第38話 覚醒・過酷レスバ狐


 投稿が波紋を広げていくのを眺めるのは、餌に群がる鯉を見下ろしているようで、どこかすがすがしい気分だった。


「斗真、SNS凄いことになってるよ」


 お風呂あがり、ホカホカした千里が心配そうに言ってきた。


「せっかく英雄になれたのに。もったいない」

「俺はそうは思わないけどな」

「なんで。いつも探索者たちのことひがんでたのに」

「ひがんでないだろ、別に」

「ひがんでたよ。半端者だの、ぬるいだの、軟派だの、承認欲求の塊だの」

「ひがみじゃなくて評論だ」

「どうとでも言えるじゃん、それじゃ」

「まぁなんというか、くだらねえなって思ったんだ」

「世論が?」

「っていうか俺のファンだの、支持者だのを語るカスどもだよ。あとは隙あらば誰かを叩く卑しい雑魚どもとか? まぁいろいろだよ」

「Aランクたちを助けてあげたってこと?」

「……いいや?」

「それじゃあ、氷華のため?」

「……別に。そういうのではないけど。……お風呂入ってくる」

「よしよーし。斗真は優しい子だねー」

「やめろよ、頭撫でんな」

「あはは。照れてるー」


 先日の一件以来、千里は俺のことをからかうことが増えた。けしからん。第一級霊能力者さまのことを敬う心が足りない。やれやれ。


 風呂に入りながら俺はスマホを逐一確認する。

 SNSで俺を罵倒する投稿などを眺めるためではない。妹からのメッセージを待っているのだ。


 先日、我が妹に久しぶりに会って気づいたことがある。俺はもうあまり彼女のことを嫌っていないことだ。我々の軋轢は時間が解決してくれたのだ。

 

 なんなら妹をカッコよく助けたので、「お兄ちゃんはやっぱりカッコイイ、大好き!」と、抱き着かれる展開もあるのかなって漠然と期待してた。それで仲直り。俺たちはまた一緒に暮らしてハッピーな展開へ突入する世界線。


 けど、なんか知らんけど、そうはならなかった。

 

 しかし、いまならありえる。傷ついた妹を、こんな自己犠牲的な方法で救ったお兄ちゃんのことを見直さないわけがない。きっと兄の偉大さを思い出すはずだ。


 深夜になるまで起きていたが、妹からメッセージが来ることはなかった。


「……お兄ちゃんにメッセージくれよぉ!」


 我慢できずに姉の元にいった。

 もしかしたら、俺に直接感謝を伝えるのが恥ずかしくて、姉のところにメッセージを送っている可能性があったから。


「きゅえええええーーー!! きゅえ! きゅえ!」


 毛を逆立たせて毛玉みたいになった狐が、キーボードを前足で一生懸命叩いていた。その興奮度を見るに過酷なレスバに挑んでいることは明らかだった。


 また明日聞こう。

 俺はそっと扉を閉めた。

 


 ~翌日~


 

 ダンジョン配信者『氷姫』はしばらく配信を休むと発表した。

 ネットの反応を見るに、やはり先日のサブスク&チャンネル登録、大量剥がれ事件が”効いている”とのことだった。


 ただ、この偉大なお兄ちゃんが”国民的英雄”というチャンピオンベルトを返上したおかげで、数字は急速に戻りつつあるらしい。共通の敵を得ることで、再びネット民は一つになれたのだ。めでたしめでたし。俺からすれば、そんな簡単に減ったり増えたりする数字に、どれだけの意味があるのか甚だ疑問ではある。が、妹にとっては極めて大事なことなのはわかっている。


 んなことは、どうでもいい。

 表の活動など好きにやればいい。

 俺にメッセージがないのは何事だ。

 一夜明けて、起床と同時にメッセージ確認したのに何もなかったぞ。


「そんな俺のこと嫌いかよ……」


 ちょっと傷ついちゃうよ。

 この前、切り抜きで俺のことボロクソに言ってなかったから、ワンチャン氷華も俺との諍いは水に流してるのかと思ったのにさ。


「きゅええ!(訳:弟の悪口ばかりで溢れかえってる! 許せない!)」


 姉は朝からレスバに大忙しだ。


「姉さん、もう構わなければいいのに」

「きゅえ! きゅえええ!(訳:なんか無理なの! 弟のことを馬鹿にされると腹が立って仕方がない! レスバしてるとこれが自分の才能だって気がするし!)」

「何言ってるのかわからないよ、姉さん」


 姉の過酷なレスバは連日続いた。

 そんなある日のことだった。


「きゅえ~!(訳:私、新しい霊能力に覚醒したよ!)」


 姉は嬉しそうに尻尾をフリフリして俺に抱き着いてきた。抱っこしてあげて、俺は優しく応じてあげる。


「姉さん、昔からたまに覚醒詐欺するよね。もう騙されないよ。姉さんは霊能力者としては雑魚なのはわかってるから、無理しないでいいんだよ」

「きゅえええ!(訳:違うの~! 今回は本当だから~!)」


 たぶん構って欲しいだけなので、頭を撫でておいた。すると、耳をぺたんっとして目を細めて、大変に幸せそうな表情をする。やはり構って欲しかっただけらしい。


「きゅ、きゅえー!(訳:って、ちがーう! 今回はガチ覚醒だから!)」

「はぁ、わかったよ。それじゃあ、一応、聞くけどどんな能力」

「きゅえ!(訳:こっちこっち!)」


 姉は俺の腕から飛び降りて、スタターっと自室へ戻っていった。爪がフローリングにあたってチャカチャカ音を鳴らしているのが可愛い。


 追いつくと姉はノートPCの前で誇らしげにお座りしていた。


「ん」


 ノートPCに霊力が宿っている。

 それもこれまでの姉の霊力放射量からは考えられない量の霊力だ。


「これは一体……」

「きゅええ~!(訳:ふふーん! 驚いちゃった~? そもそも、おかしいと思ってたんだよね~! 弟と妹が天才で、長女の私が雑魚なわけないってさ~!)」


 姉は瞳をキラキラさせて、誇らしげにふさふさの胸を張った。

 

「画面になんか書かれてるけど……これは座標と、人名?」

「きゅえー!(訳:これが私の覚醒した能力『追いかける狐トレーシングフォックス』! その恐るべき能力は匿名性を盾に、ネットで邪知暴虐の限りを尽くすカスどもを追い詰めるもの! 術式対象のこれまでに行った悪事と名前と位置を割り出しちゃうよ!)」

「え!? そんなことできんの!?」

「きゅえ~(訳:儀式1:私をイラつかせた対象をロックオンして追跡開始。一度に追跡できる対象は1名まで。儀式2:追跡中、対象が私と5回以上レスバする。儀式3:対象の脳内に警告をおこなう。悔い改めた場合、ロックオン解除。悔い改めなかった場合、対象のこれまでの罪状と名前と位置情報を獲得。──以上、儀式を組んで能力を完成させたんだよ!)」


 PC画面のメモ帳の座標は、確かに微妙に動いている。

 姉が嘘を言っているとは、もはや思えないが、だとしたら凄い能力だ。明確におかしいのは術式効果の射程だ。流石に制限はあるかもしれないが……現状は無限っぽい。


 この短期間で獲得にいたるなんて、信じられないことだ。

 

「きゅええ~(訳:どう? どう? 凄いでしょう?)」

「そういえば、姉さんが固有術式『吸うための狐ヒーリングフォックス』を手に入れた時も、前触れもなく覚醒したような……あの時は確か俺が第一級地縛怨霊に深手を負わされた時で、ヒーラーが必要だったんだよね」


 世の中には固有能力を修業を通さずに覚醒させる一般人がいる。霊力あるいは魔力の非常に面白い特徴のひとつだ。


 何かを極めること。道を追求すること。これらによって後天的かつ無意識に魔力を操る力を手に入れるケース──職人気質に多い──や、あるいは完全なギフテッドの場合もある。


 姉は雑魚だ。固有術式のデザイン能力は壊滅的で、霊力保管量も霊力放射量もカスの極みである。そのため霊能力者としては”終わってる”のだが……あるいは彼女はギフテッドだったのかもしれない。『吸うための狐ヒーリングフォックス』も前触れなく覚醒したし、その後、多少霊力が強くなったりもした。


 そして、再び新能力に覚醒し、霊力が大きく増した。

 以前と傾向が似ている。偶然ではない。


「姉さん! 凄いよ! 姉さんはきっと本当に必要とされた時、必要な能力を手に入れることができる天才だったんだ!」

「きゅええ~!(訳:きたぁああ! お姉ちゃん再評価路線だぁ!)」

「姉さんは天才だ! ただモフモフしてる可愛い動物ってだけじゃなかったんだ!」

「きゅえええええ~(訳:弟が私のこと認めてる~! いままで散々『姉さんは弱いから何もしないで』って扱われてたのに~!)」

 

 先日の投稿により、俺への誹謗中傷・無限に叩いていい機運が高まり、結果、姉は過酷なレスバ狐と化した。そして、能力の覚醒にいたった。

 こんな形で物事が繋がるなど想像もしなかった。


「姉さんは凄い! 姉さん天才!」

「きゅええ!  きゅえ!(訳:楽しい~!)」


 姉をたくさん甘やかしたあと、俺たちはPCに向き直った。


「でも、能力が本当に作用しているか確かめないとね。霊能力者としてそこはね。というわけで、このカスの罪状は?」

「きゅええ!(訳:たくさん!)」

「正義執行。俺の好きな言葉だよ、姉さん」

「きゅえ!(訳:私の尻尾で叩いてやる!」


 俺は姉と一緒に原付バイクにまたがった。

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