喚で魔王を倒すってストーリーは……まあ、人間の立場なら分からない事は無いから百歩譲って許すけど、そ、その、た、倒すべき、ま、魔王が……ろ、ロリッ娘ってどういう意味よ! なに考えてるのよ、貴方達!」
炬燵をバーンと叩くヒメ。叩かれた天板が、その上に置かれたミカンと湯呑を揺らし、そのままヒメは炬燵の天板を持ち上げる様に手を掛けて――って、待て!
「ちょ、待て! 炬燵を一徹クラッシュしようとするな! 後、出来ればお前の口からロリっ娘とか聞きたくなかった!」
「し、しかも! 自分で倒した年端のいかないロリ魔王に……あ、あんな如何わしい事する様な本が、白昼堂々と街の中で売ってるってどんな国よ、此処!」
「お、落ち着け! 落ち着け、ヒメ!」
「日本人が『あんなの』売るから、魔界でも流行っているのよ、アレ! 勘弁してよ、ホントに!」
「すげーな、ジャパニーズサブカルチャー! 世界どころか魔界まで席巻してるのかよ!」
「い、言っておくけど、う、ウチのママは『あんなん』じゃないんだからね! ちょっと変な所もあるけど、基本はパパ一筋なんだから! 自分を倒した勇者に簡単に靡く事なんて無いんだからね!」
「分かった! 分かったから!」
あの細腕の何処にこんな力があるのか、凄い勢いで持って行かれそうになる天板を必死に抑えながら、対面のヒメをどうどうと宥める。まあ、確かに自分の母親の『そういった』本が世に溢れていると知れば、娘の立場からすれば色々と言いたい事はあるだろう。
「分かった! 日本人の代表として謝る!」
俺が謝る事じゃないけど。
「わ、分かればいいのよ……ふう……ふう」
「……落ち着いたか、怒れるヒメ様?」
「……ごめん、取り乱した」
そう言って、もう一度大きく深呼吸。そのまま炬燵の上のお茶を飲み干すと、ゆっくりとヒメが立ち上がった。
「……ごめん、無駄話したね。それじゃあ、行こうか」
「行く?」
立ち上がるヒメに、はてなを浮かべる俺。そんな俺に苦笑を返し。
「伴侶も見つけた。魔界の説明もした。するべき事も分かった」
なら、と。
「一度は行っておかないといけないでしょ? ――『魔王』に挨拶に」
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