episode4 飢渇の果てに

暗く。暗く。暗く。

苦痛が満ちる世界からかけ離れた桃源郷がそこにあった。

呼吸する必要もなく、目を開ける必要もなく、痛みも感じる必要もない。

何もないウツロな場所。


『俺は何度でも強くなり、前へ進む』

『……ここにずっといることができれば、楽だったのに』

『愛してる。命が終わろうと』


遥か遠くから来た小さな残響が耳に響く。

それに呼応するように光が瞼を満たし、浮き上がっていく。


苦しむために。


過去を超えるために。


未来を望むために。


時は巻き戻り、再開するコンテニュー



「あ?」


目が回る。

自分がどこにいるのか分からないような揺れの中に囚われた錯覚に襲われる。


俺はどこに”居る”?

どうしてここに”居る”?

なぜ、ここに”居る”。


「俺は死んだはず……」


……向こうから、甲冑が悠然と歩いてきている。

その様子と綺麗さからは先ほど敵対した事実は感じられない。

周りを見渡してみてもさっきの甲冑の群衆は消えている。。


奴らは帰ったのか? それとも時が戻っているのか? 


「まさか、死に戻ったのか?」


パーツが嵌まるような妙な感覚がする。

現実ではあり得ない事象に冷や汗が止まらない。

『しんでしまうとはなさけない』

それが許されている現実に不快感と絶望感と焦燥感が募る。

それよりも……


「また……やるのか? もう一度やるのか?」


死に戻ってるなら、今から起こる事象は悲惨なものだ。

その事実におびえて足が動かない。

甲冑が近づく。

「ガシャッ、ガシャッ」と規則正しい音が近づく。


「ああ、あああああ」


動け。動け。動け。動け。動け。


ああ、無理だ。

膝が抜け落ちる。


「!」


しかし、運命は彼を救った。

膝が抜け落ちたことにより偶然、頬を掠めるだけで済んだのだ。

甲冑は、機械のように追撃を仕掛ける。


目の前の槍が薙ぎ払われる。

太く、重量のある槍だ。いわゆるランス系とでもいえばいいのだろうか?

ランスを薙ぎ払う音は目の前をトラックが通り過ぎたみたいだ。


慌てて後ろに下がったことで、顔面への直撃は避けられた。

早く、速く、逃げなければ……


「うあああああ」


背を向けて無様に走り出す。


いかに固く、力強くても、あの重そうな全身鎧を着ていては追いつけないだろう。

早くもなんともないダッシュ。

そんなダッシュでも甲冑は追いつけない。


「森だ……」


なだらかな荒野を隔てる、目が回る感覚と共に突如現れた不自然な緑の壁。

長年の運動不足により、息を切らしながらたどり着いた。

深く、深い森。


時は流れ、今日も食料を求めてさまよう。


今日で三日。

当然、サバイバルなどゲームの中でしかやったことがない。

だから火の起こし方なんて知らないし、出来ない。


魔法でやるのが一般的な異世界系だが、魔法など使えない。

手から火が出るわけないのだ。


当然だろう。自分は神の敵なのだから。

だからこそ、火が無くても食べられる果物を探し求めさまよっているのだ。

生きたい。死にたくない。痛いのは嫌だ。辛いのも嫌だ。

町とか、村とか、人とかがいることを願って今日も前に進む。



腹が減った。

ふらつく体を抑え込んで、前を向いて歩く。


「みずうみ?」


湖とは言えない、小さな水場を見つけた。

必死で泥水をすする。

口の中に砂利と土の味が回るが、気にせずにすする。


「…‥この異世界顔は慣れないな」


顔が変わってるのに気づいたのは森に入ってからだ。

異世界的な顔立ちに黒髪。顔が泥にまみれてもなかなかいい男だ。

……喉の渇きがなくなっただけで饒舌になるもんなんだな。


まあ、どうでもいい。腹が減った。


ふらつく体を支えながらすすむ。


「ああ、腹。減ったなぁ……ん?」


血の匂い。

生臭くて、鉄臭くて、鼻に着く嫌な臭い。

死んだときに少しは慣れたとは言え、顔をしかめてしまう。


しかしなぜだろう?

この匂いが暴力的に胃袋を刺激するのだ。

匂いのほうに歩みを向ける。

動物の肉にありつけるのか?


ふらふらと茂みを掻き分け進む。

家だ。


その荒れ果てた様子から、人がいるとは到底思えないが、拠点にできる。

水場もある。理想的だ。


そして、


目の前にある、極上の肉片。

人間だろうか?

剣で首を落とされ、死んだ……女?


首が無いため、顔は分からない。

その景色は吐き気と共に、ある感情を持たせた。


おいしそうだ。


抱いてはいけないとわかりつつも、抱いてしまう。


股からは血と白いものが流れ落ちている。

どうやら肉道具とされ、マワされたあと、切り裂かれたようだ。

数時間前に殺された新しいもの。


「食える」


もうすでに死後硬直で固まっているが……まだ柔らかい傷から血肉に口をつける。


「まずい。おえッ。まず……ああ、うまい」


その深いな臭いにおもわず嗚咽したが、

食べ進めるうちに飢えるような食欲が出てきた。

うまい。空腹は最高の調味料だ。

落ちていた折れた剣の欠片で腹を切り裂き、臓物を食い漁る。

手から血が出ようとも、必死で食らいつく。


しばらく続けるうちに腹が満ちるた

途端に眠気が襲ってきた。


「水飲んでから寝よう」


水場に口をつける。うまい。


「……寝ようか」


当然のように家に上がり込み、ベットに寝転んだ。

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