第4話 一夜明けて

美少女おはよう!】


「……わけの分からん挨拶でたたき起こされた俺の身にでもなってくれ。まだ4時だ。日すら登っていない」


【何を言っているんですか。寝ている間にこの端末で調べられる情報はある程度調べましたよ。と言っても、封印されている間、ばれないように情報を閲覧していていたんですけどね。まだ入学日でないってことは美少女チャンス。今日も張り切って美少女しましょう】


「共犯である以上、女装してダンジョンに潜るのは構わないが、その前に【接続】と【浸食】、何ができて何ができないのかを調べてからだ。特に学校生活で女装するわけにはいかんからな。普段使いできる力を見極めるために、今日はEランクダンジョンに入る」


【ええ~、Eなんておこちゃまでしょう? 私の力を使えばらく~にBランクくらい行けますよ】


「基礎を怠れば足元をすくわれる。現状を把握し、それに見合った――」


【そんなことどうでもいいですよ。美少女に求められているのは努力や修行じゃなくズバッとした大活躍なんですよ】


「ならば、言い方を変えよう。美少女が肝心のところで失敗する。稀にする分には個性と言えるかもしれないが、毎回していたら見放される。そうとは思わないか?」


【それは言えてますね~】


「それに努力するときは男姿だ。美少女が努力するところは誰にも見られることはない。悪くない条件だとは思わないか」


【なるほど、それは確かに。仕方ありません、今日はEランクダンジョンに行って練習です】


「決まったようだな。ステラ、近場のEランクダンジョンを検索してくれ」


【了解です】


 やれやれと思いながら、身支度を整えていく。鏡には来月から高校生になるというのに線の細い男の顔。眉間にしわを寄せて、低い声を出しても迫力はない。むしろ、子供が無理して大人の真似をしているような愛嬌さえある。


(モブを演じている声優はコストカットのためか、男女ともに同じ女性声優が演じていた。その影響だろうな)


 それも「おはよう」とか「うわっ」とかの一言二言の台詞だけである。男女で使い分けするほどの予算は無かったのだろう。それがここにきて自分に降りかかるとは夢にも思わなかったのである。

 ステラが発見したのは亀北高校の学園地区との境にあるダンジョン。発見者を示すビーコンはなく、未発見扱いのダンジョンとなっている。手持ちのビーコンをさし、中に入ってみると荒野が広がっており、巨大なヘビがとぐろを巻いて寝ていたが、信二が来たことで目を覚まし、シャーと威嚇する。


「銃弾【接続】、喰らえ」


 バン、バンと蛇を狙い撃つ。数発喰らったことで、絶命してしまい、見た目では【接続】の評価ができない。となれば、ステラに評価してもらうしかない。


「【接続】の成功率は?」


【3割くらいですかね。補助すれば100%にしますよ】


「条件は?」


【私に魂を浸食させてもらえれば。100%とは言いません。女装姿の浸食率が10%程度なので、男状態でも10%に維持してくれたなら――】


「そう言いつつ、乗っ取るつもりだろ。油断も隙も無い」


【ケチ】


「そもそも女装したら浸食率が上がっているのも初耳だ。そんな昨日会ったばかりの奴を信用しろというのが間違いだ。3割では話にならん。最低でも6、7割を目指すぞ」


 しばらく歩いていると、今度は遠くにゴブリン。まだこちらには気づいていないようだ。岩陰に隠れて、自分の銃に魔力を纏わせる。そして、弾丸にその魔力を浸透させるイメージを描きながら、狙いを定めて撃つ。


「自分ながらにはいいイメージだとは思ったが、どうだ?」


【6発中4発成功ですね】


「悪くない成績だな。イメージはつかめたが、まだ時間はかかる。今度は素早く打てるようにしよう」


 魔力操作のスピードも意識しながら、モンスターを狩っていく。スピードを意識すれば【接続】の成功率は3、4割。意識しなければその倍といった感じだ。もっとも、【浸食】しなければ【接続】に成功したところでダメージが増えたりするわけでもないため、傍から見ればスキルを使っていないかのように見える。


【接続の成功率、ブレはまだありますが順調に上がっていますね。このままいけば、接続したものをくっつけるなんてこともできますよ】


「……そもそもの話、どうして俺の異能のことを詳細に知っているんだ?」


【話していませんでしたっけ?】


「浸食しようとした際に解析したとは聞いたが、あの一瞬でそこまで理解できるものなのか?」


【仕方ありませんね。では、情報を共有するためにも簡単に説明しましょう。ここに水の入ったコップがあるとします。私の異能はこのコップの形を変えたり、中の水をしょっぱくしたり、甘くさせたり、すっぱくさせたりすることができます】


「それが【浸食】……名前以上に効果範囲が広そうだな」


【貴方の場合、コップが2つあってコックや逆止弁付きのチューブでつながっていると考えてください。私がコップAに浸食して中の水を解析し、酸っぱい水を甘くさせたとしてもコップBの水には影響しません】


「チューブを浸食すれば良いだけの話ではないのか?」


【私の能力はコップと中身の水を変える能力ですよ。チューブはノータッチ!】


「なるほど。チューブが俺の【接続】、俺の本体であるコップBの水に浸食するのを防いでいるから洗脳されないというわけか……承知した。それにしても、もうお昼時か。一度、この辺で切り上げて――」


「おうおう、てめえ、どこの高校だ!」


「この辺じゃあ見かけない顔だな」


 ダンジョンから出ていこうとしたとき、目つきが悪く派手な金髪やスキンヘッドの亀北高校の生徒から声をかけられる。


「今年から中黄高校に入学します」


「はっ、雑魚が。ここは亀北の縄張りだ」


「雑魚は引っ込んでろ」


「ダンジョンは救援を求めない限り、発見者が優先的に攻略できますし、ここは亀北の学区内ではないはずです」


「知らねえのか。対抗戦で下位の高校は上位の高校に譲らなければならないっていうルールがあるんだよ」


「ですが、それは同時に発生から1時間以内に適用されると書かれていたはずです。このダンジョンは発生から6時間以上経過し――」


「うるせえ、つべこべ言わずに俺たちに従え、雑魚が!」


「それとお前が俺たちから奪ったドロップ品すべて寄越しな」


「それに俺はCランクだ。逆らったら痛い目に会うぜ」


(ダンジョンの権利を放棄して出ていくのは構わんが、銃弾代をペイできないのは困る……)


【こんな奴ら美少女になったらイチコロですよ】


(ここで正体ばれするわけにはいかんだろ。男状態でも【浸食】は使えるか)


【美少女じゃないので時間はかかりますよ】


(ならば、――こういうことは可能か?)


【できますよ。それにかかる時間は――】


(承知した。いくぞ)


「どうした? 怖くてビビっちまったのか?」


「そうだな。お前たちの頭の悪さにビビって言葉も出なかった」


「ぶっ殺す!」


 不良たちが殴りかかろうとしたとき、会話している間に足元に集中させておいた魔力を使い猛スピードで逃げる。それを見た不良たちが笑い飛ばしながら、追いかけてくる。


「ぎゃははは、だせえ」


「啖呵きって逃げの一手かよ」


「所詮は中黄だな」


 油断しているなら好都合と信二は誰もいない前方に銃弾を放つ。それを見た不良たちがみてさらに笑う。


「どこに撃っているんだ?」


「腹いてえ~」


「俺たちを笑い死にさせるつもりか~」


 完全に舐め腐っている三人をぎりぎりまで引き付けて着弾地点を大きくジャンプ。何も知らない三人がその地点に足を踏み入れた時、底なし沼のように足が沈んでいく。


「なに!?」


【地面を浸食させておくなんてやりますね~】


(別に痛めつけるのが勝利条件ではないからな。あくまで俺の勝利条件はドロップ品を死守し、ダンジョンから出ること。足止めさえすれば十分だろ)


「攻守逆転だ。このダンジョンは好きにしても構わん。救援を出せば誰かが助けてくれるだろ。もっとも、EランクのダンジョンでCランクが救援なんて笑いものになるしかないがな」


「てめえ!」


「これに懲りたら馬鹿な真似はよすことだ」


 頭が冷えて底なし沼から出られても困るため、三人を後ざりにし、走力を強化してさっさとダンジョンから出ていく。ダンジョンから脱出した信二はビーコンを回収し、所有権を放棄するのであった。


「これで何も知らない中黄の誰かが助けに来るかもしれない。素直にその手を取るかはともかくな」


【優しいですね~私としてはあの場で見殺しにしても良いかと】


「いくらダンジョン内と言っても殺人は駄目に決まっている」


【うんうん、それでこそ私の見込んだ美少女。私を扱えるのは心清しい美少女だけです】


「だが、乗っ取るんだろ」


【純白のキャンパスほど汚したくありません?】


「やれやれ、そういうところだぞ」


【何を言っているか、わかりませんね】


「白が好きなのに黒を求めている。そういった矛盾が駄目だと言っている」


【それなら私も言いますが、生きたいと言う割には無謀なことをしている貴方も同じですよ】


「……そう、かもしれないな」


【(その矛盾、いつか貴方を殺しますよ)】


 ステラは最後の一言は押しとどめ、痛いところを突かれた信二は黙って近くに手ごろな飲食店が無いか探すのであった。

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