笑いと戦略のリビング・ゲーム

朝の陽射しが窓から差し込み、リビングが心地よく温まる。ソファにだらりと座る僕――アーサーは、母さん、姉さん、兄さんを眺めていた。


父さんは仕事で不在。僕がここにいるのは「視察の報告」をするためらしいけど、そんな大層な話でもない。


「で、視察はどうだった?」

母さんが紅茶を飲みながら聞いてくる。なんか企んでそうな笑顔。


「楽しかった、かな?」


「ちょっと、そんな適当な答えはなし!」

姉さんが身を乗り出してくる。稽古帰りらしく動きやすい格好だ。


「特に事件もなかったし、市場のパンが美味しそうだったくらい?」


「ほんと、あんたって何でも軽く流すのよね。市場で何か新しい発見とか、人との交流とかは?」


「うーん……リリーが僕のこと『普通っぽい』って何回も言ってたよ。」


母さんがクスクス笑う。


「あの商人の娘さんね? またからかわれてたんじゃない?」


「いや、褒められてた……と思う。」


「アーサーらしいってことね。」


「それ褒めてるの?」


「もちろん。」


姉さんがため息をつく。


「つまり何もしてないってことよね。」


兄さんが苦笑いしながら口を挟んだ。


「まあまあ、母さんにいじられるのは日常だから。」


「兄さんはどう思う?」


「視察で何か学びがあればいいな、とは思うよ。市場の品揃えとか、村人の声とか。」


「それ父さんとか兄さんの仕事じゃない? 僕は市場で遊んでた方が向いてる気がする。」


母さんが目を輝かせる。


「その『遊び』って?」


「リリーと一緒に簡単なカードゲームを作ったんだ。」


「私にも作って?」


「暇じゃないよ。でもまあ、考えとく。」


「私も欲しい! 剣のデザインとか入れて、かっこいいの作りなさいよ!」


「分かったよ! でも催促なし!」


気づけばまた面倒な仕事を引き受けていた。


***


手作りしたトランプを並べ、ソファに沈み込む。


紙の質はそこそこだけど、絵柄には妙な味がある。


ハートは歪み、スペードは丸い。ジャックの顔は……なんか山賊っぽい。


「ねえ、これ誰が描いたの?」


姉さんがカードを手に取り、眉をひそめた。


「僕だよ。」


「……まあ、手作りだから仕方ないけど、山賊にしか見えないわ。」


「それがいいんだよ。リアル感ってやつ。」


適当に返すと、姉さんはため息をついた。


「どうせなら、みんなでやろうよ。」


ちょうど扉がノックされる。


「失礼します! 何やら楽しそうですね!」


レナが顔を出し、目を輝かせる。


「ちょうどいい。トランプで遊ぶからレナもやろうよ。」


「ぜひ!」


レナがカードを手に取ると、後ろからカレンが現れた。


「お邪魔します。何かお手伝いが必要なら。」


「お手伝いじゃなくて、一緒に遊ぶんだよ。」


少し考えて、カレンも席につく。


「では、少しだけ。」


こうして、僕の手作りトランプでのゲームが始まった。


「それで、どうやるの?」


姉さんがカードを手にしながら聞いてくる。


「7並べ。7を中心に並べてくやつ。」


「それだけ? 簡単ね。」


「でも戦略が大事なんだよ。出すタイミングとかね。」


意味深に微笑んでみせると、姉さんが肩をすくめた。


「じゃあ、私から。」


母さんがカードを場に置く。兄さんが続く。


「次、私ね!」


姉さんがカードを出すと、レナが拍手。


「すごいですね!」


「まだ始まったばかりよ。」


姉さんがさらりと返す。


僕の番が回ってきた。ゆっくり手札を確認し、腕を組む。


「んー、どうしようかなあ。」


「早く!」


姉さんがイライラし始める。


「じっくり考えるのも戦略のうち。」


「それ、ただの時間稼ぎじゃない?」


「そうかな?」


とぼけてカードを眺め続けると、母さんが手札を見つめながらぽつり。


「味のあるトランプね。」


「褒めてるの?」


姉さんが眉をひそめる。


「もちろん。個性的だわ。」


「でしょ? 手作りって唯一無二の魅力があるんだよ。」


「まあ、そういうことにしておくわ。」


姉さんは呆れたように肩をすくめる。


ゲームが進むうちに、僕の「出し渋り」戦法が場を引っ掻き回し始めた。


「アーサー、早く!」


姉さんが机を軽く叩く。


「慎重にね。」


にこやかに手札を見せつけると――


「それ、出せるやつあるじゃん!」


「出すかどうかは僕の自由。」


「……はあ?」


姉さんの目が鋭くなる。


「ソフィー様、落ち着いては?」


カレンが冷静に諭すが、その視線には圧がこもっていた。


「戦略的判断だから。」


適当に言い訳をすると、カレンは小さく眉を上げる。


「戦略もいいですが、ルールは守るべきかと。」


淡々とした声が刺さる。


「アーサー様、それズルですよ!」


レナが抗議。


「違うよ、遊びの幅を広げてるだけ。」


「広げてるんじゃなくて、止めてるだけじゃないですか!」


レナのまっすぐな指摘に、僕は軽くため息をつく。


「アーサー、場を回してあげてもいいんじゃない?」


兄さんが苦笑い。


「兄さん、それじゃ僕の戦略が台無し。」


と返した瞬間――


「もういい! 出しなさい!」


姉さんが立ち上がり、机をバン!と叩く。その勢いでカードが床に落ちた。


「そんな怒らなくても……ゲームは楽しむもの。」


飄々と返す僕を、姉さんが鬼の形相で睨む。


「楽しめないのは私だけじゃない!」


その怒号の中、母さんが静かにカードを場に出した。


「さあ、最後のカードよ。」


場が静まり返る。


「え、母さんもう上がったの?」


目を丸くすると、母さんは優雅に微笑んだ。


「勝負はこうやって静かに決めるのよ、アーサー。」


「それ、完全に僕のこと言ってるよね……。」


机に突っ伏して深いため息をついた。

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