第6話 魔王業は日給五万の素敵なお仕事です!
「……もうイイか?」
「……うん」
あの後、散々『何よ、理系クラスって!』とか『どう考えても体育系でしょ!』とか『数学が得意とか、意味が分かんない!』とか一頻り騒いだヒメ。それもようやく落ち着いたのか、肩で息をしながら頭を下げて来た。
「……その……ホント、ごめん。ちょっと余りのギャップに取り乱したわ」
「まあ気持ちは分からんでもない。だからあんまり気にするな」
俺だって、俺みたいなのが『フェルマーの最終定理が』とか言い出したら気が狂ったかと思うからな。気持ちは痛いほど分かるよ、うん。
「それより続き、話してくれよ。話が一向に前に進まんし」
俺の言葉にしばし迷って見せた後、納得した様にヒメが頷くと炬燵の上に放り投げたフリップを拾う。
「えっと……それじゃ続き。さっきも言ったけど、私は魔王の娘だからといって『魔王』になれる訳じゃない。ママがそうであったように、私は私のチカラで、私が『魔王』に相応しい事を証明して見せないといけないの」
「魔王である事を証明って……」
一息。
「……そんなに簡単に出来るのか?」
何を持って魔王であるか、難しい所なんだろうが……中々大変だと思うけど、それ。
「なんだ? 魔界一武道会でもするのか?」
「私のママの時はそれ。当時の魔王と一騎打ちで戦って、そして勝ったの。各魔族の族長が見守る中で勝利したママは、そのまま魔王として即位したのよ」
「……ふむ」
ヒメの母親の時はそれでも良かったのかも知れない。辺境の魔族が、魔王に挑み、そして勝つ。景品が『魔王の座』という所を除けば、王道っちゃ王道のヒロイックサーガだろう。母親だからヒロイニックサーガか。
「んじゃ、それをする?」
俺の言葉に、少しだけ残念そうにヒメが首を左右に振って見せる。ああ……自分で言っておいてなんだけど、まあそうだろうな。
「……流石に身内同士で決闘、って訳にも行かないか。八百長疑われるかも知れないし」
誰だって我が子は可愛いだろうし、ヒメが勝ったとしても『魔王が手を抜いた』と思われかねんしな。
「……それもあるんだけど……それ以上に純粋に戦闘力という面ではママの足元にも及ばないの。経験とか、年齢的なモノもあるけど……純粋に、チカラが足りないから」
「……そうなのか?」
「勿論、ママが規格外だって事もあるわ。でも……そうね、私はホントに、ホントに普通の魔族なのよ。ただ、ママの娘で、魔王候補ってだけで……」
そう言って、少しだけ辛そうに瞳を伏せる。自身の力を嘆くような、悲しむ様な、そんな表情を浮かべて。
「……ごめん、嘘」
「……嘘?」
「……私……本当は、全然ダメなの」
「……」
「チカラも全然ないし、ママには何をやっても勝てないの。年齢とか、経験とかじゃなくて、純粋に才能が無いの。魔界を統治する事なんて、力不足だって自分でも分かるぐらい……ホントに、何もないの」
ああ。なるほど。
「だからか」
「……なにが?」
「『マリアは、嫉妬した事ある?』」
「……あう」
俺の言葉に、ヒメが少しだけバツの悪い表情を浮かべて見せて。
「…………うん」
後、こくりと頷いて見せる。
「……ママって、本当に凄い『魔王』なの。ママの娘として、私はママみたいになりたいって、ママを超えたいって……そう、思ってるんだけど……」
「ママには勝てねー、って?」
「……うん」
「だから、『嫉妬』する?」
「…………うん」
「それで、そんな自分が嫌いだ、か?」
「………………うん」
……なるほど。
「私は、魔族として『弱い』んだ。魔王であるママに勝てるぐらいのチカラがあれば、そもそもこんな『条件』は出てないのよ」
まあ、そうだろうな。
「私が、弱いから……だから、私は私の、ママとは違う――純粋な戦闘力じゃない、別の『チカラ』を認めて貰わなくちゃいけないの。戦うだけじゃない……別の、チカラを」
そう言って、儚げに笑う。
「そして……それは、きっと私の目指す『魔界』の形だと思う。チカラだけじゃなくても良いじゃない。皆が楽しく、仲良く暮らす魔界でも……私は良いと思う……」
「魔王候補が平和主義ってどうよ?」
まあ、でも……それも悪くないかも知れないな。
「……まあ、いいじゃねーか。別に槍働きが王の仕事って訳じゃ無いだろうし? ヒメに、今の魔王とは別の能力があれば、それで認めて貰えればいい話なんだろ? ホレ、今から頑張って腕力身に付けるよりはマシだって。ヒメ、見るからに弱そうだしな?」
なるだけ、軽く。冗談っぽく言ってみるも、ヒメの顔色はさえず。
「……別の能力、あるのかなぁ」
――おうふ。なんだか気弱モードらしいな、おい。
「あるかどうかはわかんねーけど、諦めたら見つける事すら出来ねーぞ。その……なんだ? 力不足かも知れねーけど、乗りかかった船だ。俺も手伝ってやるからよ。別に王様が最前線に何時でも出張らなきゃいけねー訳じゃねーんだろ? なら、ヒメは『運用』で頑張ればいいじゃねえか」
そもそも、魔王が最前線に出てくるなんて正気の沙汰とは思えんしな。お城の周りでいきなりラスボスが登場するようなゲームだったら、バグを疑う前にディスクを叩き割るわ。
「……ありがと。慰めてくれて」
「別に慰めた訳じゃねーよ」
「私のママもそう考えたのよ。私自身に力が無くても、私を支えてくれる優秀なスタッフが居ればそれで良いってね。だから、私がしなくちゃいけない事は一つ。繰り返しになるけど、即ち――」
そう言って、フィリップを捲るヒメ。
「――『他の魔族に、自分達の『王』だと認めて貰う』」
フィリップの中央に、吹き出し尽きでデフォルメされた……なんだ? 食玩? みたいなサイズのヒメが描かれていた。『むん!』と言いながら握り拳を作っている姿は結構愛らしい。
「その中の一つとして、共同統治者たる……その……は、『伴侶』を見つけるって言うのがあるのよ」
言い淀むな。頬を染めるな。勘違いしたらどうしてくれる。
「……なるほどね」
まあ、それはともかく理解はした。理解はしたけど……
「でもさ? それだったら、俺が『仮の』魔王とかで良いのか? それって結局、共同統治者たる伴侶を見つけたって事にならなくね?」
今の説明じゃ、俺を魔界の共同統治者にするってのはあくまで入口じゃなくて出口の話じゃねーかと思うんだけど? 離縁なんかしても良いのか?
「う……で、でも! 頑張れば……マリアの助けが無くても大丈夫って証明できれば、マリアの……その、退任も認めて貰えると思うのよ! っていうか、そうなったら認めて貰うから! どんな事をしてでも!」
そう言ってフリップのねんどろいどヒメ同様、『むん』っと握り拳を握って見せるヒメ。畜生、可愛いじゃないか、おい。
「まあ、その辺りは今考えても仕方ないか。取り敢えず、シンプルに行こう。俺はお前に付いて魔界に行って土日だけ『魔王業』をする。その間、ヒメは色々頑張って……まあ、魔王として認められる。ヒメが魔王として一人前……って言い方変か? 取り敢えず、認められれば俺はお役御免と……ざっくり言えばこういう事だろ?」
俺の説明にコクリと頷いて見せるヒメ。と、直ぐに左右に首を振って見せた。
「大事な事が一つ抜けてるわ」
「大事な事?」
「お金」
「お金? お金って……ああ」
そっか。『バイト』って言ってたしな。
「いや……でもな? 別に必要ないぞ、バイト代なんて」
ヒメがあんまりにも申し訳無さそうにするから忘れがちだが、元々俺に殆ど選択肢なんかねーだろう? 断ったら即、不幸な未来が待ってるんだったら文字通り、悪魔とだって手をむすぶぞ、普通。
「なんだ? 悪魔の契約的なヤツか? 対価を貰わないと……みたいな?」
「アレは下級の悪魔だから、対価が無いと執行出来ないだけ。私は、そうは言っても王族だし? 対価無しでもマリアを使役する事だって出来るわ」
「こえーな、おい」
「あ! 勿論、そんなつもりは無いわよ! まあ……あんなことになってどの口が言うのか、と思うでしょうけど、マリアの意思を尊重したいと思ってるわ」
「……魔王って悪魔の親玉だよな? こう……なんだろう? 普通、もうちょっと『良いから黙って私の言う事を聞きなさい!』みたいなカンジじゃねーのか?」
人間風情に腰が低すぎねーか? いいのか、コレで? なんだか俺の中でマリア株がドンドン上がっていってるんだが。無論、いい意味だ。
「さっきマリアも言ってたでしょ? ヤのつく自由業の方々と一緒。その辺のチンピラより親分の方が寛容なモノなのよ、意外に」
「……さいですか」
まあ、問題ないならいいけどな。俺だってこっちのヒメの方が良いし。
「で、さっきの話よ。契約に対価は必要ないけど……私の罪悪感を薄らげる為だと思って、バイト代貰ってくれない?」
ダメ? と首を傾げて見せるヒメ。ああ、女ってズルいよな? 自分を可愛く見せるすべを良く心得ていらっしゃる。
「……分かった。それじゃ、有り難く頂いて置く。あって困るモノでも無いし」
「ありがとう。助かるわ」
「……変な話だけどな。バイト代貰って『ありがとう』って言われるなんて」
そう言って苦笑する俺に、ヒメも苦笑を返してくる。その後、少しだけ申し訳無さそうに顔を歪めた。
「ただ……そ、その、勿論内緒の話だから……バイト代って言っても、そんなに出せないのよ。私のお小遣いの中からしか出せないから、ホントに微々たるモノで……だ、だから、マリアが納得してくれるかどうか分からないんだけど……」
「ああ、別に構わねーよ、いくらでも。元々いらねーって思ってたんだしな。だから――」
……ん?
「……ちょっと待て。バイト代って言ってたけど……その、なんだ? まさか現物支給とかじゃねーよな?」
ホレ、良くあるだろう? 農家の手伝いしたらバイト代の代わりに野菜貰ったとか。まさか、魔王の手伝いしたから竜の鱗を差し上げます、とかじゃねーだろうな? 金も要らんが、竜の鱗なんぞもっと要らんぞ。
「ああ、それは大丈夫。お金は日本円で払うわ」
……日本円とな?
「ええっと……要らないって言っておいて、その、あの……なんだけどよ?」
「ああ、金額? いくらかって事?」
「ちょ、直接的すぎるだろう!」
わ、分かってるよ、俺だって聞いてて恥ずかしいわ! で、でもな? 幾らくらいかって……ああ、もう! 気になるだろうが!
「そんなに気にしなくて良いわ。正当な対価ですもの。幾らぐらい貰えるか、気になるのは当然だし、聞くのは恥ずかしい事じゃないわよ?」
「……そ、そうか?」
「勿論」
そう言ってヒメは笑い、手をパーの形にして見せる。
「……少なくて悪いんだけど……に、日給でこれぐらいで……ど、どう?」
……流石に、日給五百円って事はねーよな? 何時間労働か分かんないけど、どうせ暇してるんだ。ヒメ曰く、『何にもしなくていい』って事だし……十分だろう? 日給で五千円も貰えるなら。
「えっと……う、うん。幾らでもイイって言ったし、全然問題な――」
「良かった! じゃあ、日給五万円で、お願いね!」
「――いわけないだろ! 問題大有りだわ、ボケ! なんだよ、日給五万円って!」
貰い過ぎだろう! 一週間で十万、一カ月で四十万だぞ? 親父の手取りより多いわ!
「す、少なかった? それじゃ、日給……な、七万で!」
「逆だ、逆! 多すぎるんだよ! 高校生でそんなに貰ってたら碌な大人にならんだろうが!」
「で、でも! で、でもでも!」
「デモもストもねーよ! つうか、お前、バカじゃねーの? 何処の世界に日給五万のバイトがあるんだよ!」
「あ、あれ~? な、なんで私、怒られてるの? 給料が多いって、怒られる事なの? 意味わかんないんだけど? え? ええ?」
俺の言葉に若干ヒメがパニック気味に。う……い、いかん。
「あ、ああ……すまん。怒鳴って悪かった。いやな? 流石に大した仕事もしねーのに日給で五万なんか貰い過ぎだろう?」
「で、でも、マリア、魔王になるんだよ? イヤな事なのに、してくれるんだよ? それじゃ、それぐらい払わないと! 誠意を見せないと!」
「……『誠意を見せろ』なら聞いた事あるけど、逆は初めてだよ。良い奴か、お前は。魔王候補だろうが」
大丈夫なのか、ヒメ……っていうか、魔界。コイツ、次の魔王の大本命なんだろう? コイツこそ詐欺にあうんじゃねえか?
「……そんなに要らない。精々、その十分の一……日給、五千円で十分だ」
「そ、それだけ? それだけでいいの?」
「一生、それでお金を貰えるならそれでもいいだろうけど、そうじゃないからな。此処で楽すると働けなくなりそうだからそんなにいらねーよ」
額に汗して働かない人間はダメだってばっちゃんが言ってた。柔道七段のな。
「そんな訳で、日給は五千円で」
居るだけでいいのに五千円貰えるなら御の字だし。
「にしても……あるんだな、日本円。なんだ? こういう事もあろうかと、って事で取り寄せてたのか?」
話を変える意味を込めて、ヒメに視線と言葉を送る。そんな俺の言葉に、ヒメはきょとんとした顔をして見せる。なんだよ?
「あるもなにも……魔界で流通するお金は、日本円よ?」
「…………は?」
「ちなみに魔界の公用語は日本語だから、言葉の壁は無いと思って貰って構わないわ。街並みは日本……じゃないけど、人間界に似せて作ってるし、料理だって和風の料理が多いから。文化は……まあ、若干違いがあるけど、困る事は少ないんじゃないかな? BSも映るし」
…………え?
「……えっと……その、なんだ? 魔界の人……つうか魔族は、日本大好きなのか? なんだ? 今、空前の日本ブームが魔界に押し寄せていちゃったりするカンジか?」
俺の、そんな問いに。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言って、ヒメは首を傾げて。
「私のパパ、日本人よ?」
……聞いてねーよ、そんなの。
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