第2話 不穏

昼休み。学校の屋上で望の手作り弁当を食べていた。


「この唐揚げ、少し味付け変えたんだよ。どう? 美味しい?」


少し心配そうに俺の顔色をうかがう女の子らしい仕草をする望が、なんだか可笑しかった。


「フッ…」


「なんだよっ! いいから、美味いって言え! 言えよ、早く!!」


「い、ぎ!?」


望に首を絞められ、俺は涙目で美味いを連呼した。

でも、お世辞ではなく、弁当は普通に美味かった。


午後からは普通科とは異なり、特別授業が待っている。


かなりの鬱だ。


「無理しないでよ、天馬。ところで、いつもの眼鏡は?」


「家に忘れた。まぁ、適当にやるから大丈夫だよ~」


「はぁ? 嘘でしょ。また、忘れたの! だってアンタ、それじゃあ」


「いいからっ! 早く行こうぜ」



俺たちは、校舎裏に設置された特別訓練コース(森)に入った。チラッと見えた四階の普通科の皆さんがひどく羨ましかった。


広場に到着した生徒たち。

まず訓練を始める前に、この生徒を【殺す側】と【ターゲット側】に分ける。ターゲットは、森の中で息を潜め、殺し屋達から制限時間内、逃げきれれば勝ち。殺し屋は、二人以上のターゲットを始末(訓練なので、殺すフリをするだけ)出来れば勝ちだ。ゲーム形式だが、やることはほぼ実践と変わらない。


俺たちの殺し屋としてのスキルが試される。

ジャンケンで俺と望は殺す側となった。一二三は、ターゲット。ちなみに六条院も殺す側となった。


先に一二三含めたターゲット組は、森の中に消えた。


「お前らみたいな無能に俺は殺せないから~」


一二三は、ふざけた態度をとっていたが、森に入った瞬間、その気配が消えた。

俺よりも、クラスの中でも上位に入る実力者。隠密行動が得意な一二三を見つけ出し、殺すのはかなり難しいだろう。


十分後に、殺し屋側の俺たちも行動を開始した。


「天馬。お前さ、今日は一人くらい始末しろよ。そろそろ結果出さないと落第だからな」


「はい……。分かってます」


担任のすんごい圧を背中で感じながら、俺たちも森の中に入った。確かに、一人くらい捕まえないとマズイことになる。もうすぐ、三者面談だし。俺は両親をすでに亡くしている為、面談に参加した姉さんや兄さんに、後でキツイ説教をされるだろう。


殺し屋として、トップクラスの実力者。

世界殺し屋ランキングは、一桁の化け物。それが俺の姉と兄。殺しの才能の欠片もない自分と比較されると悲しすぎて涙も出ない。


まぁ、そんな弱音を言ってても仕方ない。

俺にも殺し屋になって【やるべきこと】がある。

汗ばんだ手で、先が曲がる玩具ナイフやペイント弾を放つ拳銃を握りなおした。


………………………。

…………………。

………。


放課後。

死にそうな俺を心配した望が、生徒会の仕事を早めに片付け、俺と一緒に帰ってくれた。


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。次、頑張ればいいじゃん」


「次なんてないよ……はぁ……」


結果から言うと、一二三は時間内に何とか殺し屋達から逃げ切った。望は、男子生徒を中心に八人を殺した。俺は、今日もゼロ。

焦る気持ちが、俺の行動を雑にし、ターゲットに察知され、逃げられる。


いつもの失敗パターンだ。ひど過ぎて反省する気すら起きない。帰って、可愛い女の子が出てくるゲームで癒してもらおう。

数分前からそのことしか考えていない。


「それにしても六条院、すごかったね~。十三人だっけ。最高記録だって、先生褒めてたよね。正直、あと五分時間があったら、一二三も逃げきれなかったと思うよ」


「……お前もあぁいうイケメン君が良いんだな」


「なっ! 何言ってるの!! 馬鹿にしないでよ。私は彼を正当評価してるだけだし」


「どうだか……」


ガツッ!!


「痛っって!! お前、マジか!?」


頭を思い切り、殴られた。信じられない、暴力事件発生。


「私は、天馬が」


「は? なに」


「……なんでもない。家着いたから。じゃあ、さよなら」


気付いたら、望の実家兼弁当屋の前まで来ていた。不機嫌全開の望と分かれ、俺も帰宅した。それから三時間。部屋にこもり、ゲームの女の子に癒された。


同じ体勢だった為、軽く背伸びをした。


「…………」


新品同様の勉強机。その上に置かれた眼鏡ケースが目に入った。あのケースの中には、親父が愛用していたサングラスが入っている。形見として俺に残してくれたもの。

望が言っていた眼鏡とはあのことで。

俺は、あの眼鏡をかけることを躊躇していた。理由は良く分からないが、あのサングラスをかけると『変なスイッチ』が入ってしまう為、自分を上手くコントロールすることが出来ない。

自分が自分でなくなるような恐怖があった。

最近では、親父の怨念がこもっているんじゃないかと本気で思い始めている一品。


突然の軽快なゲーム音楽。


「っ!?」


滅多にならない俺のスマホが鳴っていた。それは、望からの電話だった。

この時間帯に電話が鳴るなんて初じゃないか?


ピッ。


『どうした?』


『天馬…』


その泣き声を聞き、緊張が走った。


『側に誰かいるな。代われ』


しばしの静寂の後、電話に出てきたのは。


『こんな時間にごめんね、天馬君』


六条院だった。


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