旦那様は婚約者の事よりも妹との浮気が優先みたいです

大舟

第1話

「セレス、僕はどうしても自分の思いに嘘をつくことが出来ないんだ…。僕は、エメリアの事を忘れることが出来ない…。だから、君にも許してほしい」

「……」


突然私の事を自室に呼び出すや否や、どこかそわそわした様子でそう言葉を発するノアラ侯爵様。

私が侯爵様から婚約の申し出を受け、それを受け入れたのが今から2か月ほど前の事。

当初こそ順調だった私たちの関係だけれど、私の妹であるエメリアの手によってその雲行きは怪しいものとなっていた。


「エメリアは本当に可愛らしい性格で、とても僕になついてくれている…。僕はいけないと分かっていなかがも、彼女への恋心を自覚してしまったんだ…。思えば思うほどに、彼女の存在は大きくなっていった…。そしてそれは、もう手の付けられないものとなっている…」


侯爵様は今から1か月ほど前、私の妹に挨拶がしたいからと言って一人で勝手に彼女の元まで向かっていった。

私に何の断りも相談もなく、一人だけで。

だから私は、もうその時点で侯爵様はエメリアに対してなにか気が惹かれていたのではないかと思っている。

そう思い至るだけの証拠が、ある日私の目に入ったからだ。


「実は、エメリアとの出会いは手紙でのやり取りからだった…。彼女はある日突然に僕に対して手紙を送ってくれた。そこには姉である君の事をお願いしますと書かれていた。だが、内容はそれだけにとどまらなかった。その後彼女は本当に可愛らしい言葉を使い、僕の心を癒してくれたんだ…。僕は、早く返事を出したいという思いを抑えることができなかったよ。そして彼女との手紙のやり取りが楽しみになっていった」


その手紙を、私も偶然見つけてしまったことがあった。

その時は中身までは見なかったけれど、こうして侯爵様が答え合わせをしてくれたからよくわかる。

エメリアが最初から侯爵様の事を誘惑しにかかっていた事を。


「だけれど、この思いが手紙だけで収まることはなくなってしまった。早く直接彼女に会いたい、声を聞きたい、話をしてみたい。そう思えば思うほどに、僕は我慢することが出来なくなっていったよ。セレス、君にもこの気持ちが分かるだろう?」


決して婚約者にかける言葉ではないものを、いつまでも口にし続ける侯爵様。

それほどに私の事なんてなんとも思っていないのでしょうね。


「そしてようやく、直接エメリアに会える日がやってきたんだ…!実物の彼女は僕が想像していた通りの人物で、その所作のすべてが愛おしく感じられた。僕の心はもうこの人の元にあるのだという事を、実感させられたよ」


…侯爵様、かなりうれしそうに言葉を連ねておられますけど、それって完全に浮気なのですよ?

私に黙って私の妹と文通をして、直接会いに行って…。

しかも、これは私の予想だけれど二人の関係はもうすでに一線を越えているものと思う。

そうでもないと、侯爵様がこの事を綿私に告げてくる理由が分からない。


「…それで、侯爵様は私に何をおっしゃりたいのですか?エメリアの話をわざわざ私に聞かせたかっただけではないのでしょう?」

「まあね。…本当はもう少しエメリアとの話を聞いてもらいたかったのだけれど、君がそう言うのなら仕方がない。話を本題に移らせるとしようか」


侯爵様はその表情をきりっと整え、これから大事な事を言うという雰囲気を存分に発揮し始める。

…とはいっても、何を告げられるのかはもう私は分かっている。

だから何を言われても驚くようなことはしないし、その準備もできている。


「セレス、君との婚約はもうやめようと思っている。理由はシンプル、僕が真実の愛というものを見つけてしまったためだ」

「そうですか」

「君とて、逆の立場だったら絶対に僕と同じことをするとも。それほどに真実の愛というものには魅力がり、価値がある。たとえ周りが何と言おうとも、僕は甘んじてそれを受け入れ、エメリアとの未来を歩んでいきたい。いや、歩んでいくべきなんだ」

「……」


自信満々に婚約破棄を告げてくる侯爵様。

彼は真実の愛だと言っているけれど、その根底にあるのはただの浮気だという事に気づいていないのだろうか…?


「だからセレス、君との関係は今日で終わりだ。今まで僕の隣にいてくれたことには感謝しているけれど、これからはその役目を妹のエメリアに託すんだ。それが一番いい」


それがいいんでしょうね。

妹の本性も知らずに勝手に関係を築いてしまう侯爵様には、たぶんこの先に待っているであろう後悔という罰を受けていただくのが一番いいのでしょうね。

私がいなくてもなんともないという表情をされていますけれど、それがいつまで続くのかを私は見守らせていただきたいと思います。

侯爵様は後悔なんてないという口ぶりですが、私には分かっています。

あなたはもう、行ってはいけない道に足を踏み入れているという事を。

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