第2話 だし巻・オカンの弁当

毎日出勤する妻は、自分の弁当を毎晩作っている。その中のいくつかのおかずは、ボクの担当だ。今日も今から一品つくる。


何を作ろうか……ランチタイムに食べる弁当の中に香りが強いニラ玉を入れるわけにはいかないから、だし巻にしよう。


ボウルに卵を四個割り入れる。そこに、水を少々入れてから、顆粒の鰹だしを入れる。更に塩をひとつまみ、薄口醤油を少々。菜箸を使って白身を切るようにして混ぜ合わせる。


そういえば、ボクが子どもの頃、オカンが作る弁当にはいつもだし巻が入っていた。ただ、面倒くさがりのオカンはいつも残り物のおかずを詰める。よく入っていたのは高野豆腐だ。


四十年ほど前、中学校では給食はなかった。


だから、ほとんどのクラスメイトは弁当だった。コンビニもまだない時代なので、朝から何かを買って登校するならパン屋くらいしかなかった。オヤジも昼は弁当を持って行っていたから、必然的にボクも弁当が多くなった。


オカンが作る弁当は、いつもバンダナくらいの布で包まれていた。それを、通学鞄にそっと詰める。


当時の鞄といえば、今のような肩掛けのスポーティなものではない。マチ幅の小さな、昔ながらの「学生鞄」だった。


平らに入れるスペースがなく、アルマイトの弁当箱はいつも立てて入れるしかなかった。汁気のあるおかずなんて入れた日には、案の定、中で漏れて他のおかずに染みてしまう。


その結果、どのおかずを食べても高野豆腐の味がするお弁当になっていた。



「なあ、弁当に高野豆腐を入れんといて欲しいねんけど」


「なんで?」


「鞄に入れたら高野豆腐の汁が他のおかずに染みて、全部同じ味になるねん」


「ふうん……」



オカンが作る弁当は、次の日からひとくちカツやウインナー、スパゲティサラダなどが入るようになった。


しばらくするとオカンは保険外交員の仕事を始め、帰りが遅くなるようになった。


そのころ、学校内に昼休みだけに開くパン屋ができた。



「学校の中にパン屋ができたから、昼はパンでもいいよ」


「そうなんや。わかった」



翌日から昼食分だけ小遣いが増え、それっきり弁当が作られることはなかった。


高校、大学を経て社会人になると、独り暮らしをはじめた。


妻と暮らすようになってからも、機会があれば顔を見に実家に戻っていた。


気がつけば、オカンの認知症が進行し、正月のだし巻はいつしかオヤジが作るようになっていた。


火にかけた玉子焼きパンに油を入れて馴染ませたら、半分くらいの卵液を一気に流し込み、菜箸でかき混ぜながら芯をつくっていく。


芯が出来たら、玉子焼きパンの先のほうで芯を持ち上げ、卵液を芯の下に流し込んで厚みを作る。


芯がしっかりとしてきたら、左手の玉子焼きパンを真っ直ぐ上に向けて振り上げ、中のだし巻を返す。だし巻を前方に突き出し、余った卵液を手前に広げる。同じ動作を繰り返し、だし巻をふっくらと仕上げていく。


途中、卵液を足しながらだし巻を返して焼き上げたら、最後に形を整え、包丁を入れて切り分ける。巻きながら焼いたことがわからないような断面で仕上がると、ついにんまりとしてしまう。


別に料理人ではないが、ボクの作り方は和食の料理人のそれに近く、オカンの作るだし巻とは全然違った仕上がりだ。オカンが作っただし巻は、いつもふわりと鰹だしの香りがした。


「だし巻、美味しかったよ」


弁当を食べた妻はこう言って喜んでくれる。


オカンが作るだし巻とは違うれど、これが今の我が家の味。試行錯誤を重ねて、妻と二人で作ってきた味だ。


明日もまた、いつものように、だし巻を焼こう。



【だし巻の作り方】


<材料>

 ・鶏卵        …… 4個

 ・顆粒鰹だし(無塩)  …… 小さじ1/2

 ・水         …… 60ml(大さじ4)

 ・塩         …… ひとつまみ

 ・薄口醤油      …… 少々

 ・サラダ油      …… 適量


<作り方>


1.ボウルに卵を割り入れ、水・顆粒だし・塩・薄口

  醤油を加え、白身を切るようにして混ぜる。

2.玉子焼きパンを中火で温め、油を馴染ませる。

3.卵液を半量入れ、芯を作りながら巻いていく。

4.卵液を追加しながら巻いていき、形を整えて

  できあがり。




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