「ものしりさま」後編
水曜日の3、4限。選択美術の時間に、花音が話しかけてきた。
あまり授業中に話してくることがなかったので、何事かと思って話を聞くと、
「何だか、今日の佳穂、変なんだよ。」と唐突に切り出された。
佳穂が変、という言葉が意味するところが分からず、静香は尋ねる。
「変って何が?」
「朝、珍しく1限に遅刻してきたと思ったら、『絵美ちゃんたちが怖い』って言うんだ。でも休み時間に詳しく聞こうと思ったら、教室にいなくて。戻ってきた時にはやけに明るくなっててさ。」
「花音ちゃん、元気?何も変わったことはない?って聞いてきて、私は大丈夫だけど、どうしたのって。絵美に何か言われた?って聞いても、笑ってはぐらかすだけなんだよ。」
「それは、何だか変だね…」
と、その時、ふと思い出した。
「そういえば、佳穂から夢の話って聞いた?」
夢?と、花音は顔をしかめる。
「昨日、正確には月曜の夜なのかな。嫌な夢を見たって言ってて、少し不安そうにしてたの。そういえば絵美も同じようなことを言ってたかも。変な夢を見たって。」
「うーん、あんまり関係ないような気がするけど。他に何か心当たりある?」
そうだなぁ、と記憶を辿るも、
「あとは、昨日佳穂は絵美と真由美と一緒に帰ってたな。これくらいしか思い出せないけど…」
「そっか、帰りに何かあったのかな。あとで絵美たちに直接聞いてみるわ。ありがとね。」
花音にしては珍しく機嫌が悪かった。面倒見が良くて活発だが、滅多なことでは怒らないイメージだったので、それだけ佳穂の様子が変だったのだろうと推測できた。
昼休み。佳穂はいるかと3組の教室を覗いてみたが、いなかった。絵美と真由美は当然ながら花音に呼び出されているようで、静香は一人で過ごすことにした。
弁当を食べ、図書館で借りた本を読んでいると、机に置いたスマホが鳴った。画面を見ると、花音からだった。LINEの通知機能に、
「やっぱり何かおかしいよ。」
と一言だけ表示されており、何となく気味が悪くて未読のままカバンにしまった。
その日の絵美は不気味なほどに静かだった。対照的に、ホームルームの後にやってきた真由美と佳穂はよくしゃべった。
真由美はもともと明るくて気さくなのだが、佳穂は普段あまり自分から喋るタイプじゃない。そこも気味が悪かった。
少しして、絵美と真由美は部活へ行き、静香も美術室へ向かおうとしたとき、佳穂の口元から、
「…わわがし…か」
と、か細い声で何か呟いたように聞こえた気がした。
和菓子?と意味を計りかねて黙っていると、相変わらず不機嫌な花音がやってきて連れ立って帰っていった。
廊下からは、
「え?何でそんなこと聞くの?当たり前じゃん、友達なんだからさ。」
と言う花音の声が聞こえてきた。
帰り道にようやくスマホを開き、「どうしたの?」と返信したが、花音から返信がくることはなかった。
その日の夜、何か嫌な気持ちを覚えながら花音からのLINEを眺めていた静香は、ふとあることに思い至りスマホのブラウザを開いた。
翌日の午後、学校から数キロ離れた公園で複数の女子生徒が遺体となって発見され、学校は臨時休校となった。
警察と学校関係者は対応に追われ、真相究明のために奔走したが、遺体への外傷や争った形跡といった事件性を裏付ける証拠は見つからず、校内でのイジメなどの事実は発見できなかった。
何かしらの持病の存在も認められなかったことから、原因不明の突然死と結論づける他なかった。
生徒らの葬儀は合同で執り行われた。
両親とともに参列した静香は、終始思い詰めた表情で、4人の遺影を見つめていた。
葬儀から一週間が過ぎた頃、半年間を闘病を乗り越え県立病院を退院した水島琴美は、夫とともに娘の元を訪れ、声にならない嘆きとともに涙が枯れ果てても手を合わせ続けていた。
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