未来を照らす奇跡の輪

まさか からだ

第1話 恩返しの起点

 青空が広がるある夏の日、晴人(はると)は街の小さな商店街を歩いていました。目に飛び込んできたのは、一軒の懐かしいパン屋さん。小学生の頃、大好きだったメロンパンを買いによく通った場所です。店先には年配の女性がパンを並べています。


 「あれ? 玲子さん!」

 思わず声をかけると、女性がゆっくり振り向きました。


 「晴人君…?」


 玲子は少し驚いたように目を細め、穏やかに微笑みました。彼女は晴人が幼い頃に命を救ってくれた人です。10年以上ぶりの再会に、晴人の胸は高鳴りました。




 晴人がまだ小学生だった頃、大きな地震が町を襲いました。建物が崩れ、暗闇と恐怖の中で晴人は身動きが取れなくなっていました。そのとき、がれきをかき分けて晴人を見つけ出し、安全な場所へと連れ出してくれたのが玲子でした。


 「命を助けてもらったおかげで、今の僕があるんです。本当にありがとうございました!」

晴人は頭を下げて、感謝の気持ちを言葉にしました。そして続けます。


 「玲子さんに恩返しをしたいんです。何か僕にできることはありませんか?」




 玲子は少し黙ったあと、優しく笑いました。


 「晴人君、その気持ちはとても素敵ね。でもね、私に恩返しをする必要はないのよ。」


 晴人は驚きました。「えっ、どうしてですか?」


 玲子はパン屋の奥にある小さな木のベンチに晴人を案内し、静かに話し始めました。


 「恩返しというのは、とても素晴らしい行い。でも、それは過去に閉じた行動なの。私が晴人君を助けたのは、ただ助けたかったから。そして、その助けが今、晴人君をこうして立派な大人にしてくれた。それだけで十分なの。」


 玲子の目には優しさが宿っていました。それでも晴人は納得がいきません。


 「でも…僕は玲子さんに何かお返しをしたいんです!」


 玲子は少し首を傾げると、こう続けました。


 「だったらね、晴人君。その恩を私に返す代わりに、誰か困っている人に送ってほしいの。『恩送り』って言葉、知ってる?」




 「恩送り…?」


 晴人は初めて聞く言葉に首をかしげました。玲子は丁寧に説明を始めました。


 「誰かから受けた優しさや助けを、その人に返すのではなく、次の誰かに渡していくことよ。その人もまた次の人に恩を送る。そうやって恩送りが続けば、きっと未来にはもっとたくさんの人が幸せになるの。」


 玲子はベンチの前にある小さな花壇を指さしました。


 「見て、この花。誰かが種を蒔いたから今、こうして咲いている。でも、種を蒔いた人はこの花を見ることができないかもしれない。それでも、この花が咲いているおかげで、私たちは幸せな気持ちになれるわよね。」


 晴人は花壇をじっと見つめながら、玲子の言葉の意味をかみしめました。




 「恩送りが未来につながる…」


 晴人は玲子の言葉を反芻しました。助けられたことへの感謝を直接返せなくても、それを別の形で他の人々に伝えることで、未来にまで届くかもしれない。それは、ただの恩返しよりも、もっと大きなことなのではないかと思えてきました。


 「わかりました、玲子さん!」

 晴人は立ち上がり、強く頷きました。


 「僕、これから恩送りをしていきます。玲子さんからもらった優しさや勇気を、次の誰かに渡します。そしてその人がまた、誰かを助けるような未来を作りたいです!」


 玲子は優しく頷きました。


 「その気持ちがある限り、晴人君はきっと未来を変えるわ。頑張ってね。」




 晴人は玲子との再会をきっかけに、自分にできる小さな恩送りを始めることにしました。町で困っている人に声をかけたり、子どもたちに勉強を教えたりと、できることは無数にあるはずです。


 空を見上げると、青空の向こうに未来が広がっているように感じました。


 「恩送りで、未来を幸せにする。」


 そう決意した晴人の姿は、まるで光に包まれているように輝いていました。

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