ウラオモテ
カラスヤマ
第1話 最悪はすぐそこ
高校を卒業したら、この家を出ると決めている。
このヤバい家から逃げ出したい。
このヤバい家族から逃げ出したい。
このヤバい運命から逃げ出したい……。
やっぱり、普通が一番だよね。本当にそう思うよ、最近。
特に、さ。
「どうしたの? 天ちゃん。ご飯冷めちゃうよ」
「あぁ…ごめん。すぐ食べる。そういえば、兄ちゃんは?」
「光は、昨日も遅くまでお仕事してたから今は寝てると思う。でもそろそろ起さないとね」
普段の生活は着物姿。いかにも日本美人という感じのキレイな姉は、ニコニコ笑っている。
「あっ! 天ちゃん、天ちゃん。私も今夜はお仕事あるから、帰りは遅くなるからね。夕飯は、チンして食べて。温め過ぎて爆発させないでね」
心配性の姉。まだ俺のことを小学生程度にしか思っていないのだろう。
「……………」
「あっ!? そろそろ私も準備しなきゃ。洗濯しながら、刀の手入れをして……。光も起こしてと」
両親の代わりに俺をここまで何の不自由なく育て上げてくれた優しい姉と兄。普段の生活を知っているからこそ、二人の職業が『殺し屋』だというそのギャップが強烈過ぎて……今でも頭が混乱する。
色々言ったが、実は俺も殺し屋になることを目指している。その為に高校は普通科ではなく、育成科を選択した。
殺し屋を育てる育成科だ。
「行ってきます」
「うん! 行ってらっしゃい」
俺は、急いで朝食を済ませ、家を出た。
学校に行く途中、幼馴染がやっている弁当屋の前を通りかかった。
いつものように制服の上にエプロン。幼馴染の栗谷 望(くりや のぞみ)が、店先でせっせと蟻のごとく働いていた。
「…………」
黒髪のショートカット。整った横顔。姉とは別タイプの美人だと思った。
おまけにうちの学校の生徒会長様ときてる。落第すれすれの俺とは別次元の存在だ。
それにしても、よくもまぁ、月曜の朝から頑張ること……。そんなに労働が好きかねぇ。
忙しそうだったので、彼女には声をかけず、素通りしようとした。
その時――。
「おいっ! なに無視してんだよ! 今、目が合ったのに」
「あ、おはよう。じゃ…俺、行くわ」
「じゃ…じゃないっ! 少しは、手伝ってよ。人がこんなに忙しそうにしてるのに何とも思わないワケ?」
「いや…、あの学校が」
「私だって、学校あるし」
は?
この女、マジか。
なんで朝から無償労働しなきゃいけないんだよ。
冗談じゃない! バカバカしい。アホくさ。
「なに、その不満しかない腐った目は。レモン目薬いる?」
唐揚げ弁当に付属するレモン汁の小袋を指先でひらひらしながら、俺を脅迫してきた。
ほんと、信じられない横暴女だ!
そんな暴力には、屈し。
「そんなに両目にほしいの~?」
「……何から手伝えばいいんだよ」
クソっ。
結局、俺はその後、弁当の品出しやらなんやらで、三十分近くも働かされるハメになってしまった。そして、いつものように準備を終えた望と一緒に遅刻ギリギリで登校した。
「はい。お弁当。今朝の報酬だよ」
「あぁ…」
望から可愛い弁当箱を受け取ると急いでリュックの底に押し込んだ。クラスの連中にただでさえ、夫婦だなんだとからかわれている。
案の定、教室に入るとクスクス笑われた。三階の教室の窓から走っている俺たちの姿を見られていたらしい。
「相変わらず、仲がいいよな~。お前たち、夫婦は。ところで、二人目のガキはいつ出来るんだ?」
「一人もいねぇわ! はぁ~~。朝から疲れてるんだからぁ、ほんと勘弁してくれよ~」
「ハハ」
髪は金髪、ピアスまでした悪友の一二三(ひふみ)が、ニタニタ笑いながら俺の前の席に座った。
望は、クラスの女子と楽しそうに話していた。ノートを開いて、勉強を丁寧に教えていた。
俺に向けるとげとげしい感じは一切なく、猫をかぶりまくっている。
ほんと、腹立たしい!
ガラガラ……。
それから数分後、教室に入ってきた担任の林原の授業が始まった。
「今日は、授業の前にぃ、新しいクラスメイトを紹介するぞ~」
林原が手招きすると、教室に一人の男子生徒が入ってきた。
教室内がざわめく。特に女子生徒の歓声がすごい。
「六条院 白夜(ろくじょういん びゃくや)です。これから宜しくお願いします」
いきなり、俺たちの前にアイドルレベルのイケメンが登場した。
転校生の流れ的に、ここは美少女だろ……とつっこんでみたり、みなかったり。
「席は、天馬(てんま)の隣でいいな。空いてるし」
突然、担任が無責任なことを言いだした。
「いや、俺の隣は。そこは藤山君の席で」
そういえば、朝から藤山君の姿を見ていない。
風邪か?
「そっか。まだ言ってなかったな。残念なことに藤山は転校した」
無機質にそれだけ言い放つと、何事もなかったかのように担任は数学の授業を開始した。
「転校……」
その言葉に多少なり、教室内に緊張が走る。
転校とは、【死亡】のことだ。
殺し屋は、死が日常に存在する。多額の報酬を受け取る代わりに、常に命の奪い合い。正直、長生きなんて出来ない。殺し屋の「卵」である俺たちもそれは例外ではなく。
藤山は、殺しのアルバイトでもしていたのだろう。まだまだ俺たちは殺しの技術が未熟であり、リスク激高の為、依頼を断ることも可能だ。
まぁ、よっぽど何か買いたいものがあったとか……。そんな安易な感じだろうとは思うけど。
「これから宜しくね、黒龍 天馬君」
「うん。宜しく…」
何の躊躇もなく、(元)藤山君の席に座る六条院。一二三のバカっぽい笑顔とは全然違う。
笑っているが、本当は笑っていない。俺が一番嫌いな笑顔だった。
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