第3話 玉子サンド・オカンの工夫

平日、始業時間が早い会社に勤める妻は、味噌汁と白米、納豆という和朝食を食べていく。だから、週末はパンを食べたくなるらしい。


そんな理由もあって、土日の朝食にサンドイッチを作って食べるのが恒例になっている。


低温調理器でつくったローストビーフやプルドポーク、ポルケッタ、アジフライ、ツナマヨネーズなどを挟んだサンドイッチを、たびたびXに投稿していた。フォローしている人の中には、その写真を見たことがある人もいるかもしれない。


ただ、この物価高な世の中だと、パンだけでなく、野菜や肉類も高くなっている。牛肉や豚肉などを気軽にサンドイッチに使うのは難しい。


そういった経緯もあって、土曜の朝は玉子サンドを作ることにしている。


玉子サンドにも種類があり、茹で卵を潰してマヨネーズで和えた玉子サラダを挟むもの、オムレツを挟むもの、だし巻きを挟むものなどがある。


とはいえ、最も一般的なのは、やはり玉子サラダを挟んだタイプだ。我が家でも定番の玉子サンドは、この玉子サラダを使う。


土曜日、目が覚めたら鍋に水を張り、冷蔵庫から卵を三個取り出す。上手く卵の殻が剥けるように、穴あけ器で卵の底側に穴をあけて鍋の中へと放り込んで火にかける。


ボクはいつも冷水から卵を茹でている。急激な温度変化で卵が割れにくくなるからだ。それでも卵が割れるのが気になる人は、少量の食酢を入れて茹でるといい。


茹で時間は沸騰してから十三分間が基本だ。沸騰したら火を緩めても問題ない。黄身の中心部を半熟にしたければ茹で時間は九分。完全に半熟にしたければ六分半茹でるといい感じに茹で上がる。


もちろん、これは好みの問題なので、自由に調整すればいい。


茹であがった卵はすぐにお湯を捨て、冷水で締める。


このとき、卵の殻をスプーンの背などで軽くたたき、全体に割っておくと殻の内側にある膜と白身の間に水が入って剥きやすくなる。


小学四年生の頃だろうか、オカンが玉子サラダをつくるのを見ていたことを思い出した。


オカンは丁寧に白身と黄身を分け、白身を包丁で刻んでからボウルのなかに入れると、微塵切りにした玉ねぎを加えるのが好きだった。


頭の中に、オカンとの会話が蘇る。



「なんで玉ねぎ入れるん?」


「量が増えるんや」



オカンは、刻んだ玉ねぎをボウルに入れ、中に入った具材を混ぜ始めた。



「まあ、食べてみ」



オカンは指先で掬い取った玉子サラダをボクに向けて突き出してきた。


それをボクは自分の指でぬぐい取って口に運ぶ。


たんぱくな卵白はプリプリとし、マヨネーズに混ざった黄身はねっとりとしていて、玉ねぎは独特の香りをつけるとともに、シャキシャキとした食感を残していた。



「食感もよおなるやろ?」


「うん、美味しいわ」



オカンは表情ひとつ変えることなく、卵サラダを混ぜ合わせると、サンドイッチ用に薄切りにしたパンへ塗りはじめた。

当時は卵は一日一個までという謎のルールがあったので、ひとつのサンドイッチに使われる玉子サラダの量は少なかった。でも、サンドイッチ用に薄く切ったトーストにはちょうど良かった気がする。


そういえば、我が家の冷蔵庫にも玉ねぎが四分の一、残っていたはずだ。


冷蔵庫を開き、ラップから取り出すと、繊維に向かって斜めに切れ目を入れていく。あとは上端側から輪切りにするように切って行けば自然と微塵切りの出来上がりだ。


ボウルに殻を剥いた茹で卵、玉ねぎの微塵切り、塩ひとつまみ、胡椒少々を加える。そこへ、マヨネーズを一気に投入する。


具材はフォークの爪で潰すようにしながら混ぜていく。白身も細かく刻んだようになっていくので楽でいいのだ。


最後に全体を混ぜ合わせたら、五枚切りトーストの上に山のように盛り付け、もう一枚焼いたトーストを被せる。それをクッキングシートで包装したら、包丁で二つに切り分けてできあがりだ。


できあがった玉子サンドを妻と一緒に食べる。


ザクッという音とともに、歯が食い込んでいく。トーストした食パンの芳ばしい香りのあとに、胡椒と玉ねぎの香りが追いかけてくる。舌にねっとりと広がる玉子サラダからは卵の香りが広がり、卵白のプリプリとした食感と玉ねぎのシャクシャクとした食感の対比を楽しめる。


噛り付いたことでムニュリとパンからはみ出しそうになる玉子サラダだが、クッキングペーパーで固めているから、外にははみ出してくることがない。逆に口の中いっぱいに溢れ出し、黄身のコクとマヨネーズのまろやかな酸味が混ざり合い、口いっぱいに旨味が広がってくる。



「玉ねぎ、入れたん?」



ひとくち齧りついた妻がたずねてきた。



「うん、オカンがよく入れて作っててん」


「食感が加わっていいと思う」


「せやろ?」


「オカンが考えてん」



果たしてオカンは玉ねぎを入れることを考えついたのか、それともどこかの喫茶店の真似なのか、もしくはテレビの料理番組でもみたのか……今となってはオカンにたずねることもできない。



「ほんまに? でも、いいと思う」


「うん。たまに、玉ねぎを入れて作るのもええよな」



妻は大口をあけてサンドイッチに齧り付く。


オカンが作った、小さくて薄いサンドイッチではない。けれど、これも間違いなく、我が家の味を形作る一品だ。


次の土曜日もまた、玉子サンドにしよう。



【玉子サンドの作り方】


<材料>

 ・鶏卵         …… 3個

 ・マヨネーズ      …… 卵1個分

 ・塩          …… 少々

 ・胡椒         …… 少々

 ・玉ねぎ        …… 小1/4

 ・食パン        …… 2枚(5枚切り)


<作り方>


1.鶏卵に穴あけ器を使って穴をあけておく。鍋に水を

  張り、鶏卵を入れてから火をつける。

2.鍋が沸騰したら、弱火で十三分間煮る。

3.茹で上がった卵を冷水につける。スプーンの背で軽

  く叩いて割ると、再び冷水に入れる。

4.ゆで卵が冷えたら殻を剥き、ボウルに入れる。

5.玉ねぎを微塵切りにしてボウルに加え、塩、胡椒、

  マヨネーズを加えて混ぜ合わせる。

6.食パンをトースターで焼く。

7.焼けた食パンをクッキングシートの上に一枚置き、

  上に玉子サラダを盛る(中央を高くすると後が楽)。

  残りのトーストを上に乗せたらクッキングシートで

  包み、半分に切って盛り付けたら出来上がり。

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