ビッグサンダーゲートボール

中野半袖

第1話

「さあ、いままさに世紀の一戦が始まろうとしています」

 宇宙空間に投影された土星と同じ直径の巨大なモニターの中で、ル・ルー星系生まれのアナウンサーが頭部から突き出た三本の拡声気管をめいっぱい広げている。

 声を張り上げるたびに緑色の蒸気が噴き出すので、隣に座った解説員のアオゾラは煙たそうに顔の前で手をあおいだ。

 しかし、アオゾラの顔は目も鼻も口も無いのでその表情までは分からない。ただつるりとした顔が、妙に歪んでいた。

「いやあ、どうですかアオゾラ解説員。今回の一戦は全銀河統一戦ということもあり、たいへんな注目を集めていますが」

 顔の前にただよう蒸気を振り払ってから、アオゾラが言った。

「…………」

 左右合計で二〇本の腕を器用に動かし、身振り手振りで説明しているのだが、アオゾラは声域が超々音波のさらに上なのでカメラのマイクでは声を拾うことはできなかった。

 そのかわり、アナウンサーの背後にあるツァラの形をした機械がアオゾラの声を判別し、宇宙標準語に変換することで、モニターの下に文字として映し出された。

 ——ガッツ——

 アオゾラの種族は発音できる言葉が「ガッツ」のひとつだけで、その強弱とイントネーションの組み合わせでコミュニケーションをとっていた。しかしこのガッツ語、シンプルに思えて非常に難しい。その組み合わせは幾万通りもあり、用意した装置ではそこまでの判別は難しかった。

 ところが、さすが銀河中継のプロアナウンサーである。ガッツ語を難なく理解して、すぐに意味のある言葉へと翻訳した。

「確かにそうですね。この銀河統一戦は約五〇九年ぶりですから、開催日が発表された三〇〇年前当日は銀河中の寿命屋に行列ができました。かく言う私も、実は寿命を一〇〇〇年ほど延ばしたわけで。この銀河統一戦は延期に延期を重ねると有名な大会ですからね。前大会にいたっては開催が六〇〇年も延期になりまして、選手が三世代に渡って入れ替わったと言いますから念には念を入れてのことです。腕を一〇本ほど生体リサイクルに売ることになってしまいましたが、それ以上の価値がこの一戦にはあるといっても全く過言ではありません。と、アオゾラ解説員はおっしゃっているようです。さあそして、そろそろ各選手の準備が整いそうです」

 そう言って、興奮したアナウンサーがとても濃い緑の蒸気を吹き出した。

 ふたりのチェストアップだった画角は俯瞰に変わり、燃え尽きて残光のみを発する太陽の上に設置された実況ブースを上から写した映像になった。

 実況ブースは平べったい貨物船の外殻にある。一見すると、宇宙空間のように見えるが、実況ブースを中心に半円のエアシールドが張られているようだ。

 実況ブースには太陽の光を受けて黒光りする長テーブルと椅子がふたつ設置されている。テーブルの半分以上を占める大きな身体を揺すってしゃべり続ける全身緑色のアナウンサーと、僅かにできた隙間に座って全身ツルリとしたアオゾラ解説員が見えた。他にもカメラが何台か見えるが、緑色の濃いモヤがかかっているせいではっきりとは見えなかった。

 画角はどんどん引いていき、実況のふたりが豆粒のごとく小さくなると別の場所が映し出された。

 モニターは荒廃したどこかの星を映している。空には鉛色の雲が分厚く広がっていた。地上に見えるのは、崩壊した超文明の街並みである。

 遠くに雲の中にまで突き刺さるあの悪名高い高酸素生成タワーの残骸が見えた。ということは、宇宙大探索時代に栄え、滅びていった星々のどれかなのだろう。

 街の上空を滑るように映していたカメラは、傾いたビルの屋上で止まり同時にズームアップした。

「ずおおおおおおおおむ」

 モニターの音声が割れるほどの咆哮がした。

 鋼のような筋骨隆々の上半身をあらわにした男らしき生物が、ゲートボールのシャフトを肩に担いでいる。両腕が身体の何倍も長く、余った腕は身体の周りでとぐろを巻いていた。肌は黒い鱗に覆われて、額かららせん状にねじれた角が生えている。空に向かって吠えると、角が明滅した。

「さ、この凶暴そうな選手が前大会の覇者のクローン人間、ゲートボール歴はなんと一〇時間。しかし、たったの一〇時間と思うなかれ、前大会覇者のミスターゲートボールこと大回転銀河スペシャルこと天地創造主垂直落下こと悪魔の大悪魔こと、水の惑星チャープチャプ出身、家族は前世に置いてきた、クローン年齢で二歳、シュワシュワした液体が好き、その名も『ペ』であります。遺伝子をそのまま受け継いだ紛れもないクローン中のクローンであります」

 実況の音声が割って入ってきた。

「さあそして、ここでコマーシャルです」

 モニターの映像が切り替わり、最近流行のシャンプーという頭を泡で洗う薬を宣伝する映像になった。神秘的な音楽をバックに流しながら、ギョクゴー星人が水辺で頭を洗っている。

 おれは舌打ちをして、手に持っていた型落ちのモバイル端末を投げ捨てた。

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ビッグサンダーゲートボール 中野半袖 @ikuze

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