episode3 地獄から落ちた先は地獄

目覚めは平等に訪れた。

そこは無限に続くような荒野。

どこまでもなだらかな地面に草は生えず、平坦な地面が広がっている。


「どこだ。ここ?」


自分の体を確認する。

焼き尽くされた皮膚、蹴り飛ばされた耳。

もう一生治らないであろう傷はなんと跡形もなかった。


「治ってる……」


戸惑いを隠すことはできない。


……ここは異世界だろうか?

空を飛ぶ鳥が異常に大きく、心なしか空気が重い。


異世界転生すること。それが”裁き”なのだろうか?

ハルマゲドンと老神は言った。その言葉の意味はわからないが……


まあ、確かにこの環境は地獄かもしれない。現代では必須の機械は使えず、

とても暇で不便だろう。


そうあるだけで、死ぬ勇気も持ち合わせていないのが人間だ。


「そういう点では生き地獄だな」


しばらく歩を進めていると、遠くに何かの影が見える。


相手もこちらに気づいたようでまっすぐに向かってきている。


異世界(?)初会話(になり得る展開)。

向かってきた人影は全身に甲冑をまとい頭を守る大きな兜により、表情が見えない。

大きな槍を携えながらも重さをなど微塵も感じさせずに、悠然とこちらに向かってきている。

高位の冒険者? それとも騎士? 魔族? 魔物の盟主?

この世界にどんな要素があるか分からないが強者なのは確かだ。


出来るだけフレンドリーに、身振り手振りで会話を試みようとする。

……しかし、なぜか手が動かない。声が出ない。

おいおい、なんでだよ。営業だろ? しっかり。


緊張する彼をよそに、甲冑は槍を突き出した。


「は?」


なんだよ。喧嘩売られてる?

もしかして挨拶? にしては物々しすぎる。

決闘とか……?


思考を巡らせてると、近くで「ボトッ」となにかが落ちる音がした。

なにも分からない状況下でなにかをした方がいいと脳が判断したのか、

反射的に音がしたほうを向く。


そこには”うで”が落ちていた。


「”うで”? あがっ! がぎゃぁぁぁぁ」


自分の腕がなくなっていることに気づく。


大砲に撃ち抜かれたが如く、腕を穿たれていた。


ああ、うでが。うでが。うでが。


思わず甲冑から逃げ出す。

しかし、違和感と痛みで転ぶ。

ああ。いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。


叫びたいのを我慢し、近づく甲冑から逃げる。

甲冑は不気味に歩み寄ってきた。


「来るな。くるなくるな」


甲冑は槍で俺の胴体を薙ぎ払った。


「がぁあぁぁぁ」


俺はまるで野球のボールのように吹っ飛んでいった。

何が起きて……ああ、死にたくない。死にたくない。


幸か不幸か、吹っ飛ばされたおかげで距離ができた。

しかし、震える足と片腕のせいで立てない。

俺は血で地面に絵をかくように、必死で地を這う。


「生きたい。生きたい。生きたい。え?」


突如、空が落ちてきた。


「は? え?」


そして、落下感が襲ってくる。


なにがおこって?


地面。重力の法則に従い、俺は落ちている。


「はは。なんだよ。これ」


甲冑が槍を掲げている。

それも、1人じゃない。

5人6人7人。

数え切れない騎士が、まるで胴上げのように群がり、槍を掲げている。


ここから先はどんなに考えが廻らなくてもこれだけは予想できた。


ああ、死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


これが、神の”裁き”。圧倒的な詰み。


勘違いしていた。体が動かず、声が出なかったのは、その濃密な殺意のせいだった。

気づいていれば逃げられたのに。

死ぬ間際しかこの殺意を感じられない自分に怒りがわく。

だが、仮に感じられたとしても、逃げられないということも同時に理解した。


そんな小さな一つの理解と怒りを空に残してただ落ちる。

落ちた先に待つ、槍の顎門アギト


「あ」


全身を貫かれ、生命が消えた。

呆けた声以外のひとかけらの悲鳴すら、発さずに。

その地に残るのは土と混じる赤く流れる血と肉片。

そして”ウツロ”な空のみであった


《死因→全身の致命傷による失血と落下による身体破壊》

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