第39話 お前ネットで俺のこと馬鹿にしてたよな?

 根津孝雄ねずたかお、44歳、独身。

 その日、彼はむしゃくしゃしていた。

 

 44年間暮らした実家をついに追い出されそうになっていたからだ。

 彼はいわゆるニートである。高校卒業後、そのまま引きこもりになった。就労意欲はない。出来ればなにもせず永遠に親のスネを齧っていたいタイプの人種だ。


(クソが! ふざけるなよ! どうしてこの俺が家を追い出されないといけないんだ! どいつもこいつも俺のことを社会のゴミみたいに見やがって! 働いてることがそんなに偉いのかよ? 年収600万の低所得のカスと、パートでしか稼げないクソババの雑魚のくせに偉そうに『働け』なんて指図しやがって。にゅふ、でも、今回ばかりはあいつらも本気っぽいし、マジでやばいかも……)


 どうにか現状打破するために『ワイ、ガチで実家を追い出されそうなんだが助けてくれ』とスレをたて、有能な同志たちの意見を集った。


 そうして根津は『働かない』ことへ並々ならぬ情熱を発揮した。


(なるほど、生活保護を受けたくても、59歳以下だと福祉事務所にいっても就労指導を受けるのか。馬鹿でもできる職人や、トイレ掃除、軽作業に徴兵されるっぽいな。うぜえな。誰がそんな底辺みたいな仕事するかよ。社会のカスがやる仕事じゃねえか。えーっと、生活保護を申請する前には準備が大事。双極性障害や鬱病だと言い張り、通院記録を作っておくのも効果的、か。そうやって精神障害者保健福祉手帳を取得する。3級でもいいが、2級の手帳であればなおよし。そして、親に「手切れ金として賃貸物件の初期費用よこせッ!」と怒鳴り、住宅扶助金額以内の家賃の物件を探して、転居して、引っ越しをおこなう。ここで初めて福祉事務所で生活保護申請──)


 根津は約半年をかけて、生活保護の不正受給についに成功した。

 

「にゅふふ、俺、天才すぐるだろぉ~w。世のなかの必死こいて働いてる凡人ども馬鹿すぎるw。通勤電車乗ってるやつは雑魚、客に頭さげてるのも底辺、金稼ぐことに命かけちゃってる探索者どもは一番のマヌケw」


 外出する時は電車を利用することが多かった。

 いつしか彼は電車に快楽を見出した。


 狙い目は通勤通学の時間帯と、帰宅の時間帯だ。若い女性、特に女子中高生に目をつけて、身体をまさぐった。基本はスカートの上から。時には冒険もしてスカートに手をいれることもあった。


 ある日、勇気をだした女子高生により、根津は摘発された。

 根津は心の底から震えあがった。


 だが、彼には最終兵器があった。

 その名も『精神障害者保健福祉手帳2級』


(俺は2級の障害使い! これで切り抜ける!)


 根津は精神がおかしいマネをするのが上手だった。彼は無罪になった。

 そこから痴漢趣味はエスカレートした。

 無敵の盾があるとわかったからだ。


「にゅふっ、ちょろ~……!」


 人生はなんて簡単なのだろう。


 生活保護の不正受給でなにもしないで金を手に入れ、痴漢を通して若い女の身体を使う。寝たい時に眠り、食べたい時に食べたいものを食べて、月のほとんどは部屋に引きこもり、ネット世界で過ごす。


 怠惰に欲望のままに生きる。

 理想の生活だった。


「氷姫ちゃん、可愛いよ、にゃんにゃん鳴いても、もう逃げられないよ~! たくさん繁殖しちゃおうねえ~♪ あーあ、子猫が一杯生まれちゃったねえ♪」


 今日も根津は黄ばみフケだらけのベッドの上で大好きな配信者のディープフェイクポルノ動画と己の妄想シナリオで自慰行為に励む。至福の時間だ。


「うぉぉぉおぉお! いぐぅ! おぁおお♡」

 

 無敵の根津にも敵はいた。

 それが”人気者”どもの存在だ。

 探索者。特別な力を有する英雄。

 根津は彼らを引きずり下ろすためならば、時間を惜しまなかった。


「神宮司竜馬ついに負けたーッ! やったぁ~! ん? 掲示板で竜馬の別荘燃やそうって盛り上がってるな~」


 根津はビッグウェーブを逃さなかった。

 神宮司竜馬の別荘から所定の物品を盗んでくる闇バイトを受けた。報酬は200万だった。そののち、彼は別荘を燃やした。達成感は人生最大のものだった。


「JKのスカートに射精してやった時より気持ちいいや~、俺、金持ち~」


 家に帰ってからはネットの反応を楽しんだ。

 当然、日課のように竜馬のコメント欄を荒らした。


 彼には正義の心もあった。

 

「にゅふっ! みんな大好きな竜馬を引退させるのも大事だけど、みんなが嫌いな社会のゴミを掃除するのも大事だよな~」


 Eランク不正昇級問題にて、一躍名の知れた『赤司斗真』。根津は自分のような時間に余裕のある人間こそ、赤司斗真のようなクズを排除しないといけないと考えていた。


(ズルはいけないよな! ズルで得していいのは俺だけなんだよ! なのに一部からは英雄扱いされてて、ムカつくムカつくムカつくっ!)


 掲示板、DM、切り抜き、戦場を選ばず荒らしまわった。

 ネットサーフィンしていると、スケベな広告が流れてくるので、ムラムラしたら自慰行為に励み、済んだらまた各地で荒らしまわった。


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赤司斗真さんへ

あなたのせいでどれだけの人が迷惑をこうむったか少しでも想像ができるのなら、謝罪をするべきだと思います 動画でも文面でもいいでしょう 謝罪がないのであれば私はあなたを絶対に許しません

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竜馬さまはあなたのせいで精神を病んでしまいました。あなたのファンたちの仕業です。すべてわかっていてけしかけたんですよね? 最低ですね。すぐに謝罪してください。そうすればまだ許す気持ちが湧くかもしれません。

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竜馬さまのファンだけでなく、あなたは全探索者の敵です。

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謝罪動画、流石にあげるよな? 逃げんなよオイこら

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赤司斗真さん、あなたのファンの暴走で氷姫のお店に火炎瓶が投げ込まれました。もちろん責任取りますよね? お返事待っています。逃げないでくださいね。

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 複数のアカウントを作って、文面をかえて赤司斗真に送りまくった。時間だけはいくらでもあった。


(にゅふっ、俺が放火した罪を、なすりつけんの気持ち良すぎだろっ! 俺はやっぱり天才なんだ、そこいらの凡人とモノが違う♪)


「赤司斗真の顔キモすぎwwwww……っと。ふーっ、よく働いた~!」


 根津は今日も立派にレスバを繰り広げた後、灰色のスウェット姿で出かけ、女子高生たちが帰ってくる時間帯に電車に乗り、いつも痴漢している女の子に体をこすりつけ、十分に性欲を満たし、駅前のマックで夕食をテイクアウトして帰路についた。


「あ? 狐?」


 賃貸アパートの前に見慣れない獣がいた。

 気になりながらも無視して部屋へ。

 

「あれ? かけ忘れたっけ? まぁいっか」


 しっかりと玄関のカギはかけておいた。

 根津は配信を見ながら、夕食を済ませ、トイレに立つ。


 トイレの扉を開けた瞬間、巨大な人影が目の前に現れた。

 

「うがぁああああああ!?」


 根津は悲鳴をあげて腰をぬかす。

 開けたら人がいるとは思わない。

 それだけでも震え上がるのに十分。


 より足元を竦ませるのはその体格。

 身長180cm、肩幅は広く、腕も太く、全体的に分厚い。シャツがピチピチに張り詰めるほど筋肉が発達している。


 デカいボディに対して、ややちいさめの顔が乗っている。その表情は電気のついていないトイレの暗闇のなかにあって、識別できるほど笑みを浮かべていた。


 納豆とすり潰してひきわりにしたような粘着質なそのスマイル。根津は見覚えがあった。連日、目に入って来る顔だからだ。


「あぁ、あぁ、あっ、ぁぁ、な、なななんで……っ」


 暗闇微笑みマッチョは、トイレの暗がりから一歩前にでたきた。そして、おもむろに手を伸ばして根津の首を掴んで、軽々と片手で持ち上げた。


「どうもこんばんは、根津孝雄ねずたかおくん」

「ひぃいぃ!? な、なんで、俺の名を……!?」

「お前ネットで俺のこと馬鹿にしてたよな?(ニチャア)」


 暗闇微笑みマッチョ・赤司斗真は粘ついた笑みをさらに深めた。

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